数年前、私はAという町に住んでいた。結局、そこには3年しか住まなかった。 くわしいことはここでは書かないが、当時の私はそこに住んだことによってかなり精神的に追い詰められ、八方ふさがりのなかで死にかけた金魚のようにパクパク息をしている状態だった。
どこに相談しても相手にされず、孤立無援でなかばノイローゼ状態になっているとき、知らない人間から突然電話が来た。
「○○さんからの紹介で電話しました。仕事をお願いしたいのです。お会いしましょう」
最寄りの駅で待ち合わせると、時間通りに相手が現れた。そこら辺に普通にいる、30代の男性だった。
カフェでコーヒーを飲みながら最初は仕事の話をしていたのだが、そのうちなぜか私は彼に悩みを打ち明けていた。きっとわらにでもすがる気持ちだったのだと思う。
彼はひととおり私の話を聞いてから、立て板に水のごとく話し始めた。
「それは大変ですね。もしかするとこれこれこういうことが原因かもしれませんね。いつか必ず解決しますから、あまり気に病まず、どこかに行って羽を伸ばしたらどうですか」
目を見ると、とろんと半眼になっている。トランス状態である。
しばらくして目が全開し、ニッコリ笑った。
「すみません、私、たまにこうなるのです。何を言ったか覚えていませんが、お役に立てましたか?」
問題の原因について彼が示唆したことは自分では予想もしていないことだったが、ズバリと核心を突いていた。彼に会っていなかったら、私はことの本質に気づかないまま、いつまでも堂々めぐりを続けていただろう。
それで問題がすっきり解決したわけではなかったが、精神的にはものすごく楽になった。
その人とは1度だけ仕事をしたが、やがて自然に音信が途絶えた。
あのときなぜタイミングよく彼が現れたのか、いまだに謎である。しかしよくよく今までをふり返ってみると、窮地の時は必ず誰かから救いの手がさしのべられている。私の人生を上から見ている誰かが、必要に応じてメッセンジャーを派遣してくれているとしか思えない。
メッセンジャーは頭の上に輪っかがあるわけでも、背中に羽が生えているわけでもない。どこにでもいるような普通の人が、ある日突然、さりげなく自分の前に現れるだけである。私のところにも来るのだから、あなたのところにも必ず来ていると思う。
2009.06.28