カリスマ

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 暮れも押し迫った12月のある夜のことだ。
 ああ今年も猛烈に早かった、年をとると時間の経過が早くなるのはなぜだろうと思いながら午後9時過ぎに市ヶ谷方面から靖国通りを車で走っていると、武道館から出てきた人々が九段下に向かって大行列をなしてぞろぞろ歩いている。
 これはかなり大規模なイベントが引けたに違いない、年末チャリティイベントか何かだろうかと信号待ちのときにふと見ると、黒い革ジャンや深紅のスーツに身を固めた男たちがところどころ混じっている。そして全員が何かに憑かれたように顔を上気させ、リズミカルに歩いている。
 芸人を集めたお笑いイベントでもあったのかなと一瞬思うが、そういうくだけた雰囲気ではない。みんな背筋をまっすぐに伸ばし、威風堂々と歩いている。
 純白のスーツの男が肩をいからせて車のわきを通り過ぎる。肩に細長いバスタオルを引っかけている。
 E.YAZAWA。
 ・・・・・・そうか、永ちゃんのコンサートだったのか。
 信号が青になる。車をゆっくり走らせる。
 長蛇の列をなして歩く人々の頭上から青白い光がまっすぐ立ち上り、それが空中で合体して美しいドレープのある緞帳(どんちょう)のようなオーロラを形成しているのが見えた。

 自分は矢沢永吉というアーティストに特に傾倒しているわけではないし、好きとかきらいとかいった思い入れもまったくない。しかしその光景を見て、これは武道館の中で実にものすごいことが起こっていたのではないかと想像した。この日の動員数がたとえば1万人とするならば、彼はたった1人で会場にいた観客1万人のハートをつかみ、「元気出そうぜ!」「自信持とうぜ!」「夢をあきらめるな!」と勇気づけ、実際に力を奮い立たせたに違いない。そうでなければ、あのように美しく力強いオーロラが空一面に広がるわけがない。
 おりしもその日は総選挙前で、選挙公示の掲示板にはたくさんの候補者のポスターが貼り出され、「明るく豊かな未来をつくります」「誰もが幸せになれる社会にします」「希望のある未来をお約束します」といった言葉が空っ風(からっかぜ)にさらされていた。しかしそういう上っ面(つら)の言葉が人の心を打つことはほとんどない。
 そんなものより今みんなが必要としているのは、裏も表もなくまっすぐ心に訴えかけ、萎えた心を揺さぶって生きる力を与えてくれるものだ。

 その夜、作り笑顔や策略や絵空事の約束が横行する世界の片隅で、永ちゃんのコンサートが開催された。それはともすれば夢や希望が黒く塗りつぶされてしまいがちな今の世の中において、実に貴重なイベントだったに違いない。
 嘘がつけない「音楽」という表現を通じて、「ノープロブレム、だいじょうぶ。俺たちはまだまだいける!」と周囲に明るい光を分け与えるこの人こそ、「カリスマ」の名にふさわしいのではないかと思う。

2012.12.18