留守電

く
 去年の今頃の話である。外出しようと留守電のボタンを押し、玄関に向かうと電話が鳴った。
「・・・・・・ただ今電話に出られませんのでご用の方は・・・・・・」
 留守録が作動し始めた。誰だろう? と履きかけた靴を脱いで電話の前に立つ。
「・・・・・・」
 しばらく沈黙。
「・・・・・・ヨシオ、ヨシオ・・・・・・わしだ」
 ヨシオ?
 まったく聞いたことのない老人の声だった。しかもザーザーと背後に雑音が混じり、何を言っているのかよく聞き取れない。
 そのまま耳を傾ける。
「・・・・・・○○につまずいて腰を打った、起き上がれない。・・・・・・何とかしてくれんか」
 何とかしてくれんかって言われても、私はヨシオじゃないよおじいちゃん。
 どうしようと思っているうちにぷつんと切れた。
 正しい番号にかけ直して本物のヨシオに救いを求めてちょうだい、私はもう出かけねばならぬと後ろ髪を引かれる思いで外に出た。
 夕方、用事を済ませて家に戻った。留守電のランプがチカチカ点滅している。ボタンを押して再生する。
「メッセージが3件あります。最初のメッセージ ○時○分」
 いやな予感がした。
「・・・・・・ヨシオ、あれからずっと起き上がれないんだ。・・・・・・何とかしてくれ」
 くぐもった声が入っていた。
「次のメッセージ ○時○分」
「・・・・・・ヨシオ、ヨシオだろう・・・・・・、わしだ。立ち上がれない、困っている。・・・・・・なあ、頼むから何とかしてくれないか」
「次のメッセージ ○時○分」
「・・・・・・ヨシオ、ヨシオ、・・・・・・わしゃあもうだめだぁぁぁ」
 メッセージはそこで終わった。力のない消え入るような声、しかし妙にねっとりと耳にからみつく声がいつまでも耳に残った。
 今度かかってきたら電話番号が間違っていることを伝えて119にかけるよう言おうと電話の前でしばらく待った。
 しばらくすると「たたり神」という言葉がぼんやり浮かんだ。自分はもしかすると釣られる寸前だったのではないか、うっかり電話を取っていたらしわがれた手につかまっていたのではないかとうっすら背筋が寒くなり、そっと電話のそばを離れた。

 2011.01.21