午未天中殺のみなさんへ その1

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 全国の午未(うまひつじ)天中殺のみなさんこんにちは。
 
 ああさすが午未天中殺の方々は乗船がお早い。みなさんおだやかなお顔をされてすでにミーティングルームに着席されていらっしゃいますね。「6つの天中殺グループの中で潔さナンバーワン」「理性の人」「市井(しせい)の悟り人(びと)」と称されるだけのことはあります。
 最後までいやだ帰るとだだをこねる辰巳天中殺、勝手にパラシュートをつけて飛び降りようとする申酉天中殺のみなさんとは違います。

 はい、ようこそ宇宙船午未号へ。
 これから2年間、みなさんにはこの船で「天中殺」という名の大宇宙の旅をお楽しみいただくことになっております。わたくしの後ろにずらりと並んでおりますのはみなさまの旅のおともを務めさせていただきますキャビンアテンダント、そしてわたくしがチーフキャビンアテンダントの午(うま)・未(ひつじ)です。どうぞよろしくお願いいたします(一同礼)。
 旅の途中でご要望やご不明点などありましたら、どうぞご遠慮なくわたくしたちにお声をおかけください。

 さて、宇宙を旅している最中はいつもと同じようにお過ごしいただいてかまいませんが、少しだけ注意事項がございます。
 ご存じのように宇宙は無重力の世界ですので、身体の自由がききません。あちらに行きたいと思ってもなかなか思い通りに進めませんし、逆に止まりたい、休みたいと思ってもいったん加速がつくとブレーキが効きません。
 また、ここは根性を出して踏ん張りたい! と強く望まれても宇宙空間には地面がないので足腰に力が入りませんし、押して押して押しまくれば道が開けるはずだ! と頑張ってものれんに腕押しとなり、深い無力感を覚えることになります。
 重力のある地球では簡単にできたこと、少し無理をすれば可能になったことが、宇宙では難しくなるということをあらかじめご了承くださいませ。
 
 みなさんのお姿は今までとまったく変わらず地球上に投影されますが、実体はこの船の中にあります。ですので家族や恋人やお仲間と一緒にいても、まるでエア牢獄に閉じ込められているかのような孤立感、あるいは世界の真ん中で不安を叫びたくなるような孤独感を覚えることがときにあるかと存じます。
 そのようなときはむりにご自分の存在感をアピールしようともがくより、ただ静かに受け身の姿勢で「なるようになるさ」とシャンソンもしくはR&Bのリズムに身をゆだね、成り行きに任せることをお勧めいたします。
 
 航行中、ときにビジネスがうまくいかなくなったり、対人面や恋愛面でストレスを感じたり、人によっては体調が不安定になってどん詰まり感を覚えることもございますが、「今までの生き方を見つめ直すいい機会」「軌道修正のチャンス」「神さまがくれた人生の作戦タイム」と割り切られ、いたずらに嘆いたり悲嘆に暮れたりなさらないようお願いいたします。
 試練が大きければ大きいほど「どこまで自分を鍛えられるか、神さまから期待されている」とお考えになってください。
 ちなみに運命学では、「12年に一度、2年間の天中殺が巡ってくるのは神さまの愛」と申します。星飛雄馬も強力なバネ製の養成ギプスをつけて天下の魔球・大リーグボールを編み出しました。

 はい、挙手されたのは午未・六白金星の山田さんですね何でしょう。
 していいことといけないことをざっと教えてください、ですね。
 的を射たいい質問ですね、さすが思慮深い午未天中殺です。
 していいことは「人にやさしく親切にする」「学んで知識や技術を身につける」「いらないものを処分する」などです。
 やらないほうがいいことは「欲や利益を優先させる」「人を押しのける」「結婚や家の新築など大きなイベントをゴリ押しする」などです。無理にイベントを決行しますと契約時にミスしたり、小さなミスが大ごとに発展したり、優子ってこんな性格だったのかと頭を抱えるなど、何かと裏目に出やすくなります。
 基本的な判断基準として「手放す」は吉、「かき込む」が凶。それをするときの目的が「自分さえよければ」の欲得でなければOKです。

 はい、ではそちらの窓ぎわの方。午未・九紫火星の藤岡さんですね。
 いつ地球に帰れますか、ですか。これもいい質問です。
 地球帰還は2016年2月3日を予定しております。ちなみに翌4日の立春から、申酉天中殺の方々がみなさんに代わってご乗船されます。

 あとは・・・・・・ありませんね。
 このようにむだなくさくさくミーティングが進行できますのは、みなさんが賢くて物わかりのいい午未天中殺だからです。いついかなるときも状況を鋭く観察され、安易に他人を頼らず、あせらず静かに流れに身を任せていらっしゃる。
 誰ですか、「その落ち着きぶり、動じなさぶりは鈍牛(どんぎゅう)ならぬ鈍馬(どんば)ですね」なんてひどいことを言うのは!
 あっ辰巳天中殺の小池さんじゃないですか!
 いけませんよ、あなたは2014年2月3日の節分で宇宙旅行が終わったんですから。早くお降りください、えっ居心地がいいからまだもうちょっと乗っていたい? ここはここで楽ちんなんだもん? ダメですよ何言ってるんですか、あなたは娑婆でやることがあるでしょう。(無理やりハッチから押し出す。)

 ふう・・・・・・。失礼いたしました、たまにこういうことがございます。
 それではみなさん、本船は間もなく離陸いたします。シートベルトを・・・・・・そうだ、大事なことをひとつ申し忘れておりました。
「午未天中殺に限り、天中殺時の災いはそれほど過酷なものにはならない」という運命学のルールがございます。
 みなさんは一家や一族や所属するグループのまとめ役として、最後まで走り抜かねばならないお役目があるからです。「午未は長い道のりを淡々と冷静に完走せねばならない責任を担っているから、天中殺期間もなるべく道を平坦にしてやろう」という天の配慮と申せましょう。大宇宙は実に奥が深いです。

 ・・・・・・窓の外ではしんしんと雪が降り積もってまいりました。旅立ちの日にふさわしい、凛とした美しい眺めです。 
 それではどなたさまもシートベルトを今一度確認され、肩の力を抜いてお気を楽になさいますように。そして、これから始まります快適な空の旅をお楽しみください。Good Luck、Thank You。

アントワーヌとお嬢さま 番外編

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本日のお題・・・「怪運☆マニア

お嬢さま☆きゃあっ見て見てちょうだいこれこれこれっ!!
アントワーヌ★いつになく興奮なさってどうなさったのですお嬢さま、2mもある超ロン毛が大広間の天井いっぱいにぶわああああんと逆立ってさすがの迫力でございますね。
お嬢さま☆出た出た出たぁーッ、ついに出たのよ。
アントワーヌ★化け物が? それでしたらすでにお嬢さまがそのものでございますし、このお城にはほかにもご同族の方がいっぱい、ここはいわゆる化け物の巣でございますから。
 ほらあそこの柱時計の陰ではチャッキーさまと呪怨の坊ちゃんがネットゲーム対戦していらっしゃいますし、あちらのキッチンではドクターレクターさまとドラキュラ伯爵さまが仲良くディナーの下ごしらえをしていらっしゃいます。窓の外では有人機動ユニットMMUを装着された宇宙服姿のジョージ・クルーニーさまが上空を遊泳し・・・・・・
お嬢さま☆違うわよ、このブログの著者の本が出たのよ! 
アントワーヌ★PINKIEことオペラ沢かおりさまのご本でございますか。どれどれ「怪運☆マニア」? 「開運」じゃなくて「怪運」なのがミソでございますね、検索時に間違えそうです。
お嬢さま☆過去にここで発表したこわい話やふしぎな話をメインに、開運のコツも盛り込んだという話題のエッセイ本よ。
 装丁は内藤昇さん、イラストは丹下京子さんと超一流の方が参加しているわ、それと写真でははずしてあるけれど、黄色い帯に推薦文を寄せているのはあのお方! 
アントワーヌ★ああっ「歩く縁起もの」と誉れ高いあのお方ではないですか。
お嬢さま☆そう、開運業界でもかなりの法力の持ち主であり術の使い手と噂されているあのお方なのよ。
アントワーヌ★そのお方のお名前は開けてびっくり玉手箱、書店に行ってから、もしくはアマゾンや楽天などの通販で実物を手に入れてからのお楽しみといたしましょう。この黄色い帯を手にするだけで、アリゾナ州にあります世界一高く吹き上がる噴水「ファウンテン・ヒルズ」のように勢いよく運がはね上がりそうでございます。
 発売日は2014年2月、価格は1260円、発売元はKADOKAWAメディアファクトリーでございますね。書店ではたぶんエッセイコーナーもしくは占いコーナーで見つかることでしょう。
お嬢さま☆さあ気合い入れて読むわよ! 挿し絵がたくさん入ってるから楽しいし読みやすい! ・・・・・・いやその前にランチをいただくわ、おなか空いちゃった! アントワーヌ、今日のお昼は何かしら?
アントワーヌ★先ほどレクターさまが「お嬢さまに」とDEAN&DELUCAのお弁当を買っていらっしゃいましたよ。食後にはラム酒と生クリームたっぷりのサヴァランと熱々のアールグレイをご用意いたしましょう。
お嬢さま&アントワーヌ☆★それではみなさま、「怪運☆マニア」をどうぞよろしくお願いいたします。眠れぬ夜のナイトキャップがわりに、あるいはけだるい午後のゴロ寝用枕として、何よりあなたの開運のおともとして、ぜひご愛読いただきますように。

辰巳天中殺のみなさんへ その6

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 全国の辰巳天中殺のみなさんこんにちは。

 本宇宙船辰巳号も、いよいよあともう少しで地球に帰還する運びとなりました。
 みなさんには2012年2月4日からご乗船いただいておりますので、かれこれもう2年間お乗りいただいたことになります。
 時のたつのは早いもの、本当にあっという間でした。

 宇宙旅行の旅はいかがでしたでしょう、お気に召しましたでしょうか。何が起こるかわからない、まるで真っ暗闇の世界でマラソンしてるようなハラハラ・ドキドキ体験がお楽しみいただけたのでは・・・・・・、はいそちらの方、九紫火星の吉永さんですね何でしょう。
 え? 能書きはいいから一刻も早く地球に返してくれ? 1分1秒でも早く娑婆(しゃば)に戻りたい?
 うーんどうでしょう、前回ご乗船された寅卯天中殺の方たちも耐えがたきを耐え忍びがたきを忍びながら2月3日まできっちり頑張られたのですから、辰巳天中殺の方だけ特別というわけには。
 性別・人種・国籍・年齢・家柄・肩書き・逆上がりができるか否かを問わず恐ろしいまでに平等、それがこの「天中殺」という名の大宇宙の法則なのですね。
 いずれにしてもあともう少しですから、最後のひとふんばりお願いします。
 
 さあそれでは九星別に点呼を取りましょう。今回が最後のミーティングになりますので、気合いを入れていきましょう。
 ・・・・・・農民一揆の後みたいに船内のあちこちに人が倒れていますけども、意識のある方はお名前呼ばれましたら挙手お願いします。
 手を挙げる元気のない方はそのまま脱力して途方に暮れながら、もしくは誰かの名を呼び続けながら通路(みち)に倒れていてくださってかまいません。

 一白水星の方、はい。
 背中に矢が数本突き刺さってますね、今まで矢面に立たされて大変でした。自分のせいじゃないのに責任取らさたり、頼りになるはずの人がそっぽ向いちゃったり、あげくの果ては「お前が悪い」とみんなから責められたりと、孤立無援のなかでようがんばった傷は浅いぞしっかりしろ。
 天中殺明けの2月4日から少しずつ流れが変わります、今まで冷たかった人たちがいきなりこっちを振り向いて「あっ白石さん、ずいぶん長期間に渡り存在感を消していらっしゃいましたね。そういえばもうすぐお誕生日でしょう、バースデーパーティは帝国ホテルのインペリアルラウンジで行う予定ですがそちらでよろしかったでしょうか?」と笑顔で話しかけてくるかもしれません。
 ああっわりと人生悪くないじゃん、そういえば日照時間も日一日と伸びてぽかぽか温かくなってきたし、もう少しすれば桜が咲くよなあ、なんかじわじわ希望が出てきたぞみたいな気分に浸れるかと思います、山奥の温泉にのんびり浸ってサルに背中を流してもらうのもよろしいかもしれません。
 船長からメッセージを預かっております、ええとなになに、「the Oscar goes to・・・」いやこれ違った、そっちのカードだ。
「今まで先延ばしにしていた人生のお楽しみイベントが、これから束になってあなたのもとに訪れるでしょう」だそうです。どうぞお楽しみに。

 二黒土星の方、はい。
 砂糖壺から手が抜けたんですね、ずっと力入れてたんでちょっと腱鞘炎になってますけども、手が自由になってよかったじゃないですか。
 この2年間、辰巳の二黒は「執着心」という名の砂糖と戦い続けました。自分で「あきらめが悪いな」とわかってはいても、壺の中で握った砂糖をなかなか手放すことができなかった。
 しかし、手を開いてよく見てみてください、砂糖なんか一粒もついてないし、手がべたついてもいませんでしょう? はいもともと何もなかったんです、その砂糖には実体がなかった。
「そうか、自分は実体のない空気を一生懸命につかんでいたのだな」とわかっただけでも、この2年間は非常に貴重な2年間だったのではないかと思います。ちょっと難しいでしょうか。
 ええと人間の二大本能であり二大煩悩でありますところの色と金は実体がない、つまりただの「気のせい」でありますので、執着しても仕方ないちゅうことです。なめたときは甘いけれども、時間がたてば何も残りません。忘れてしまえそんなもん。
 さて、地球に帰還後の流れといたしまして、あなたの身の回りにあるものが四捨五入され、必要なものだけが手元に残るという段取りになっております。
 船長からのメッセージは「去る者は追わず、裸一貫でフレッシュな再出発をどうぞ」です。
 地球には重力がありますけれども、むしろ宇宙旅行をしていたころより身は軽く、心も晴れ晴れと、これから新しい人生がスタートするのではと思います。

 三碧木星の方、 あれいらっしゃいませんね。
 ・・・・・・あっ窓の外をクルクル回りながらものすごい勢いで飛んでいる! あのうどこへ行くんですかって聞こえるわけありませんね。仕方ないなあ、連れ戻しても連れ戻してもすぐ外に飛び出して何らかのトラブルに巻き込まれちゃうんだから。
 三碧さんって本当にじっとしてるのが苦手なんですね、でも無重力の世界に飛び出しても何もできないってこと、そろそろわかっていただけないかなあ。
 ええと2013年はやる気が空回りして気力・体力を消耗してしまった1年でした。ご本人は一生懸命頑張ってるつもりでも、第三者からは「暴風雨の中、向かい風に逆らってぬかるみの中を全力疾走してはる」「やめとき言うたんやけど聞かへんねん」とハラハラされていたことでしょう、お疲れさまでした。
 暗黒の大宇宙では判断力が麻痺しますので、できないことでも「できる!」って確信しちゃうんですよね。
 天中殺明け以降は徐々に正常な判断力と直感が戻ってくるはずです、周囲の意見やアドバイスを取り入れる心のゆとりも出てくるでしょう。
 船長からのメッセージは、と。「春以降、希望大陸への地図が手に入ります。早めに気力・体力を回復させて、壮大な冒険の旅に備えてください」とのことですって窓の外だから聞こえないか。しかたないなあ、あとでマジックハンドで回収しに行きましょう。

 四緑木星の方、はい。
 恋人から距離置かれたり配偶者からイライラさせられたり子どもが言うこと聞かなかったりママ友から罠にはめられたり舅姑が戦争仕掛けてきたり上司が行く手を邪魔したり同僚や部下がヘマこきやがるなどなかなかストレスフルな日々でした、と。顔で笑って心で泣いて、星空見上げて胸で十字を切りました、と。お疲れさまでした。
 辰巳の四緑はポーカーフェイスですから顔には出しません、出しませんけれどもハートはずたずた、ちょっとばかり傷が残るかもしれませんがそのうち治りますよ。
 え? トラウマになっちゃった? トラウマをお持ちの方はトラウマのない方より心の階層がぐっと奥深く複雑になります、つまり内的宇宙が広がります。広い宇宙と狭い宇宙、たった一度の人生でどちらがより味わい深いかと申しましたら前者です。
 そうですね、地球に着陸後はしばらく何もしたくないかもしれません、ええよろしいかと思いますそれで。重力に身体が慣れるまで無人島でのんびりジグソーパズルやプラモ製作やレース編みやビリーズブートキャンプに入隊するなど、好きなことをしてお過ごしください。
 船長からのメッセージは、と。あった、これだ。「あなたが今まで苦労したぶん、それを上回る報酬がこれから返ってきます。数値化すると概算で苦労の直径²×3.14です」ってそれ円の面積じゃないですか。
 まあいいでしょう、桜の咲くころには傷も癒え、新しい希望と目標が生まれることと思います。先は長いぞこれからだ、あせらずマイペースでいきましょう。

 五黄土星の方、はいお疲れさまでした。
 今回の宇宙旅行はものすごくきつかったのではないでしょうか。ピープル・チョイス(視聴者による選考)やコンテスタンツ・チョイス(出場者同士の選考)をもししたならば、「キング(クイーン)オブ辰巳天中殺」の栄光に輝くのはまさにあなたがたではないかと思います。
 特に昨年末から今現在にかけての修羅場ぶりはすごかったですね、普通に歩いてたらマンホールの穴に落っこちて下水管の中を猛烈な勢いで押し流され、大口開けたジョーズやワニに通せんぼされて命からがら這い上がったところがゾンビ村。ゾンビの姉ちゃん兄ちゃんに猛烈アタックされて隠れ込んだのが大竹しのぶがニコッと笑う黒い家という多彩なラインナップでした。
 しかしホラーな展開もそろそろ終わり間近です、辰巳の五黄はここで息絶えるようなやわなキャラじゃありません、全身ボロボロで真っ黒になりながらもゆっくり開いたその瞳は力強く澄んでいるというホープフルなラストシーンになるかと思います。
 エンドロールにかかる音楽はローリングストーンズの「イッツオンリーロックンロール」、もしくは小林旭の「もう一度一から出直します」になるでしょう、負けるな五黄、もうじき朝日が昇るぞ。
 船長からのメッセージは・・・・・・「新年明けましておめで」いやこれ違う、しかし最近のお年玉年賀ハガキってちっとも当たりませんね昔はそれなりに当たったのに、ええと「この2年間にあなたが体験した出来事に無駄なことは何ひとつありません、実に貴重な体験でした、どうぞ自信を持ってこれからの人生を五黄らしく傍若無人もとい力強く生きていってください」とのことです。
 地球に帰還後はへとへとにくたびれ果てていらっしゃるかと思いますが、いつまでも下向いてちゃだめですよ、カラ元気でもいいですからお天道さまに顔を向けて暮らしましょう。そのうち、細ーい蜘蛛の糸が上からするする伸びてくるはずです。

 はい、ここで少し休憩しましょうか。みなさんかなりお疲れのご様子ですからね。
 ご希望の方は視聴覚教室で「ゼロ・グラビティ」をご覧ください。これは辰巳天中殺の現在の姿をまんま描写した秀逸なドキュメンタリーフィルムです。
 たった1人で暗黒の宇宙空間を彷徨うサンドラ・ブロックをご自分の姿と重ね合わせて、彼女からサバイバル精神を学ばれるとよろしいかと思います。
 その他の方はそろそろ荷物のパッキングとお部屋のお掃除をお願いします、次に乗船が控えております午未(うまひつじ)天中殺の方々に気持ちよく過ごしていただくためにも、「立つ鳥跡を濁さず」でいきましょう。
 ・・・・・・はい、それではミーティングを再開します。船酔いのひどい方には梅茶、ショウガ湯、仁丹などをご用意しておりますので、お近くのキャビンアテンダントまでお申し付けください。

 あれ? むこうからミイラか即神仏みたいなのがぞろぞろ歩いてくる。あ、六白金星の方々ですね。たしか大宇宙に散在する八十八カ所のお遍路巡りの旅に出ていたのでした。
 ああ、みなさんだいぶアクの抜けたお顔をしていらっしゃる。よけいなものがそぎ落とされて、カツオ節にも似たすっきりした表情をなさっています。
 孤立無援のなか、きびしい長旅をよう頑張ってこられました、おーい誰かたらいにお湯汲んできて。ささ、わらじを脱いで足をこのお湯にお浸しなさいまし、じんわり温まって皮膚感覚が戻ってまいりますようわぁっ冷たい氷のよう。ああ土踏まずがガチガチで血豆がいっぱい、さぞやお辛かったことでしょうなあ(足を洗いながらもらい泣き)。
 もうすぐ故郷に帰れますよ、故郷の春はさぞや美しいのでしょうね、小鳥がさえずりつぼみが開き、お花の甘い香りがあたり一面に漂って。ああ地球っていいですね。
 仮眠ポッドでふるさとの夢を見て目覚めたら、地球に着いていますからね。あなたはやるべきことはやりました、つとめは果たしました、もうこれ以上悪くなりようがないのでどうぞご安心くださいませね。
 船長からメッセージを預かっております。「地球に戻ったらしばらく放心してください、つまり心をブラブラさせて凝りをほぐしてください。そのあと、あなたが最もやりたかったことをゆっくり始めてください。2014年はあなたを取り巻くすべての環境が、あなたの味方についてくれるでしょう」とのことです。

 七赤金星の方、はい。
 みなさんの今後のテーマは「腐れ縁を切る」です。もうすでに切れかかっている方もいらっしゃるかもしれません。
 この2年間ですったもんだした友情、恋愛、ビジネスのご縁は残念ながら頑張ってつなぎ止めてもやがて消滅する可能性が高いです、たぶん地球に戻ってしばらくすればハッと我に返ってそのことが理解できるかと思います。
 特に「考えてみれば連絡するのはいつもこっち」「2人でいるところを見られるのをいやがる」「会計はいつもこちらが支払う」「平気で嘘をつく」「たいていいつも時間に遅れる」「機嫌を損ねるとこわい」という相手の場合、無理してつきあってもこの先が思いやられますので、今のうちにすっぱりご清算なさることをおすすめします。
「ひとつ手放すと新しいものがひとつ手に入る」という法則をご存じでしょうか。物でも人間関係でも同じです、試しにクローゼットで眠っている洋服を1枚処分してみてください、じきにもっとステキな服が見つかると思います。
「ストレスフルな人間関係を背負ってよろよろ歩くくらいなら、1人のほうが身軽で気楽でいいですよ。自分らしい道を選んで歩けば、たぶんもう少し先で、もっとステキなパートナーが登場するでしょう」。船長からのメッセージです。
 春以降、いろいろな別れと出会いがやってくると思いますが、すべて自然現象です。自然の流れに逆らわず、ご自分にとって無理のない道、よりウキウキする道をご選択されますように。

 八白土星の方、はい。
 あっみなさん手とか足とか包帯ぐるぐる巻きですねどうしたんですか、はい山崎さんはカーテンはずしてるときに脚立から落っこちて足首折った、うん高橋さんはママチャリに体当たりされて尻餅ついて腰ひねった、ええ森さんはバレーの練習で突き指しちゃった、うわあ姉小路さんは大口開けて特大ハンバーガー食べてたらあごはずれちゃったんですか。痛そうだなあ早く治るといいですねお大事に。
 八白の方は心の傷というよりむしろアクシデントで身体のほうにダメージ出ちゃった方が多いかもしれませんね。
「ケガは注意を促すサイン」と運命学では申します。足首折ったのは「腰を落ち着けてよく考えましょう」というサイン、腰ひねったのは「腰を低くして謙譲の美徳を養いましょう」というサイン、突き指は「ものごとの取り組み方を変えてみましょう」というサイン、あごはずしたのは「自分の言うことに責任を持ちましょう」というサインかもしれません。サインを無視して同じことを繰り返してるとまた同じ目に遭うことがありますので、各自ご注意ください。
 船長からのメッセージは、と。これだ。「悩んだときは今までのやり方を見直して、新しい方針を採用してみてください。今までとは違うやり方、違う切り口、違う考え方で望めば、きっとうまくいくはずです」とのことです。
 2014年はどうやら脱皮の年になりそうですね。辰巳の八白は宇宙の旅を経てさらにひとまわり大きく成長できる予感がします、私たちも期待しております。八白の前途に乾杯! 

 九紫火星の方、ああっ手にあごを乗っけて視線を落として意気消沈してる。ロダンの考える人みたいで何だかカッコいいです。
 はい九紫の井野瀬さん何でしょう、えっ封印した過去にボコボコにされちゃった? ダメージがひどすぎて人生終わったも同然?
 だからあれほど忠告しましたのに、辰巳の九紫は本当に唯我独尊&直情径行なんですから。でも済んでしまったことは仕方ありません、誰だって叩けばホコリが舞いますよ、間違いのない人生なんてどこにもないです。
 大事なのは失敗を悔やむことより、これからどうするかを考えることです。だって時間は前へ前へと進んでいくんですから。「覆水盆に返らず」「後悔先に立たず」「逃した魚は大きい」などと古来申します、さあいつまでも過去を反芻しない、牛じゃないんですから。
 そうですね、地球に戻ってからもしばらくは静かな思索の時間が与えられるかと思います、ちょっぴり不安や孤独を感じることもあるかもしれませんが、この宇宙空間にいるよりはだいぶマシでしょう。
 手負いのクマいや手負いの九紫は内面世界を深く探求することによって人間性の幅が三つ折りヒダ×9個、高さが窓枠下より15センチプラスされてかなり魅力的になりますってカーテンか。
 船長からのメッセージは、・・・・・・ありません。いやそんなはずは。あった。ああよかった。「この1年は人間形成の年です。たくさん本を読み、たくさん人の話を聞き、そして自分の心を何らかの形で表現してください。きっと素晴らしい作品ができ上がります。そしてそれはあなたの生涯の大切な宝ものになるでしょう」。
 生みの苦しみが伴う重要な1年になりそうですね、でもあなたならきっとだいじょうぶです。

 以上でミーティングを終わります。
 辰巳天中殺のみなさん、お疲れさまでした。この2年間の宇宙の旅は、私たちキャビンアテンダントにとっても、非常に有意義で思い出深い旅でした。
 どんなときも笑顔を忘れない、知恵と勇気と根性のあるみなさんとご一緒できましたことを、私たちは心から光栄に思います。
 地球に帰還されましても、どうぞ本船の卒業生であることに自信と誇りを持ち、人にやさしく親切に、そしてご自分の気持ちに忠実に、力強く人生を歩んでいってください。
 重力に慣れるまでしばらくは浮遊感や不安定感を感じるかもしれませんが、長くても半年以内には治まりますので心配ありません。
 
 それでは、本船は間もなく大気圏突入の段階に入ります。多少の揺れや室温上昇を感じるかもしれませんが、すべて想定内の現象ですのでご安心ください。
 地球到着は2月3日です。どこからか豆が飛んできて宇宙船の窓にぱらぱら当たるかもしれませんが、節分の豆ですので気になさらないように。

 それではどなたさまも肩の力を抜いて気を楽になさり、あともう少しだけ、快適な空の旅をお楽しみください。そして12年後、またお会いしましょう。Thank You。 

 

辰巳天中殺のみなさんへ その5   

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 全国の辰巳天中殺のみなさんこんにちは。
 本宇宙船・辰巳号はここ1年ほど電波の届かないブラックホールを遊泳してまいりましたが、ここでようやく地球帰還の軌道上に入りましたため、記事をアップできる運びとなりました。
 2013年宇宙の旅も残すところあと3カ月(天中殺は2014年2月3日まで)、月日のたつのは本当に早いものです。
 アク出し、ウミ出し、厄落としはみなさん順調に進行されてますでしょうか。次に挙げるチェックリストで、各自確認してみてください。

◎人間関係や恋愛でもめている、もしくは関係が崩壊しつつある
◎「この広い世界に自分はたったひとりぼっち」と痛感せざるを得ない
◎仕事で致命的なミスを冒して前途が見えない
◎お金がないというのに出費が止まらない
◎憂うつと倦怠感が交互に肩にのしかかってもう何もしたくない
◎やることなすこと空回り、むしろ墓穴を掘っている
◎夕暮れの帰宅途中、理由もなく涙がこぼれ落ちる
◎不安と心配が襲ってきてぜんぜん眠れない
◎愛用していた茶碗や電化製品、アクセサリーなどが次々に壊れていく
◎いっそ死んでしまいたいと思う

 以上の項目のうちひとつでも当てはまる方は「天中殺を正しく過ごしている」、逆にひとつも当てはまらない方は「天中殺を生半可に過ごしている」と判断してよろしいかと思います。天中殺期間中はつらくてなんぼ、つらければつらいほど「浄化が進んでいる」「スキルを鍛えられている」ととらえていいでしょう。
「夜明けはきっとやってくる」「心頭滅却すれば火もまた涼し」「だけど涙が出ちゃう、だって女の子なんだもん」などとつぶやきながら、一日一日を堪え忍んでいただきたいと思います。

 では、九星別に点呼をとりましょう。船内ロビーにお集まりいただいたみなさんのお姿、まるでゾンビか貞子か落ち武者のようですねおばけ屋敷かここは。
 いえ仕方ありません、辰巳天中殺のみなさんは誰よりも生存本能が強いがゆえに、逆境を押しのけようとするパワーも人一倍強く、作用反作用が派手に出がちなのです。このあたり、静かに堪え忍びながら傷を最小限に抑える子丑天中殺とは大きく違うところです。
 では、呼ばれた方は挙手お願いします。
 
 一白水星の辰巳天中殺さーん、はーい。
「孤独絶賛体験中」と顔に書いてありますね、いいんですよそれで、人間はそもそもひとりで生まれてひとりで死んでいく、大切なのは孤独という名の冷たく澄んだ宇宙世界でどれだけ自分らしい花を開かせるかです。前後左右には誰もいなくても、斜め上360度の天空世界ではたくさんの魂があなたのことを見守っています、「がんばれ一白の辰巳!」「そのままでOKだ一白の辰巳!」とね。
 年末は人間関係に少し気を配るといいかと思います、エレベーターでベム・ベラ・ベロの3人組が「開」のボタン押してあなたが降りるのをじっと待っててくれたら「ありがとう」と言ってみる、赤ん坊少女タマミちゃんがあなたの顔をじっと見つめていたらニコッと微笑んでみる、自分が座ってる目の前に婆さんや爺さんやあずき洗いが立ったらさりげなく席を譲ってみる。するとその瞬間からあなたを取り囲む氷の檻が静かに溶け始めます。生きてる世界はたしかに孤独でも、そういったことをきっかけに冷たい孤独から温かい孤独へ移行できるのではないかと思います。

 二黒土星の辰巳天中殺さん、はい。
 そうやって壺の中で砂糖をギュッと握りしめているといつまでたっても手が抜けませんよ、不便じゃないですか? 両手が壺だと。
 ・・・・・・えっ? 手がグーのまましびれて硬直して抜けなくなっちゃった? 仕方ないなあ、じゃあ壺を割るしかないですね。え、もったいない? うーん困りましたね、砂糖はこぼれちゃうけど壺を割って手を自由にするか、手は不自由だけどそのまま砂糖を握りしめたままでいるか。どっちがベターかちょっと考えればすぐわかることなんですけど、なーんかその壺と砂糖に執着しちゃってるんだよなあ。
 天中殺期間中ににっちもさっちもいかなくなっちゃったときの身の処し方として、「とりあえず手放す」というのがあります。「大事」と思ってるものを、いったん手放してみる。恋人しかり、親友しかり、長年の宝物しかり、金銭しかり。自分にとって本当に必要なものならまた手元に戻ってきますが、そうでないならそのまま離れていきます。いいじゃないですか、身軽なほうがラクですよ。
 でも、一度手に入れたものを手放すのってなかなか勇気がいるんですよね。これができるかできないか、二黒の辰巳さんは今、天から試されているのではないかと思います。

 三碧木星の辰巳天中殺さん、あれ? いらっしゃいませんね。
 あっあそこの氷の惑星に遠征して探検してるんですか、船内の生活に退屈したんでしょうね。では望遠鏡で見てみましょう。・・・・・・ああっ三碧のみなさんったらツルツルすべる氷の上で薄っぺらい革底の靴履いて一生懸命走ろうとしていらっしゃる。いったい何がしたいんでしょうよくわかりません、こういうのを「空回り」といいます。
 何かしたい、じっとしているのはいやだという気持ちはわかります、わかりますけれどもいたずらに行動しても意味がない。尻餅ついてお尻が痛くなるだけです。
 あのう、そろそろこちらに戻って温かいおこたでみかんでもむいたらいかがでしょう、あとたった3カ月の辛抱なんですから。
 ・・・・・・船外メガホン通してるから聞こえてるはずなのにガン無視ですか、え? わが人生行動あるのみ、ですか。何となく聞こえました。そうやってマイペースを押し通す一途さ、天衣無縫さが三碧の辰巳さんの長所ですけども、天中殺のときくらいは静かにおのれの心と対話して・・・・・・あああ勢いよくすべってころんでバウンドして高速でクルクル回りながら無重力の宇宙空間に飛び出していっちゃった。マジックハンドで回収するの大変なんですよね、仕方ないなあ。

 四緑木星の辰巳天中殺さん、はい。
 全員おそろいですね。この期(ご)に及んでおだやかないいお顔をしていらっしゃるのは「協調性」「理性」「冷静」といった特性を天から与えられているからでしょうか、 「運の神さまが味方についていない天中殺期間はじたばたしてもしょうがない」といさぎよく割り切る賢さが、四緑の辰巳さんには生まれながらに備わっていらっしゃる。まさに悟りの人、荒野の賢人です。
 とはいえ四緑だって人の子だ、やっぱりこの1年はつらかった。頼りにしていた人が助けてくれない、友人と仲違いする、たちのよくない人と縁ができてしまう、ふだんなら起こりえないようなミスが発生する、まとまるはずの話がちっともまとまらない、商売がうまくいかないなど、頭を抱えることも少なくなかったのではないでしょうか。
 それって「あなたの生き方が今のままでいいかどうか、基本に立ち返ってもう一度考えてみてはどうでしょう」という天の問いかけなんですね、別に「運が悪いから」起こったわけじゃありません。
「はっ! 自分、勘違いしてたかも」「ちょっとブレてたかも」「周囲のことが見えなくなってたかも」と気づいた四緑はこの先スムーズに天中殺を抜け、明るく楽しい2014年を迎えられることと思います。たぶんだいじょうぶでしょう。

 五黄土星の辰巳天中殺さん、あれ? 姿が見えません。
 そうか、体温下げて冬眠カプセルに入っちゃったんですね。・・・・・・この1年間つらかったもんなあ、生きてるのがイヤになるくらいしんどかったんでしょうきっと。あっ眠りながらはかなげに微笑んでるいったいどんな夢を見ているんでしょうか、いいですいいですそのままそっとしておきましょう、どうせほっといても年末には目覚ましシステムが作動します、そろそろ帰還準備をしなければいけませんからね。
 年末から来年初頭にかけて五黄の辰巳さんは人生の過渡期に突入する、つまり自分を取り巻く環境に大きな変化が起こる可能性があります。もしかすると自分の能力の限界を越えた山登りに挑戦しなければならなくなるかもしれませんが、「人生に必要なプロセス」ととらえておおらかに受け止め、努力してみてください。頂上には素晴らしい桃源郷が広がっているはずですから。
「身に降りかかることはすべて必然、この世にムダなことは何ひとつない、そうなることになっている、これでいいのだ」を口ぐせにすると、少しはラクに登れるのではないかと思います。いや逃げるな、目の前に山があったら素直に登らなくちゃだめだ、五黄の名がすたる。

 ここらへんでちょっと休憩しましょうか。お近くのキャビンアテンダントにお好きな飲み物をご注文ください。干し芋、焼き芋、ふかし芋などの茶菓もご用意がございます。
 窓の外、はるか彼方に地球が青く光り輝いているのが見えますか? いったい誰が創造したのかわかりませんが、この美しい球体は何か強い意思を持ってダイナミックに活動しているように思えます。
 そのパワーの源泉は、国境を越えてあなた方全員がご存じの言葉、日本語ならひらがな2文字、漢字にすると1文字、英語ならアルファベット4文字で言い表されます。「それ」がある限り何があっても地球は回る、強く静かに回り続けるのです。「それ」の答えは・・・・・・おっと、お時間です。ミーティングを再開します。

 六白金星の辰巳天中殺さん、うーんちょっと疲れたお顔をしていらっしゃる。
 仕方ありませんね、この1年間は「がんばってもがんばってもわが暮らし楽にならざり じっと手を見る」だったのですから。正直に言いますと「労多くして実り少なし」な年でしたが、その苦労、決して無駄にはなりませんよ。なぜなら「自分のしたことは超光速で地球を1周して再び自分に戻ってくるだって地球は丸いんだもん」という絶対的な法則があるからです。
 いいことも悪いこともすべて自分に返ってきます、いいことは2、3倍くらいにふくらんでのんびり返ってきますが悪いことは10〜15倍くらいに増幅してすばやく返ってくるというところもしっかり赤マーカー引いて覚えておきましょう、これ過去5年間、超難関のトップ校で必ず出題されてる問題です。
 ですからね、あきらめない、くさらない、さじを投げない。最後まであきらめちゃダメなんです。フーテンの寅が忘れたころにある日ひょっこり「とらや」に帰ってくるように、「頑張りの果実」は特別な宅配便で必ずあなたのもとに運ばれてくる、果報は寝て待て、待てば海路の日和ありだ。
 2014年天中殺明けから少しずつ楽になりますよ、たわわに実った甘い果実は今、誰かの手でていねいに梱包されているところです。配送先はもちろんあなたの住所です。

 七赤金星の辰巳天中殺さーん、あっ! 貧乏神がぺったり背中に貼り憑いてますよ。宇宙にも貧乏神っているんですね、とりあえず祈祷して船外に出てってもらいましょう。
 ええと天中殺時に起こりがちな現象として「なくてはならないものがなくなってしまう」が筆頭に挙げられます。衣食住にこだわる七赤の辰巳さんになくてはならないものといったら、はい、お金です。
 この2年間で衝動買いや浪費癖に拍車がかかってる人、貯金が目減りしちゃってる人、財布が空になっちゃった人、少なくないと思います。しかし、そろそろここで歯止めをかけましょう。今の世の中、お金がないとつらいですよ。ここで、お金が集まってくる秘訣をいくつかご紹介しますので参考になさってみてください。
 まず、「お金は汚いもの」と思わないことです。頭と身体を使ってがんばって働けば、報酬がもらえるのは当たり前のことです。その仕事が少しでも世のため、人のために役立つのなら、きちんと報酬を得ていいのです。誰にも遠慮はいりません、どんどん稼いでください。そしてそのお金をどう使えば自分やまわりがもっと幸せになれるのか、具体的に考えてみましょう。
 次に、お金に敬意をはらうことです。お金を支払うときに「役に立ってくれてありがとう、いい旅を。次はもっとたくさんの仲間を連れてきてね」の意味を込め、「ありがとう」とひとこと口に出しましょう。店員さんも「どういたしまして」とにっこり微笑んでくれますし、一石二鳥です。
 そして、お金が入ってきたらいい財布に入れ、ていねいに扱います。いい財布はいいにおいがします。たまに嗅いでみてヘンなにおいがするようなら買い換えどきです。使わないお金は信用できる金融機関に預け入れ、そっと眠らせておきましょう。
「お金の機嫌を損ねないよう大事に扱う」「お金の気持ちを考えてお金に好かれるよう心がける」、たぶんそこら辺がキモかと思います。このくだり、天中殺じゃない人も知っといて損はないと思います。

 八白土星の辰巳天中殺さーん、うわぁっ。
 何ですか白装束にそのハチマキ、「厭離穢土(おんりえど) 欣求浄土(ごんぐじょうど)」って書いてありますね。それ徳川家康の旗印じゃないですか、あっ家康もたしか八白土星でしたね。「この世は欲得の争いで汚れてる、だから平和で清らかな極楽をめざすのだ」という意味ですか、ああみなさんよっぽどこの世の中がイヤになっちゃったんですね天中殺って恐ろしい。 
 しかし浄土っていったいどこにあるのでしょう、オーストラリアのエアーズロックでしょうかペルーのマチュピチュでしょうかハワイのラニカイビーチでしょうかスイスのユングフラウでしょうかそれとも日本の高尾山でしょうか。
 浄土を求めて三千里歩き回っても答えはなかなか見つからないと思います、だって浄土は想像の世界、つまりあなたの心の中にしかないんですから。
 え? 心の中は真っ暗闇で浄土のじょの字もない? そうですか。ではちょっと目を細めてみてください、その真っ暗闇の洞穴の奥深くのずーっと向こう、いえそっちじゃなくてもっと奥の奥、そのあたりにアルコールランプくらいのかすかな光がぼんやり見えませんか?
 あなたの浄土はたぶんその光の中にあると思います。よく見えないのはピントが合ってないからです。残り3カ月の宇宙旅行を心安らかに過ごしたいなら、その光にピントを合わせてみてください。

 九星火星の辰巳天中殺さん、ああっ懸命にシャドウボクシングしていらっしゃる。
 いったい誰と闘っていらっしゃるんでしょう、ああ過去ですか。2013年、九紫の辰巳の方々には「封印した過去が姿を現す」というプログラムがご用意されておりました。大変でしたね、自分の一番の敵は自分ですものね。
「ポルターガイスト」というホラー映画のクライマックスで、家の敷地の下から勢いよくボコボコ棺桶が飛び出してくるシーンがありました。そこはインディアンの墓地をつぶして作られた住宅街だったのですね。ちょうどああいう感じで、九紫の辰巳さんの目の前には誰にも知られたくない過去のミスや秘密がボコボコ飛び出してきたのではないでしょうか。そのたびにキャーッとかウギャーッとか叫んだり深夜の町をダッシュしたりして、まるでホラー映画の主人公になったかのような気分を味わえたのではと思います。
 助かるコツはですね、2つあります。最後まで逃げ切るつまりしらを切り通す、もしくは闘うつまり「はいその通りですが何か?」と認めて居直ることです。迎合したり中途半端な言い逃れをするのが一番よくありません。
 結論を伸ばし伸ばしにしてきたこと、どっちつかずでもめていることがあるなら、ここら辺で一気に片付けてしまってはどうでしょう、面倒ですが今のうちにケリをつけてしまえば、3カ月後に地球に戻ったときラクですよ。

 はい、以上でミーティングを終わります。
 残り3カ月気を引き締めて、この宇宙旅行を楽しく有意義に過ごしてまいりましょう。2014年2月から乗船されるのは・・・・・・・ああ午未(うまひつじ)天中殺さんですね。この方たちの通称は「市井(しせい)の悟り人(さとりびと)」「クールな必殺仕事人」、たぶんあまり手がかからないでしょう。私たちキャビンアテンダントも少し気が楽です。
 それではどなたさまも肩の力を抜いて気を楽になさり、引き続き快適な空の旅をお楽しみください。すてきな旅の思い出を胸に刻まれますように。Thank You。

セミの妖精

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 都心の森の脇を車で通ると、窓から「カナカナカナカナ」と寂しく鳴くヒグラシの声が聞こえる。ああもう夏も終わりだなとせつない気持ちになる。そのまま青山通りをまっすぐ走ってデパートへ向かう。

 駐車場に車を止めてデパ地下へ。
 食品街入り口の扉を入ったすぐ向こうに見えるのはジェラート屋だ。そこはフレーバーの種類が豊富でどれを食べてもおいしいので人気がある。
 入り口扉の手前でふと店内を見てギョッとした。ジェラート屋の前にそびえる太い円柱を囲むように立ち食いイートインコーナーが設けられているのだが、そこにジェラートを手にした女子が大量にひしめいているのである。いつもの3倍強はいる。その日は久々に暑さがぶり返した真夏日だったし、時間は会社が引けて1時間以内ということもあったかもしれない。
 円柱を囲む女子の群れが、まるで大木にたかるセミの群れに見えた。
 カナカナカナカナ。
 先ほど聞いたヒグラシの鳴き声が脳を斜め横断していく。ここに集う太った女子・痩せた女子・中肉中背の女子たちはもしや、甘い樹液を吸おうとするセミの妖精ではあるまいか。そういえばみな魂が抜けたようなうつろな目をしている。
 一心にアイスをなめるセミの一群の脇を通り過ぎ、焼き鳥弁当と秋の味覚のケーキ(マスカットが乗っているスポンジケーキ)と明朝食べるパンを買い、そそくさとデパ地下を後にした。

 翌日は水戸街道を車で一直線に走った。特に用事はない、ただ走りたかっただけである。
 小腹が減ったので途中の葛飾区でファミリーレストランに入る。
「ホットケーキとドリンクバーのセットお願いします」
 注文をし終えてうはっまだまだ暑いぜとおしぼりで手を拭いてひと息つくと、背後でけたたましい笑い声が聞こえる。
 振り向くと70代、80代の老女の群れ。8名ほどの老女が一心不乱にクリーム白玉あんみつやクリームわらび餅、クリームコーヒーゼリーなどをスプーンですくいながら何かのひとことをきっかけにどっと笑っているのである。
 カナカナカナカナ。
 前日に聞いたヒグラシの鳴き声が脳内に響き渡る。「若いもんにあたしらの苦労がわかってたまるかい」と言わんばかりの老獪な目つきをした彼女たちはもしかするとやっぱりセミの妖精なのか。
 年寄りゼミの笑い声は30代40代50代の頭のてっぺんから漏れ出てくるおほほほほほではなく腹の底から出てくる地声のわははははである。それがいい、とてもいい。聞いているこちらまで楽しくなってくる。
 同い年の男が100人束になってもきっとかなわない、そんな一筋縄ではいかないような婆さんたちの屈託のない笑い声は1カ所ではなくあちらからもこちらからも響いてやがて店内で共鳴し、ひとつの大きなヴァイブレーションを作り上げる。まるでベートーベンの交響曲第九番第四楽章「歓喜の歌」を聞いているようだ。

 にぎやかなファミリーレストランの隅っこでひとりホットケーキとカプチーノを味わっているうちに窓の外が薄暗くなってきた。
 最近は夕方6時を過ぎるともう暗くなる、そろそろ店を出なければと思うが、さざめくようなカナカナカナカナの大合唱を聞いているうちに何となく立てなくなり、仕方なく3杯目のコーヒーを飲みながら紫色に染まっていく水戸街道をぼんやりながめていた。 

犬天国

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 イヌイヌ、ああっイヌが足りないイヌに囲まれてゴロンゴロンしたいッと発作が起こり、いても立ってもいられずぶうううんと車を走らせて着いたところが犬ランド。
 天気は快晴、梅雨なのにちっとも雨が降らないのはどうしたわけかと道中ふと思うがランドに着くなりそんな懸念は木っ端みじんに吹っ飛び、入り口でけだるそうにごろんと横たわっている本日の園長犬・パグのモモちゃんに意識をロックオン。こんにちは、こんにちはと呼びかけながら笑顔で胴体をなで回すがうるせえなあほっといてくれよと無視される。
 いいもん、ここには他にまだまだたくさん犬がいるんだもんと気を取り直し、焼きそばやフランクやソフトクリームを売る売店には目もくれず一直線にふれあい広場へ向かう。

 ふれあい広場は小型犬エリアと大型犬エリアに分かれている。まずは手慣らしにと小型犬エリアのゲートを開ける。
 いるいる、プードルやポメラニアンやチワワやミニチュアシュナウザーなどふだんなかなかさわれない愛らしいのがたくさんいる。先客のカップルや親子連れがベンチに座ってまったり膝の上のイヌをなでている。のどかな風景だ。
 我も負けじと「さあこいっ」と両手を広げて入り口付近でしゃがみ込むが数分間そのまま待っても誰も来ない、みなスタッフのお姉さんのそばで尻尾を振ったりお姉さんの足もとをくるくる走り回ったりしている。
 そうだよなあ、毎日お世話してくれるかわいいお姉さんと一見(いちげん)のよくわからないヘンな客、自分がもしイヌなら迷わずかわいいお姉さんを選ぶよなあと思い直し、イヌがたくさん集っているところへ行く。
 この時点でやっと何匹かのイヌが自分に気づき、そばに寄ってきてクンクンにおいを嗅ぎ始める。そのまましっぽを振って抱っこをせがむかと思いきやつまらなそうにスッと通り過ぎ、どこかへ行ってしまう。
 仕方ないのでベンチに座ると、ふくらはぎに何か温かいものが当たった。ん? と足もとに目をやると、ネズミによく似た痩せイヌがぶるぶる震えて自分のふくらはぎに身体を押しつけている。
 実験ネズミのごとく体毛をすべて剃り落としたような身体、四肢は骨張ってまるで干からびたサルの手みたい、モンステラの葉のように巨大に発達した黒い耳はところどころちぎれている。うわあ正直このイヌ気持ち悪い、でもぶるぶる震えててかわいそう、仕方ないなあと抱き上げて膝の上に乗っけてやる。
 すぐ隣で毛がふさふさのプードルや毛並みのいいシェルティーやモコモコの柴犬などいわゆるイヌらしいイヌたちが元気に飛び跳ねたり抱っこされているのを横目で見ながら、困ったような顔をしてぶるぶる震えるネズミイヌを膝の上でそっとなで続ける。背骨やあばらが浮いてゴツゴツだ。
 イヌの気ははかなくてかよわい、人間に愛されるため品種改良されてきた小型犬は親の言うことにただ素直に従うだけしかないけなげで頼りない嬰児(みどりご)のようだ。

「これから一時間、ふれあい広場は休憩時間に入りまーす」
 スタッフのお姉さんのかけ声で客が次々に立ち上がり、ゲートから出て行く。半眼のネズミイヌにごめんね時間だからねとあやまり、そろそろと地面に降ろして自分も外に出る。

 広い敷地の向こうに、「ドッグレンタル」の看板が立っている。
「お好きなわんちゃんとお散歩しませんか?」
 見ると大きな犬舎にイヌがいっぱい、ねえ来て早くこっち来てと一斉に吠えている。その昔ロシア貴族に愛された優雅なボルゾイやら頭の良さそうなイングリッシュセッターやら愛嬌のあるラブラドルリトリーバーなどよりどりみどり、別の仕切りにはマルチーズやらチワワやらダックスフントやら小型愛玩犬が低い柵に前足を乗せてフンフンキュンキュン甘え鳴きしている。
 ここはつまりイヌのキャバクラ、お金を払えばこの子たちをしばらくレンタルできるのだ。かわいい子、きれいな子、頭がよくて愛想のいい子から先にどんどん売れていき、愛想のない子、ぼんやりした子、人に興味のない子は散歩に出してもらえない。
 世をはかなんでいるかのようにしょんぼりうつむいているチワワを抱き上げ、君は借り手がつかないのだね今日はお客さん少ないもんねこの世界も人気商売だから大変だねと背中をさすると、おとなしく自分に身体を預けている。
 そのとき、私のショルダーバッグのひもを誰かが背後からグイッと引っ張った。
 ん? どこのわんちゃんがいたずらしてるんだい? と振り向くと誰もいない。
 あれおかしいなあ、気のせいかなあと気を取り直してチワワをなでていると、またしても誰かが背後からバッグをグイッと引っ張る。
 ぱっと振り向くとやっぱり誰もいない。イヌたちはみな犬舎に入っているので、勝手にそこら辺をフラフラ歩き回れるわけはない。
 あっこれはもしかすると、自分が死んだことに気づかないイヌが遊んでくれ散歩してくれと自分に訴えかけたのではないかと思った。気のせいかもしれないしそうでないかもしれないが別にどっちでもいい、力の強さや引っ張った高さから言ってたぶん中型犬か大型犬だろう。遊んでやりたいのは山々だが、姿形が見えないので遊びようがない。
 生きてる生きてないに関わらずたくさんのイヌとふれあえるここはまさに犬天国、いいよいいよ生きてるイヌも死んだイヌもどんとこい、一緒に遊ぼうじゃないかと少ししんみりしながら「お願いします」と受付で財布を取り出し、生きたイヌにリードをつけて散歩させている最中に蛍の光が流れ始めた。
 イヌを返してから出口に向かうと、果たして自分が最後の客であった。本日の園長犬・パグのモモちゃんがスタッフのかわいいお姉さんに抱っこされて出口の外にいる。
「お見送りしてくれるのありがとう、楽しかったからまた来るね」と頭をなでるとうるせえなあと顔を背けられた。
 車に乗り込むと全身がイヌ臭い。これでいいのだ、ああ楽しかったとバウンとアクセルを踏み、「迷子の迷子の」と歌い出すがあっこれ子猫ちゃんの歌じゃんとすぐに気づく。だが面倒なのでそのまま歌い続ける。「あなたのおうちはどこですか」のところで何かがグッとこみ上げてきたが、あえてそれを無視して一目散に家を目指した。

奥さんの方術

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 繁華街にある大きな書店をじっくりひと巡りしたのち疲れてぼんやりした頭で電車に乗って帰宅、駅前のスーパーで牛乳やオレンジジュースや日本酒や塩など重量のあるものをこれでもかと買いまくり、ああ重いこんなの持っててくてく歩いて家に帰るのかね本屋で本3冊買ったうえにさらに重いもの買ってバカじゃねえのと自分で自分にうんざりしながら袋詰めしていると、「ステキね」と唐突に声がした。
 前後左右&天地をきょろきょろ見回すが他に誰もいない。怪訝な顔でふと正面を見ると見知らぬ奥さんが自分を見てニコニコしている。向こう三軒両隣どこにでもいるような、ごく一般的な品のいい中年の奥さんである。
 えっもしかすると自分のことですか、えええ奥さん正気ですかとじっと相手の目を見る。
「帽子とお洋服の色の組み合わせがとってもステキ」
 その日は紺色の帽子に紺色の麻シャツに真っ赤なパンツを履いていた。
 そうか、この奥さんは赤×紺のパッキリしたコンビネーションに目を奪われたのだなと気づき、あああありがとうございますこの帽子は自分にとって天パーのボサボサ頭をカムフラージュするためになくてはならない必須アイテムであり、これがないと私は巨大なモンチッチになるのでありますと説明する。
「そのお帽子とても似合うわ、ほほほじゃあねえ」
 長年生きているがスーパーで見知らぬ他人さまから褒められるのは生まれて初めての体験だ。そうかあ自分イケてるんかあとうれしくなり、マリオが空中ブロックをドカコンとどつくようにひゃっほうと天高くジャンプしてからスーパーを出た。

 地球を持ち上げるくらい重かった荷物がこんなに軽い、あの奥さんの方術すごい、いやあありがたいねえと感謝するうち「無財の七施」という言葉を思い出した。
 それは人に慈悲を施しましょうという仏教の教えで、1.眼施(がんせ)・・・やさしいまなざしを向ける 2.和顔施(わがんせ)・・・にこやかな顔で接する 3.言施(ごんせ)・・・温かい言葉をかける 4.身施(しんせ)・・・助ける 5.心施(しんせ)・・・思いやる 6.床座施(しょうざせ)・・・席を譲る 7.房舎施(ぼうしゃせ)・・・もてなす、の7項目がある。
 あの奥さんがぐったりしていた自分にしてくれたことは実に3番目の「言施」ではなかったかとハッとする。

 言った本人は「無財の七施」とか「慈悲の実践」など小難しいことはまったく考えていなかったと思う。たぶん目について感じたことを素直に口にしただけだろう。しかし不意討ちのように放たれた「ステキね」の言葉はずどんと私の心に深く突き刺さり、身体の隅々に重苦しく張り巡らされていた疲労感を粉々に打ち砕いた。恐るべし、言施の威力。

 金と徳は天下の回りものだ。だから私はあの奥さんから受け取ったプレゼントをいずれ誰かに手渡したいと思う。
 もしあなたがいつかどこかで帽子をかぶった変なやつから何かモニョモニョ言われることがあったら、ああ、あのブログの筆者だな仕方ねえなあと、どうかいやがらずに言施を受け取っていただきたいと切に願う。

寺あたり

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 ある晩秋に、仕事で寺巡りをすることになった。
「あなたこういうの好きでしょう、ふふふお任せしましたよ」とクライアントから言われたので喜んで引き受けたのだが、当時は1日に48 時間働いても足りないほど超多忙、引き受けたはいいけれどさていったいどうやって取材の時間を捻出すればいいのかと頭を抱えた。
 行き先をリストアップすると20 件あまりある。これ普通にちまちま回ってたら他の仕事に支障来すじゃん、ええい2日で何とかしてやれと腹をくくって1日10 件回ることにした。いまから思えばあんたそら無謀だろうと肩を揺すりたくなる無茶ぶりだが、当時はそれが当たり前、あの頃は自分を取り巻く時間のスピードが今の10倍速だった。 

 気力さえあれば身体は何とかついてくる。早朝から暗くなるまで有名無名の寺を気合いで巡り、坊さんの話をふんふんああそうですか、で結局神さま仏さまというのはいったいどのようなものでどこにおわしますのでしょうと尋ねるが、結局どこへ行っても回答は得られない。やはり形のないものは群盲象を評すで最終的には自分の感性でとらえ自分の脳内で像を結ぶしかないのだとそのときわかった。

 勢いに任せて1日目終了、帰宅後入浴中にこっくりこっくり湯船に顔を浸しては起き浸しては起き、いかん自分は水飲み鳥かとあわてて風呂場を飛び出しそのまま布団の上にバタンと倒れて爆睡した。

 2日目早朝、眠いよつらいよと駄々こねる身体を引きずりながら布団を離れ、前日と同じように寺から寺へとさまよい歩く。
 夕刻、バツ印で真っ黒になったスケジュール表をながめながらやればできるじゃん、じゃあ次はこのお寺だねと顔を上げると周辺に何となく白いもやが立ち込めている。あれ? 今の今まですっきり晴れてたはずなんだけどと首をひねりつつ広い境内に足を踏み入れ、恐山を思わせる人気のない丘をひとめぐり。あちこちに立つお地蔵さんの顔がやけに生々しいのは気のせいか。
 ふもとに降り、真っ黒い池のふちをたどって寺を目指す。家屋を兼ねた古い寺務所(じむしょ)の引き戸をがらりと開け、「あのう失礼します」と声をかけるとしばらくしてから「はあい」と小さな声がして、玄関からまっすぐ伸びた薄暗い廊下の奥から小柄な初老の女性が出てきた。
 いわゆる腺病質というのか、とてもやせている。全身から力が抜けたような、やる気のない感じ。この人、体調があまりよくないのかなと案じつつ「先日お電話差し上げた者ですが」と訪れた旨を話すと、「住職を呼んできますので少しお待ちください」と言い置いて再び廊下の奥に引っ込んだ。
 しーん。
 玄関から見て左側には廊下が、右側には階段がある。階段の途中に広めの踊り場があり、その上部に四角いガラス窓がはまっていて、そこから西日がぼんやり射している。薄暗い踊り場に黄色い光が細長く差し込み、光の筋と筋の間をほこりが静かに浮遊している。
 ただそれだけの風景が、こわくてこわくてたまらなかった。踊り場から誰かにじっと見られているような気がしたのである。何がいるのだろうと目を凝らしても、逆光でよく見えない。しかし気配だけは強く感じられる。
 いやだなああそこ絶対に何かいる、うっかりあの階段上っちゃったらどんなこわい目に遭うんだろう、どうして家族の人は平気なのかなとドキドキしていると「お待たせしました」と住職の声がした。
 背後に視線を感じつつ、階段と反対側の廊下を住職の後について本堂へ向かう。
 寺の由来を丁寧に語ってくれる住職はとても和やかな人で、なぜそういう人がそんなこわい家に住んでいるのか最後までわからなかった。

 2日目の取材も無事に終わり、やれやれと家に戻って資料を整理し始めたときのことである。何気なく腕をまくると、見慣れぬ赤い斑点が腕の内側一面に広がっていた。念のため反対側もまくるとまったく同じ。
 あれっ何このまだら模様、蛇女みたい、何か悪いものでも食べたっけ? とその日に食べたものを思い出してあれこれ推察するが胃も腸も別に何ともない、あ、そういえば頭痛がする、さては風邪でも引いたかねと熱を測ると38 度近くあった。しかし寒けものどの痛みもまったくない、にしてもこの気味の悪い斑点は何だと胸に手を当てて考えるうち、これは食あたりならぬ寺あたりであると気がついた。無防備に2日間で20カ所も回ったので、おみやげを持たされたのだと。
 いったいどこの寺でもらってきたのか、そういえばあの寺は薄暗くてじめっとしてヤバかった、いやあの寺も気味が悪かったぞ、あの寺では変な木に触っちゃったしなあなどと煩悶するが、結局原因は特定できなかった。
 ああどうしようこれどこから見ても奇病じゃん、自分はこのままやがて蛇かカエルに変態するのかと本気で不安になった。
 あっそういえば! とあわててカバンをひっくり返す。
 あった。仏さまの御影シート。
 親指の爪くらいの仏さまがずらりと印刷された切手シートのような紙を手に取り、あわてて1個切り離してコップ1杯の水でゴクンと飲み干した。ついでに「山伏も愛用!」と銘打たれた真っ黒い丸薬も取り出し、「胃もたれに」と書いてあったが寺あたりにも効くだろうと勝手に思い込んで数粒飲み込んだ。御影シートも丸薬も取材先で興味本位に買い求めたものだが、まさか本当に出番が来るとは思わなかった。
 翌朝、おそるおそる腕を見ると斑点がきれいに消えていた。
 ホッ。
 というわけで私は未だに人間をやっている。

 あのね、「パワースポット」と称されるところにむやみやたらに行かないほうがいいですよ、巣窟になってる可能性ありますから。昔の人はいいこと言いました、「仏ほっとけ、神かまうな」ってね。

2011.10.24

春のお彼岸のココちゃん

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 春のお彼岸に突入してからナマ傷が絶えなかった。
 まず初っぱなに親指を勢いよく壁にぶつけて爪が紫色のマニキュアを塗ったようになった。
 お彼岸だし部屋を清めとくかと初日の朝から張り切って雑巾を握り、あちこちの壁を拭いていたとき、まったく意図していないのに不意に右腕が野球のボールを投げるような動きをした。大きく振りかぶった先は壁である。もちろん自分の意思ではない、まるで誰かに腕を持ち上げられて力任せにぶつけられたような感じだった。
 自分はなぜ親指の爪を自ら壁に激突させるような真似をしたのかとショックのあまり呆然としていたら、間もなくじんじん痛み出し、熱を帯び、平たいはずの爪が亀の甲羅のようにぷっくりふくれあがった。
 その日の午後、今度は右足の親指を机の脇に置いてあるキャスター付きの引き出しの角に思いっきりぶつけた。もちろんぶつけたくてぶつけたわけではない、何かのはずみでぶつけてしまったのである。しかし何のはずみだったのかさっぱり思い出せない。
 手の爪も痛いが足の爪はもっと痛い。見ると、こちらも紫色に変色していた。

 翌日の夜、風呂に入るためパンツ(下着ではなくアウターのパンツ。ズボン。)を脱いだら、右脚のふくらはぎに20センチほどの真っ赤なみみず腫れができていた。ほぼ一直線で、ところどころうっすら血がにじんでいる。浴槽に浸かるとひりひり痛んだ。
 風呂から上がってからパンツを裏返して念入りに調べたが、とがった金具などは出ていないし針やトゲが生地に突き刺さっているわけでもない。もしやこのみみず腫れは何かの聖痕かと背筋がゾッとして身体が一気に冷えた。

 次の日、新品の靴をおろして外出した。「バカの大足」と揶揄されながら育った自分にはまるで夢みたいなゆとりのある安心サイズで、デザインも好みだったので喜び勇んで色違いを二足買ったうちの一足だ。
 しかし歩き始めて10分もたたないうちに右くるぶしの下が痛くて痛くてたまらなくなり、道ばたで靴を脱いで靴下をめくってみると皮膚がむけて出血していた。仕方ないので人混みの中で立ち止まり、カバンから応急絆創膏を取り出してくるぶしの下に貼り付けた。
 新品の靴だから革が固いのはやむを得ない、しかしEEEの幅広サイズなのになぜこうなる、と割り切れない思いだった。

 ああなんかお彼岸に入ってから満身創痍、「気を引きしめい」とご先祖が戒めているのか、あるいは娑婆帰りしている悪霊のいたずらか。
 お彼岸は昼夜の時間がほぼ同じ、また寒くもなければ暑くもない。こういう陰陽のバランスが取れたニュートラルな時期は、自分の生き方や運を顧みる絶好の機会と言われている。何ともないならそれでOKだが、どこかにトラブルが出たら運が落ちている証拠なので気をつけたほうがいいとされている。
 春分の日を中日としてその前後3日間を春のお彼岸と呼ぶが、その1週間に身体に何かしらのトラブルが出た場合、左半身なら先祖の警告、右半身なら自分のせいという説もある。
 それじゃ右半身ばかりケガしてる自分はおっちょこちょいなのか。臍下丹田に気を込めてもっとどっしり生きなくてはいけないのかなどとぼんやり考えながら、例年より10日ほど早く咲いた桜並木をとぼとぼ歩く。

 お彼岸の最終日。
 ちょっと遠出をしようと愛車で高速道路に入り、途中でSAに立ち寄った。土曜日の昼だけあって非常に混んでいる。犬連れも多い。
 売店でも覗いていこうと施設の入り口に向かうと、通路の途中にいたプードルがつぶらな瞳でじっとこちらを見つめている。
 プードルは人間の気持ちを理解するひときわ賢い犬種と聞く、ああプードルちゃんかわいいなあやっぱり犬には犬好きがわかるんだねえお利口ちゃんだぞうと笑顔でアイコンタクトを取り、その犬の脇を通り過ぎようとしたとき、「バウンッ!!」と敵意むき出し、犬歯もむき出しで威嚇された。
「だめよぉココちゃん」
 身体のラインに沿うワンピースを着たフェロモンたっぷりな飼い主が、長い髪をかき上げながら犬に向かってやさしく微笑む。
 だめよぉココちゃんの前に驚かしてすみませんとあやまるのがスジだろうかき上げ女、お前らまとめて浦見魔太郎におしおきしてもらおうかええっどうだぁと誰にも聞こえないようにつぶやきながらそのまま何もなかったふりをして施設内に入り、売店を物色する。桜の季節だが心の中には秋風が吹いている。
 SAの売店をひととおり見て回ると、とあるコーナーに地元で取れた農産物が並んでいた。
 あっこのぬか漬けおいしそう、よし買ってやる、ビニール袋で念入りに包装されてるからだいじょうぶだろうと2パックレジに持って行き、ついでにリンゴも6個ばかりかごに入れているうちバカプードルのことなどすっかり忘れ、ウキウキと駐車場に戻って車のトランクに買い物袋を放り投げてからぶうううんと再び高速に参入した。

 帰宅すると、すでに夜10時を回っていた。
 さあ遅めの夕食だ、おかずは何もないけどもう遅いからぬか漬けと温かいご飯で充分と鼻歌を歌いつつほどよくつかったキュウリとにんじんと大根を適当な大きさに切った。
「いただきます!」
 ぬか漬け久しぶり、うれしいなあ、今回のお彼岸はいろいろあったけれど最後は口福(こうふく)で締めてやれ、終わりよければすべてよしだ。
 パリッ。
 いい音がする。鼻孔をふんわり軽やかに腐敗臭が通り抜ける。
 心にそよりと秋風が吹いた。
 これ、傷んでるじゃん。
 ぬか漬けを容赦なく捨てると、心の中で暴風雨がどうどうと吹き荒れた。
 せめてもの口直しにとリンゴをむく。
 シャクッ。
 まったくの無味無臭、甘くも酸っぱくも何ともなかった。

 以上が春のお彼岸の顛末である。わが人生に幸あれと祈る。

2013.03.26

骨密度

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 3月中旬のある晴れた朝、散歩がてら骨密度を測定しに行く。
 道路沿いはマンションやビルの建設工事でわさわさとにぎやか、おまけにゴミの日なので収集車が集積所に来ては停まり、そのうえバスまであとからあとから来ては停まりするので全体的にアップテンポな春の大交響曲といったおもむきである。
 グリーンのフェルトのつば広帽に季節外れの毛皮のショートコートをまとった若い女性が精神病院の前にじっとたたずんでいる、これから行くのか出てきたのか。そこだけ時間が停止していたが、しばらくしてその女性が顔の向きをひょっと変えた瞬間にまた時間が流れ出した。
 そのようなばらばらの音符が飛び交う世界、印象としては淡いピンク色の陰と陽が交錯するうららかな2013年春の世界を、ひとり縫うように目的地へ向かった。

「おはようございます」を合図に検診が始まる。検診そのものは1分で済み、あとは椅子に腰掛けて結果と解説を待つだけだ。
 平日の午前中というのに次から次へと人がやって来る、男女比は3対7程度、年齢層はばらばら、たぶん職業もばらばら、それぞれの表情もばらばらである。
 ひまに任せていろいろな顔をながめるうち、幸せそうな顔をしている人とそうでない顔の人がいることに気づく。
 前者は背筋をスッと伸ばし顔色が明るく声のトーンが高くはつらつとしゃべり親しみやすい感じ、後者は猫背で顔色が沈み声のトーンが低くぼそぼそとぶっきらぼうな話し方で人を寄せつけない感じがする。これは着ている服や履いている靴や持っている物にはあまり関係ない。内面の光の質や輝き方が外側ににじみ出ているのだ。

「あなたは成人したときと骨密度がほぼ変わっていませんね。問題ないですよ」
 いやあよかったじゃん自分、じゃあこれからもがんばれるなと晴れ晴れした気持ちで建物の外に出ると太陽の光が道路に強く当たっている。風呂屋の煙突のように天高く伸びる真っ赤なクレーンを横目に見ながら、温かい道をウキウキと歩く。
 
 幸せな人もそうでない人も「人間である」というくくりではまったく同じ、何が違うかというと生きている環境と本人の心のあり方だけだ。100%言うことなしの素晴らしい環境に生きている人は皆無、むしろ人は何も考えずにほっとくと徐々によくないほうへ沈んでいくのが普通だから、幸せな人というのは重力に反して何かしらの努力をしていることになる。
 つらい、実につらいけどこのつらさをこのまま外にさらしたら周囲にもこのつらさが移ってしまうだろうとか、このまま堂々めぐりしてイヤなことを考え続けていてもちっともいいことなんかないからもうちょっと楽しいことを考えてみようとか、自分がされていやなことを人にするのはやめておこうとか、不安や心配で気持ちは下がってるけどせめて唇の両端だけは上げておこうとか、そういうちょっとした、しかしわりと力のいる作業ができるかできないかでその人の骨密度いや幸せ度は決まっていくのではないかと思う。
 
「骨密度は放っておくと自然に減っていきます、だからバランスの取れた食生活と適度な運動が大切なんですよ」
 過剰なダイエットがなぜ危険かというと、身を削るだけでなく骨も削るからだそうだ。骨が細くなると年を取ってから骨が折れやすくなる、寝たきりは実に骨が折れるので納豆や豆腐やめざしをたべて骨太をめざしましょうというわけだ。
 身も心も幸せになるためにはやはりカルシウムの意識的な摂取が必要だなと「骨まで愛して」を口ずさみながら再認識。
「やせなくちゃ」と無理にダイエットしなくても、年とりゃ食欲なくなってイヤでもやせますよお嬢さん。「痩せればモテる」「何とかなる」は女子の幻想、既製服の9号がすんなり入れば幸せになれるのかといったらそんなこと全然ないんだぜ。女の幸せは服のサイズでは決まらない、骨太かどうかで決まるのだ。

2013.03.12