暗剣殺に愛されて

DSC00555
 仕事で出張。事前に地図で方位を確認する。
 あれ? 南の移動だと思ったけどわずかな差で南西じゃん、しかも方位の境界線のすぐ近くだ。やばい8月の南西は暗剣殺だ、だけど「南」と見立てて全意識を南へ面舵いっぱい向ければいいだろう、そんな甘い考えで家を朝7時に出たのだった。
 お盆の週なのに電車は予想以上に大混雑、みんな朝からよく働くなあ車内殺気立ってるじゃん、ああ荷物がかさばって肩に食い込む、この年になると真夏の仕事は命がけだぜと電車のリズムに合わせてゆらゆら揺れていると突然腰にものすごい衝撃。
 ん? 誰かの荷物が当たった?
 そしてものすごい圧力。
 んっ? 超満員でもないのになぜそんなに押す?
 見るとメガネをかけた女子小学生。肩からぶら下げたバカでかいショルダーをこちらにぶつけて方向転換、そして力任せにぐいぐい押してくる。
 あ、次で降りるのね。でもそんなに押さなくてもいいじゃないのさ。
 小学生とは思えない馬鹿力、はずみでこちらの体が大きくふらつく。だんだんムカムカしてきてそいつが降りたあともはらわたの煮えくりかえりは収まらず、浦見魔太郎か黒井ミサか喪黒福造か妖怪人間ベム・ベラ・ベロに「復讐お願いいたします」の書状を送ってやろうかあええコルァと 脳内でエンドレスにののしるがもちろんまったく無意味なことである。 

 仕事そのものは順調に進んだが最後に奥さんが出してくれたアップルティーをはずみでうっかりカップごとカバンの中に落としてしまう。
「これすごくおいしいですね、あっ」
 ローマは1日にしてならずだが悲劇は一瞬にして起こる。その日に限ってなぜか持参したものすごく高価な黒皮の名刺入れ、財布、新品のノートとボールペン、その他もろもろがすべてアップルティーの甘い洗礼を受けた。
 ものを取り出したあとのカバンを流しに持って行って逆さまにすると、まるで滝のようにアップルティーが流れ落ちた。
「カバン、お前はのどが渇いていたのか」と問いかけるが答えはない。
 ふと窓ガラスの外を見ると天に真っ黒い雲が立ち込め、雷が鳴っている。
 パラパラ降っていた雨がざあっと勢いよく降り出した。
「あっ雨ですね、ではこれで失礼いたします」と外に出て突風&豪雨の中を小さくてきゃしゃな折りたたみ傘をさしながら歩いていると、携帯から地震警報のチャイムがけたたましく流れ出した。
「注意! あんたは30秒以内に震度4以上に襲われる可能性あるよ」
 何度も何度もしつこく鳴る。
 おいおいちょっと待ちなさいよすぐそこ海じゃん太平洋じゃん、今大地震来たら確実に津波に飲まれるじゃん。
 あせって高台の駅へ歩こうとするが向かい風&向かい雨でなかなか進まない。あっそういえばここって正確に言うとうちから暗剣殺、後ろからいきなり闇討ちされる大凶の方位だったよなあと今さらながら気づく。
 南方位だぞと自分に無理やり言い聞かせて来たけどやっぱりダメじゃん、方位の境界線でも暗剣殺は暗剣殺、しかも裏鬼門の上に表鬼門が乗っている最悪の暗剣殺、自分勝手な「見立て」なんかクソの役にも立たないなあと痛感しながら遠い道のりを雨風に逆らってとぼとぼ歩く。
 あれっ、駅ってどこ? どこだっけ?
 頭の中でさっきからずっと研ナオコが「あきらめの夏」を唄っている。

2011.08.14