バス停の教え

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 休日の夜、帰宅のため駅前のターミナルでバスを待っていた。濃いブルーの空がときおりピカピカッとストロボのように光るのをぼんやりながめていると、「雨は降らないのに雷がすごいわねえ、ああ、あんなに空が明るい。大自然というのは本当に人知の及ばない世界ね」と自分の前に並んでいた60歳くらいの小柄な婦人が私に言う。
 おかっぱ頭ですっぴん、涼しげなワンピース、くるぶし丈のソックス。童女がそのまま年を重ねたような風貌。
「私が子どものとき、伊勢湾台風が来てね。あっという間に水がこの辺まで上がってきたの」
 水平にした手を、鼻のあたりまで持ち上げる。
「すぐ2階に避難して外を眺めていたら、うちの犬が水の中を犬かきして泳いでいるのが見えたから、それを家に引き上げて。ああ、私たちは自然には歯が立たないんだなあって思ったわ」
 あ、また光った、すごいね、そう言って空を見上げてから人なつこい目で私を見る。
「真っ先に救援物資を送ってくれたのは中国でも韓国でもない、アメリカよ。いろいろな意見があるけれど、安保条約ってこういうときに効くんだって思ったわ。一度交わした約束っていうのは、きちんと効力を発揮するものなのよ。安保条約に限らず、世の中はすべてそう。そういうしくみになっているの」
 バスが来た。
 バスで見知らぬ人から話しかけられるのはこれで何度目だろう、経験を積んだ人の話はおもしろい、こういう話はネットやテレビでは絶対に聞けないものなあ。
 バスを降りると小雨がパラパラ降っている。私は雨粒を肌に感じながら「約束」について考えた。
 約束は、人間同士だけでかわすものとは限らない。人間と神さまの間にもかわされるはずだ。
「神さまどうかこの地域をお守りください、毎日お供え物をして、年に一度は派手なお祭りをしますから」
「この仕事で成功したいのです。そうすればたくさんの人が幸せになれます」
「私は大金持ちになり、それを恵まれない人たちに分けてあげたいのです」
 その夢や希望が本人にとっても神さまにとっても何らかのメリットがあり、なおかつ途中で契約違反をしない限り、取り交わされた約束はいざというとき確実に効力を発揮するだろう。
 だがこういう場合はどうだろう?
「神さま、どうかお金持ちになれますように」
「玉の輿に乗れますように」
「この世の幸せがすべて手に入りますように」
 どんなにたくさんお賽銭を投げてそう祈っても、「お前はそれでいいだろうよ、だけどそれ、わしに何のメリットがあるの?」と神さまは軽く一蹴することだろう。
 自分の希望が叶うことで、相手にもメリットが生じること。それをきちんと踏まえたうえで交渉するのが、約束を取り付ける際のコツだと思う。一方通行はただの「お願い」、双方向性があるのが「約束」。相手が人間であれ神さまであれ、そこに注意すれば夢はずっと叶いやすくなるのではないだろうか。

2010.07.25

夏土用

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 2010年は7月20日から夏土用に突入。これから8月7日の立秋前日までの18日間が夏土用である。
 春(73日)→春土用(18日)→夏(73日)→夏土用(18日)→秋(73日)→秋土用(18日)→冬(73日)→冬土用(18日)(※日数は「おおよそ」)。季節はこの順番に巡っていくと昔の中国の人は考えた。土用とは、季節と季節の変わり目の期間のことだ。
 中国で生まれた陰陽五行説では、あらゆる事象を木・火・土・金・水の5種類の気に分類する。
 季節もしかり。春は木の気、夏は火の気、秋は金の気、冬は水の気、土用は土の気が旺盛になる季節と考える。春は木の芽が吹き出す季節、夏は太陽が燃えさかる季節、秋は金が熟成される季節、冬は冷たい雨や雪が降って水気が多くなる季節、土用は土の中でさまざまな変化が生じる季節。
 だから昔から土用に土いじりをしたり、土木工事をするのは大凶とされている。土の中で起こっている大自然の変化に、人間がちょっかいをかけることになるからだ。
 地面の下の世界は目に見えないが、中で起こっている変化のパワーは人知を越えるほど大きいと考えられる。なにせ、18日間で季節を変えなければならないのだから。
 そのため、土用期間中の天・人・地の間に流れる気のバランスはかなり乱れる。海に行く人は土用波、山に行く人は迷子や神隠し、あるいは酷暑による夏バテ、イライラから来るストレスやケンカ、デート前のカーラーの取り忘れなどにも要注意だ。

 夏土用は火の気の影響を受けるため、突発的で派手な事故が起こりやすい。
 火の気を鎮めるためには、次の方法が有効だ。
◆インテリアに清涼感を取り入れる(透明感のある素材や寒色系の家具を置く、涼しげな観葉植物を飾るなど)
◆トマトやなす、キュウリなど夏の食材をたっぷり食べる(夏に出回る食材は体を冷やす作用がある)
◆波の音を聞く(CDなどでOK)
◆浴そうにハッカ油を垂らして入浴する(ほんの数滴でクールスパに変身)
◆涼しいところで眠る(昼寝も推奨)
「それっ、旅行!」もいいが、夏土用期間中はあまりあくせく動き回らず、スイカでも食べて稲川淳二の話でも聞きながらのんびり過ごすのが一番。
 猛暑のなかで働かねばならない方は、ふだんの7割程度で余力を残しながらほどほどにがんばればいいと思う。

2010.07.20

音霊狩り

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 たまにレンタルショップへ行ってCD狩りをしている。
 膨大な棚にはさまざまな音が無限にひしめいており、いったいどんなジャンルがあってどんなミュージシャンがいてどんな楽曲を作っているのかよくわからないのだが、とにかく目についたものをジャンルや国やミュージシャンを踏み越えて手当たり次第に借りている。
 R&B、ロック、ポップス、ラウンジ、ハウス、ダンス、ジャズ、レゲエ、ワールドミュージック、クラシック、歌謡曲、演歌・・・・・・エトセトラ。
 正直言って大半のCDはスカである。確率的には本や映画と同じくらい、もしかするとそれ以上の確率ではずれが多い。だから、未知のCDは20枚のうち1枚当たりが出れば大ラッキーといった宝くじ感覚でいつも借りている。50枚借りてもダメだこりゃなときもある。だからこそ、当たりが出たときの喜びは何ものにも代えがたい。 
 いい音霊(おとだま)にめぐりあうことは幸いである。いい音霊は生きる力をくれる。それは「流行りもの」や「人の評判」や「定番」などとはまったく無関係の場所で、ひとり静かにじっと身を潜めている。まるで深い森に住む隠者のようだ。
 隠者に会うには、うっそうとした森の茂みをかき分けて進まねばならない。森の中に標識はなく、ただ自分の直感だけが頼りだ。

2010.07.12