遠い昔、もしかすると自分は犬だったのではないかと確信するくらい嗅覚が敏感な私は、鼻地獄を味わうことが少なくない。
「鼻地獄」とは、
◆満員電車で真ん前に立つ人のきついシャンプーや整髪料、コロンのにおい
◆隣で立ち読みする人のちょっと困ったにおい(「何日お風呂に入ってないか当ててごらんよ」と挑発してくるようなにおい。なぜか「精神世界」のコーナーでよく遭遇)
◆レストランで近くの席に座った人の甘い香水の香り
◆朝の新幹線で隣に座った人の二日酔いのにおい
◆雨の日の地下鉄のにおい(ケモノくさい)
などのことである。
目や耳なら何とかふさげても、鼻だけはごまかせないのでやっかいだ。だから映画やコンサートや食事に出かけたり、長距離電車に乗るときは「どうか何事もありませんように」と胸で十字を切っている。
地獄があるなら、極楽もある。
先日、近所の神社へ散歩に出かけた。平日の午後のせいか、町を歩く人は少ない。何も考えずに歩いていると、突然、鼻腔内の細胞がぴくりと反応。
あっ、これは・・・・・・!
ジンチョウゲの香りである。
そうか、もう3月か。
「ねえねえ、春ですよ。私、咲いてるんですよ」
道路沿いにぽつぽつ植わったジンチョウゲはどれもまだつぼみが固く閉じていたが、なぜか目の前の1本だけ、赤い花がいっせいにぷわっと咲いていた。がんばって、けなげに春を知らせているのだ。
私は胸いっぱいにその香りを吸う。体内をめぐる血液に、春が溶け込む。これぞ鼻天国。
2010.03.04