女の背中

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 土曜日の夕方に自宅を出て愛車に乗り込みレッツドライブ片道2時間コースのはずが、途中で大渋滞に巻き込まれて片道4時間コースとなった。目的地である巨大ショッピングセンターに到着するとなんと閉店3分前、ぎりぎりセーフとあわてて中に入ると皆さんゆったりお買い物をお楽しみ中だ。
 必要な物を何とか買い終えて車に積み込み、まだ渋滞しているかないやたぶんもう大丈夫でしょう大丈夫になっといてくださいよと祈りつつ右よし左よしも一回右よしはい出発進行〜とJRの車掌になったつもりでエア指さし確認してから発進。
 道路は来たときよりだいぶ流れている、よし土曜日の夜としてこれくらいなら許容範囲であるとアクセルを踏みブレーキを踏みしているうちに非常に空腹であることに気づく。時計を見ると夜10時近い。元気に活動するためにはエネルギーを適宜補給しなければならぬと国道沿いのファミレスに車を止めた。

 入店率80%の店内を窓際の4人掛け禁煙席に案内され、豚肉ソテー定食を注文する。ついでにイチゴパフェもと思ったが時間も時間だしとやめておく。
 うーんちょっと塩辛いですね外食だから仕方ないかとはむはむしていると目の前の4人席に親子連れが案内されてきた。母親と就学前の男の子2人。3人は自分に背を向けて並んで座った。
 夜10時過ぎに幼い児童がまだ起きていて、しかもこれからここで夕飯なのかと思うが人ごとなので目の前の食べ物に集中する。
「・・・・・・タンメンお願いします」
 消え入りそうな母親の声。おっタンメンは私も好きだぞ野菜が多いから消化もいい、ナイスチョイスだ奥さんと心の中で突っ込みを入れる。 
 しーん。
 男児というものは通常わんぱくであり2名群れればわんばく2乗でカオスが形成されるはずなのに眼前の3人はまるで通夜の席のようにしめやかである。
「タンメンお待たせいたしました〜」と店員が向こうのテーブルに丼を乗せた。
 奥さんは箸を割り、食べ始めた。
 軽く肉のついた母親の背中は少し丸まっている。ガラス窓にもたれかかりながら食べている後ろ姿を見ているうちに、あ、この女性はあまり幸せではないなと思った。タンメンをすすっている後ろ姿がむせび泣いているように見えたのだ。
 女の背中は幸運のバロメーターのようなもので、現状に満足しているときは堂々と伸びているが、そうでないときは不安げにくねっている、もしくは光の当たらない植物のようにしゅんとしなびている。いずれにしても鏡に映らない部分なのでたいてい本人は無自覚である。
 男児2人は相変わらず静か、さっき聞こえなかったけど君たち何注文したのと心の中で問いかけるがもちろん返事はない。そのうちに小さい方が飽きたのかくるっとこちらを振り返って所在なさげに私のテーブルを眺めた。3歳くらいだろうか、邪気のない顔だ。
 私はこのとき自分がマジシャンでないことを残念に思った。手のひらからバラの花やトランプを次々に出せたら、空中からおもちゃをパッとつかみ出せたら、この子の顔にはきっと笑顔が浮かんだだろう。
 ごめんねボク私は引田天功じゃないんだよ、土曜日の夜10時すぎにファミレスでひとりぼっちでタンメン食べてる母ちゃんのそばで静かに過ごすしかないボクたちはこれから少しばかり苦労するかもしれないけどがんばりな、そのうち母ちゃんの背中がまっすぐに伸びるといいね。
 こちらを向いた男児に向かって、そんな内容のテレパシーを送った。
 それからおもむろにレシートをつかみ、じゃあなと手を振って、きょとんとした顔の彼を後にしてレジに向かった。

2012.03.11