吹けよ風、呼べよ嵐

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 房総へ開運旅行。
 途中、街道沿いにあるものすごくヘンな名前の中華料理店(よく覚えていないがたしか「このばかちんが」とか「おたんこなす」とかそんな名前だったと思う)でラーメン&餃子定食(想定外のどんぶり飯つき)をいただき、砂浜に押し寄せる波に素足をひたし、拾った貝を耳に押し当て、宿に着いてから速攻で露天風呂につかり、地元で採れた食材を使った夕餉をゆっくり味わった。
 やたらにぶ厚いマグロの刺身がスジだらけでかみ切れなかったが、それはいい。うやうやしくさし出されたかき揚げの中身がただのたまねぎだったが、それもまあいい。
 寝る前にもう一度露天風呂につかり、体がポカポカしてきたところで夜10時過ぎに布団に入り、灯りを消す。
 カエルの大合唱を子守歌に、スーッと眠りに落ちた。

 ・・・・・・かゆいっ。
 左足の膝の外側がちくりとかゆくなり、パッと意識が覚醒した。右足のつま先ですりすりしてから、再び目を閉じる。
 派手なザーザー音・・・・・・、外は激しい雨なのだな。そうか、それでカエルが異常に鳴きまくっていたのか。
 あれっ。左足の小指の爪の真下と、右足のふくらはぎがかゆくてかゆくてたまらないっ。
 右足と左足のつま先で交互に擦ってみるも、いっこうにかゆみが治まらないので腕を伸ばし、爪を立ててかきまくる。指でなぞると、ぷくんと大きくふくれている。蚊だ。
 私は銚子旅行を思い出した。あのときも蚊の奇襲攻撃を受けたのだった。
 くそう、またしても。
 その瞬間、真っ暗な部屋が真昼のように明るくなり、どーん! と天地を揺るがすようなものすごい音がとどろいた。雷である。布団から這い出て窓を閉めるとき、網戸の下部が破れてめくれ上がっていることに気づいた。
 蚊のダダ漏れ状態である。
 蚊取り器をONにし、再び寝ようと努める。が、眠れない。そこらじゅうかゆいのである。
 空がうっすら白み始めたころにようやくうとうとして、しばらくしてから時計を見ると朝の6時半。このまま寝ると朝ご飯に間に合わなくなるかもしれないと、ぼんやりした頭を抱えて仕方なく起き上がり、大浴場へ。
 ・・・・・・やはり吉方位の露天風呂は最高だ。体の隅々まで、エネルギーがじわじわ充電されていくのがわかる。見上げると、灰色の雲のすき間にところどころ青空がのぞいている。よかった、なんとか晴れるかも。
 朝食を済ませ、福の神によく似たおかみに手を振り、車で漁港へ向かった。 

 かつお祭りが開催されているせいか、港はかなりのにぎわいである。干物をおみやげに買い、ついでに近くの神社を参拝。
 ああ気分がいい、運が上がってきているのをジンジン感じる。よし、神さまのご託宣をいただこう。
 おみくじをひいていると、空からぽつぽつ雨が降り出した。本降りになりそうだ。おみくじをそのままポケットに入れ、あわてて屋根のある漁港に雨宿りに戻る。
 祭りはすでに終了し、あちらこちらに設置されていた椅子やテーブルはすでに撤去され、がらんとしている。
 雨と風は徐々に勢いを増し、ゴロゴロと雷まで鳴り始めた。雨宿りしていた人たちが、雨の中をちりぢりに走って車に戻る。自分も車まで戻りたい、しかしここから歩いて10分かかるところに停めてある。大渋滞でそこしか停めるところがなかったのだ。
 そのうち空は地獄のような暗黒に染まり、雷が爆弾のようにドカンドカンと景気よく落ち、やがてプールをひっくり返したような集中豪雨がやってきた。こんなに荒れるなんて、誰も教えてくれなかったじゃん。
 小1時間ほどその場で待機。しかし天気はちっとも回復せず、漁港にはもう関係者しか残っていない。
 先ほどから異様な気を背中に感じてさり気なく振り向くと、「ワシは誰からも相手にされんのじゃよオーラ」を発する爺さんが、私のすぐうしろでもそもそとイカの足を食べている。
「いっしょに食べないかね」と誘われたら困るなあと意を決し、思い切って豪雨の中を車まで突っ走る。
 なんとか車にたどり着くも、「海にドボンと落っこっちゃいました」みたいにずぶ濡れだ。
 まあいい、これは大祓の雨であると自分に言い聞かせ、後部座席のトランクからタオルを引っ張り出しているとき、さっき引いたおみくじのことを思い出した。
 そうだ、まだ中身を読んでいなかった。
 私はポケットからおみくじを取り出し、するすると広げてみた。
「吹き荒れる」
 ん?
「吹き荒れる 嵐の風の末(すえ)遂(つい)に 道埋もるまで 雪はふりつむ」
 ええとだいじょうぶ、だってここは吉方位なんだもの、たぶんそのうちきっと何かいいことあるよと自分に言い聞かせ、頭からポタポタしずくをしたたらせたまま急いでその港町をあとにした。

2010.06.07