日本の最東端で一泊。海に面した旅館は見晴らしがよく部屋もそこそこ広く食事も新鮮な海の幸がてんこ盛りで何も言うことはなかったが、夜、布団に入ってから蚊の猛攻撃に遭った。
蚊はうんともすんとも言わず、無音で人の肌に忍びよってくる。潮風にもまれてパワーアップしているのか、「血、ありがとね」とお礼に注入してくれる毒の威力は絶大だ。
土饅頭ほども腫れ上がったあちこちがかゆい、かゆすぎる。あまりのかゆさに仕方なく起き上がり、時計を見ると午前2時。備品の蚊取り器をつけて再び眠ろうとするが眠れない。打ち寄せる波の音を聞きながら寝返りを打っていると、はや朝6時半。
ぼやけた頭のまま宿を出て名所をめぐるうち、小腹が空いたので目についた店に入ってラーメンを注文。椅子に座ってからしまった! と気づく。
とっくの昔に風化してしまった店内。むわっと湿り気を帯びた空気。ほこりまみれのブラインド。がんばって麺をすするも、カウンターに座ったジャバザハットのような常連と白雪姫に出てくる意地悪な継母によく似たおかみと黒ずんだフクロウのはく製にじっと見つめられて5分でギブアップ。
胃がむかむかするのでせめて口直しにコーヒーでもと店を探すが、どこもかしこものきなみシャッターが閉まっている。
歩いて歩いて絶望的な気分になりかけたそのとき、救いの神登場。神は1人孤独にベンチに座っている。
ラン・ラン・ルー! ドナルドである。
1杯120円の熱すぎるコーヒーをむさぼるように飲む。
「熱ぅッ!」
その瞬間からコーヒーの香りと味が理解できなくなる。
帰宅のため駅へ向かうと、すでにあたりは薄暗くなっている。
上り電車が来るまであと60分。待合室で退屈なテレビを見ながら蚊に刺されたところ(5カ所)をぼりぼりかきむしり、やけどした舌をもてあまし、乳酸のたまった足をひっきりなしに組み替え、やっぱりむかむかする胃を両手で抑えつつ、大吉方位の旅なんだから楽しいよ、楽しいに決まってるじゃんと自分に言い聞かせる。しかし頭の中ではドナルドの決まり文句「ラン・ラン・ルー!」がずっと鳴り響いている。
2009.06.11