老人の謎かけ

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 ある昼下がり、用事で渋谷駅南口のバスターミナルへ。
 花が咲き乱れたモヤイ像をながめながら停留所でバスを待つ。2人掛けのベンチにはすでに老人が2人。そこへ、さらに年上の老人が歩行器で体を支えながら登場。
「申し訳ないけど、座らせていただけるかしら」
 しわがれた鶴の一声でベンチがサーッと空く。
「もうね、腰がね、」
 よっこいしょと座ってから、彼女はそばにいた別の老人に話しかける。
「痛くてね。この年になるともう病院に行っても治らないの、ぞうきんをぎゅうぎゅう絞りあげてるようなものだから」
 よく意味はわからないが、年を取るということはぞうきんを絞りながら生きるようなものなのかとわかったようなわからないような気分になる。

 バスが来た。2人掛けシートの窓側に座る。
 すらりと背の高い、背筋の伸びた、70代後半くらいの品のある女性が途中で乗ってきて隣に座る。しばらくして、彼女がおもむろに口を開いた。
「こういうとこで降りたらダメなのよ」
 えっ?
 私はイヤホンをはずす。
 彼女の声は再生速度をわざと間延びさせたようにゆっくりであるうえ、低音のハスキーボイスでつぶやくようにしゃべるから、水樹奈々なんか聞いてたら言葉を聞き取れないのである。
「横断歩道がないでしょう、無理して渡るとはねられちゃうの。だからちょっと面倒でも、この先で降りるといいのよ」
 見ると、次の停留所の真ん前には信号機つきの横断歩道がある。
 なるほど、そういうことか。しかしなぜそれをわざわざ私に教える。予言なのか暗示なのか、それとも単なる世間話なのか。
「ここは大きな病院があるでしょう、・・・・・・この辺りを歩いているのは病人ばかり、・・・・・・だからみんなゆっくり静かに通りを歩くの」
 止めどなく彼女はしゃべっている。断片的な言葉をつなぎ合わせる作業は夢占いに似ている。
 ときおり話が飛んでも、最終的に戻るのは「たとえそこが目的地に最も近くても、横断歩道のないところでバスを降りてはいけない」である。
 はい、はいと静かにうなずきながら、私の頭は解読作業でフル回転している。 
「ふふ、頭は生きてるうちに使わないとね」 
道路の先に、大きな横断歩道が見えてきた。
 老人はゆっくり立ち上がり、一瞬いたずらっ子のように微笑んでから、風のように軽やかにバスを降りた。
 老人の謎かけが解けたような解けないような宙ぶらりんな気分のまま、私はじっと窓の外をながめる。バスが次の停留所に向かって走り出した。

2010.04.27