ドライブの途中、空腹を感じたのでファミレスへ。
ランチタイムをかなり過ぎた中途半端な時間なのにほぼ満員なのは休日のせいか。
「このランチセットにデザートをつけてどかんといきたいと思います、ああもちろん飲み物もつけたく思います」
オーダーしてからサラダバーへ。レタスやらトマトやらキュウリやらがそれぞれのボールにてんこ盛り、マカロニやポテトサラダもたっぷり、ああどれにしようこんなんでお腹いっぱいにしたらメインの料理入らないぞとちょびっとずつちまちま取っていると背後にものすごく大きな人間がやってきた。1畳くらいある、もしや力士なのかとパッと見ると巨男である。
うわあでかい、縦170センチ×横150センチ×奥行き100センチくらい、しかし妙に顔の造作がデリケートな男だなとよく見ると女であった。
「太め」とか「ぽっちゃり」とか「ふっくら」などというひかえめな形容詞をバズーカ砲で木っ端みじんに吹き飛ばし、かわりに「メガ」とか「超ド級(死語)」「ひと盛り3千万円」などと行書体でつづった旗を背中の鞘(さや)にクロス刺ししてどすんどすんと地響きを立てて歩いてくる一枚岩のようなイメージ、軽く見積もっても120、130キロはいっている。
その一枚岩が自分の真横にずがんと停止して大皿に野菜やマカロニやポテトサラダを思いっきりわしづかみ、いやもちろん箸で、ごめんなさいこれ以上盛れませんと皿が悲鳴を上げるくらい盛りまくっている。
脂肪のつきすぎたボディの上にちょこんと乗った顔は意外にも凛としていてリボンの騎士by手塚治虫に雰囲気が似ている。美しいアーチを描いた眉はキリッと濃く、大きな黒目はほんの少し愁(うれ)いをたたえている。20代後半と思われる。
標準体重2倍越えの肥満体はたいていメンタルで何かしら問題を抱えている、お嬢さんあんた大きな不安か不満を抱えているね、その体重をせめて2分の1落とせば申し分のない美人になるし身も心も軽くなり人生が今より楽しくなるはず、いったい何があんたをそうさせたと心の中でよけいなお世話を焼く。
「お待たせしましたー」
テーブルの上においしそうなハンバーグが運ばれてくる。ナイフで切れ目を入れると熱い肉汁がジュワッと飛び出す。すかさず口に運ぶ。
んんん、んまい。
巨体のリボンの騎士が両手に山盛りのサラダを携え、ゆっさゆっさと私のテーブルの脇を通り過ぎ、斜め前方の、白髪交じりの女性が座るテーブルに皿を置き、その対面にドカッと座った。そうか、母娘なのだな。
母親は自分に背を向けているので顔は見えないが、寂しく折れ曲がった背中が「わたしはけっこう苦労してるンです」と無言で語っている。
母親も娘も無言で黙々と料理を口に運んでいる。母親は食器に顔を向けっぱなし、娘は無表情で箸を上下するのみ。
せっかくの休日の午後なのだから「今日は寒いねお母さん」「何言ってんだよお前、立冬過ぎたんだから当たり前だろ」くらいのフレンドリーな会話があってもいいのではないかと思ったがいやこの母娘はこの状態がデフォ(=デフォルト、「普通」とか「通常の状態」の意)なのだろうと思い直す。
注文したハンバーグは予想外にボリューミーで食べても食べてもなくならない、まるで魔法のハンバーグだ。これ最後まで食べたら腹のふくれたカエルのようになる、もったいないがもうここでやめておこうと箸を置く。
リボンの騎士がおもむろに立ち上がり、空の皿を携えてゆっさゆっさと自分の脇を通り過ぎていく。あの山のような野菜とマカロニとポテサラをもう平らげたのか。
あそこに座っている母親は自分の娘があそこまでふくらんでしまったことをどう思っているのだろう?
「たぶん何とも思っていない」という答えを直感的に得て暗い気持ちになる。
娘の体重が標準枠を大幅に飛び越えて巨大化するもしくはガリガリにやせ細るのは母親の影響が大きい。過食や拒食は自分を支配する存在に対しての逃避や拒否を意味する。これは10代、20代に限らず母娘関係が改善しない限りいくつになっても続く。
やさしくて繊細で小心なあまり「いやだ」と面と向かって言えない娘はやがてその気持ちが自分自身の身体に向かい、過剰に食べることもしくは極端に食べないことで現実逃避&現実拒否するようになる。
日々の食事は生に直結しているので、それを放置するとやがて生命そのものが危険にさらされる。しかし母娘関係のゆがみが第三者に知られる機会はあまりないし、母親はもとより、当事者である娘本人もストレスの原因に気付いていないことが多い。
ハンバーグの残った皿を下げてもらうと、ロールケーキが運ばれてきた。サラダバーに隣接するドリンクバーに行き、カプチーノをカップに注ぎ入れた。リボンの騎士が空の皿を引っさげてまたゆっさゆっさとこちらに向かってくる。
目を覚ませリボンの騎士、あんたはたぶんそれおいしいと思って食べてないしその行為にはきりがない、そんなものいくら食べても悩みは解決しないよ。
湯気の立つカップにシナモンを振り入れる。
逃げろ全速力で逃げろリボンの騎士、クモの巣が張り巡らされたその暗い城から一刻も早く逃げ出して、心から安心できる場所を見つけて本当の姿に戻れ。
このカプチーノの香りが高い塔から垂らされたラプンツェルの長い髪となりますようにと願いながらテレパシーを送るがそんなもの通じるわけがない、リボンの騎士は重たい皿を両手に携えてゆっさゆっさとあきらめたような足取りで魔女の待つ城へ向かっていく。
2012.11.21