神だのみ

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 方位のパワーを取りに、約1週間の旅に出た。大吉方位への移動なので気分はハイ、苦手な飛行機も余裕で乗り倒した。私の趣味は開運だ。
 吉方位旅行のいいところは、旅の最中や事後にたとえゲッと思うようなことが起こっても、「これは開運に必要不可欠な毒出しである」「この出来事は過去の悪行を清算するため必然的に生じている」「これを越えれば幸せをつかむことができる」などと気持ちをポジティブに切り替えられるところであろう。ただ単に旅行してイヤな目に遭ってしょんぼりして帰ってくるより、よほど生産的なのである。吉方位旅行が古来すたれない理由のひとつは、そこにもあると思う。 
 ラッキーなことに初日はゲッなことも特に起こらず「ああ楽しい、ああうれしい」だらけで過ぎ、やがて夜が来た。上げ膳据え膳のホテルのベッドで横になり、800キロ近い移動の疲れもあってすぐに眠りに落ちた。

 ・・・・・・窓際の白いカーテンに、誰かがみの虫のようにくるまっている。やがて、ぺろんと布をめくって姿を現した。死んだ知り合いだ。
 この知り合いは夢を通して棺桶の中に一緒に入ろうと誘ってきたり、黄泉(よみ)の国に続く地中の狭いトンネルにむりやりご招待してくれようとするのでちっともありがたくない。たぶん他に頼る人がいないのだろう。
 またお前かしつこいな、人を巻き込もうとするのはムリだっちゅうのがまだわからんか。
 ・・・・・・やっぱりだめかなあ。
 私が拒否すると、そいつはぼそっとつぶやいた。
 生者と死者では存在する次元がまったく違うのは当然の理、それでも境界を飛び越えてコンタクトしてくるのは、よほど依存心が強いかよほど辛いのだろう。

 正規のステップを無視して無理やり肉体を脱ぎ捨てると、時間の流れから外れて「しばらく」さまようことになる。年を取るのはイヤだとみんな思うが時間に支配されるからこそ救いがあるのだ。神様の時間概念は悠久で人間の何倍も長いから、この「しばらく」は永遠に近い。苦しい瞬間のまま永遠を過ごすのはまさに地獄のような苦しみではないかと想像する。
 いつ生まれ落ちるか自分で決められないように、人間はいつ死ぬかを安易な理由で自分勝手に決めてはいけないのだ。「そんなの個人の自由じゃん」と不自然なことをすると、ベルトコンベアーからはずされてしばらく放って置かれることになる。

 いやな気分で目が覚めて、窓の外を見ると暗闇だ。時計を見ると3時過ぎ。まだ早い、寝ようと思って目を閉じた。

 私はバスに乗っている。バスの中はがらがらだ。
 両肩が妙にずしっと重い。
 あれ、何でこんなに肩が重いのと手で左肩を触ってみると、半分ひからびた誰かの手が乗っている。右肩も同じである。
 思わず後ろを振り向くと、丸い黒眼鏡をかけたやせた爺さんが両腕を伸ばし、私の両肩に両手を乗せている。
 うわっ。
 思わず手で払いのけ、立ち上がった。

 そこで目が覚めた。すでに明るい。時計を見ると6時を回っている。
 タモリ、もしくは冷血のトカゲにも似たあの無表情な黒眼鏡の爺さんはいったい誰だと考えを巡らせるがまったく心当たりがない。
 勝手に人の肩に手を乗せやがってずうずうしいと無性に腹が立ったが、すでに見終わってしまった夢なのでどうにもならない。
 飛行機の中で何か憑けてきたか、ホテルの部屋にもともといるものなのか、あるいは死んだ知り合いに関わる何かなのか。いずれにしてもたちが悪い、あの爺さんの黒眼鏡は正体をカムフラージュするためのもの、たぶん本体はものすごくケガレたものに違いないと想像する。
 旅先ではどうしても無防備にならざるを得ない、だから初めての部屋ではいろいろなものが襲ってくる確率がけっこう高い。

 萎えた気持ちを抱えたまま、朝いちの露天風呂に行く。
 誰もいない風呂の中で頭に白いタオルを乗せて「旅行の初日に悪夢2連発」の意味を考える。
 これは毒出しなのか? いや違う、隙を狙われたのだ。
 目の前は本州最西端のターコイズブルーの海、潮騒の音を聞きながら涼しい海風にただ身をさらすのみ。
 何にもなくて、いいところだなあ。
 あっそうか神社だ、どこか力のありそうな神社へ行って守ってもらえばいいのだとピンと来て、その日の移動途中に神社参拝の予定を組んだ。その神社の御祭神はストイックな武士として知られる。
 うん、あそこへ行こう。

 日の落ちる前に、神社に到着。
 凛と引き締まった空気が境内に漂い、正殿に向かうと自然に背筋が伸びた。一点の曇りもなくすがすがしい雰囲気、さすが後世に誉れ高い武士を祀った神社だけあると感心。
 二礼二拍手一礼してから、お守りを入手。おみくじを引くと大吉。
「争いごと 勝つ」
 やったあ。

 その夜、枕の下にお守りを忍ばせて横になる。またあいつが出てきたらもう本気で怒るぞ、しかし本気で怒ってもどうにもならなかったら面倒だなあといろいろなことを考えながらうとうとしていると、いきなり「この馬鹿者がぁぁぁぁっ!!!!」と大声で怒鳴る声が頭に響いた。
 えっバカ? 自分やっぱりバカですか? と一瞬思うがすぐにあっそれ違う、誰かものすごく大きくて強い人が誰かを恫喝(どうかつ)したのだと気づく。
 たぶん参拝した神様、もしくはその方の門下生が「馬鹿者」を追い払ってくれたのだ。やっぱりあのお方、頼もしいなあ。

 翌日以降の旅はほとんど何の問題もなく快適に過ぎ、無事に帰宅して今ここでこうしてブログ記事を書いている。道中いろいろなことを見たり聞いたり考えさせられたりしたが、おおむね楽しかった。
 現在、身体の中に方位のパワーがたっぷんたっぷんに詰まっているのを感じている。食べ過ぎか。いやそうじゃなくて。
 このパワーが具体的にどう具象化していくのか、これから興味深く見守っていこうと思っている。

2012.10.17

赤ん坊

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 仕事で訪ねた家に、生まれたばかりの赤ん坊が白いガーゼの肌着をまとって静かに横たわっている。「生きているの」と聞くと「もちろん生きてます」と言う。
 見ると、ときどきひょっと腕を動かしたり、ひょっと脚を動かしたりする。うっすら開いた眼は視点が定まらず、ゆっくり閉じたり開いたりしている。
「まだね、見えていないかもしれませんね」
 眼をのぞき込むとガラス玉のように青く澄んでいる。生まれたばかりの人間はあちらの世界に限りなく近いところにいるのでまだ瞳が透明、澄んだ瞳はその身体の中に汚れのない新品の魂が宿っている証拠だ。
「あ、起きた」
 声を上げ始めた赤ん坊を母親が抱き起こす。
 ムンクの叫ぶ人、タコ、エイリアン、神さま、仏さまと、表情が次々に変化していく。細胞分裂なのか、それとも魂が座り位置をくるくる変えていることのあらわれなのか。
「すみません、すぐに戻ってきますので少しだっこしていてもらえます?」
 ネコやイヌの子なら抱いたことはあるが、人間の新生児を抱くのは実に生まれてはじめての体験、まだ首の据わらないぐにゃりとしたものをおそるおそる腕にかかえる。

 泣くかと思ったが、赤ん坊は手を伸ばしておとなしく抱かれたままである。ものすごく小さな膝がときおりゆらゆら揺れる。
 坊や、たぶん私が、君をだっこする初めての赤の他人だよ。
 赤ん坊の目が薄く開き、一瞬こちらを見てからまた静かに目を閉じる。透明な瞳の奥に清らかなものが宿っている。神様に近い聖なる魂の存在を感じて胸を打たれる。どうかこの子が幸せな人生を歩みますようにと思わず心の中で手を合わせる。赤ん坊に腕力はないが、人の心に愛を呼び起こす特殊な力は持っている。
「すみません、泣きませんでした?」
 母親の手にゆっくり赤ん坊を戻す。

 どんな人間でも生まれたときは全員ああなのかと思うと心底から人を憎めなくなる、生まれたてはみな無垢であり、育てられる環境によってどんどん枝分かれしていくだけだ。色のついた瞳は、死ぬ間際にまた透明に戻るだろうか?
 そんなことを考えながら疲れたのでその晩は9時前に床につき、何の夢も見ないで翌朝はいつも通りの時間に起きた。
 9月に入ったとはいえまだまだ残暑は続く、しかし暑さ寒さも彼岸まで、秋は音もなく忍び寄り、自分を含む全員の時間もまた静かに前に進んでいく。

2012.09.10

うな重

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 秋の気配が抜き足差し足で忍び寄る8月下旬の夕刻、夏バテ回復大作戦の一環としてうなぎを食べに行った。
 昭和の面影が残る一軒家の引き戸をガラガラと開けるといい具合に枯れかけたお姉さんが出てきて好きなところへどうぞと言う。もちろん奥の小上がりがいいに決まっている。そそくさと靴を脱ぎ、畳を横切ってクーラーの前の座卓に座り、体内に溜まった熱気をフーッとはき出す。
「何にします?」
「瓶ビールと卵焼きと焼き鳥とうな重」
 お姉さんの白目が食べるねえお客さんと独り言を言っている、しかしそこは客商売、風のようにくるりとひるがえってリズミカルな声で調理場にオーダーする。
 いいのさお姉さん、自分はこのところ食欲がなくてそうめんやパンや梅干ししか食べていなかった、今日は思いっきり食べて起死回生するつもりなのさ。
 薄暗い店内にはリカちゃんトリオじゃなかった初老の男性トリオがすでに日本酒に突入している。ぼそぼそと会話しているが品がいいので何を言っているのかわからない。にしてもこの店はなぜこんなに暗いのだろうと不思議に思うがそのほうが涼しいし落ち着いて大人な感じがするからいいやと納得する。

「はいお待たせしましたー」
 ほかほかの湯気を放つ卵焼きが登場、付け合わせの大根おろしを乗せてひとくち大に箸でちぎってぱくんと口に放り込むと絶妙に甘い。これだこの味だよ卵焼きはこうでなくっちゃいけないよと舌が大絶賛する。死ぬ前に一瞬だけ元気になって何でも好きなものを食べていいと言われたら迷わずここの卵焼きを注文するよと思うほどのうまさである。ビールをコクッと飲む。
「はいお待たせしましたー」
 クシを抜いた焼き鳥とししとうとネギが皿に盛ってある。もちろんみりん醤油だれである。七色唐辛子を振りかけてぱくんと食べるとジュワッとジューシー、アーノルドジュワジュワネッガーなどと絶対に誰にもウケないダジャレをつぶやき、もしや自分は天才ではないかと錯覚しながらビールをコクッと飲む。
 そうやってコクッコクッと飲んでいたら大瓶が空いてしまった。仕方ないのでお冷やをもらう。
「はいお待たせしましたー」
 真っ赤な重箱のふたを開け、山椒をぱらぱらと降る。うなぎうまい、油のっててうまい、やっぱり夏はこれだよなあとたれのしみたご飯と一緒に口に運ぶ。また運ぶ。そしてまた運ぶ。
 重箱の世界を俯瞰すると広大である、子どもがはははははと大声で駆け回る神社の境内くらいある、今のところ4分の1クリアということは残り4分の3ということか。そのとたん、すでに腹がいっぱいになりかけていることに気づく。
 例えばうな重が4000円とすると今の時点で1000円分クリア、未消化分3000円、よし勝負はこれからだとうなぎを水で流し込む。しまったビールと卵焼きと焼き鳥と水で胃がすでにたっぽんたっぽんになっているぞと気づいた時点で神社の境内は残り4分の2。つまり半分である。
 どうすんのこれもったいないじゃんと自分を責めながら境内に箸を突っ込むが一度ストップした食欲は何をどうやってもびくともしない。重箱の中はどんどん日が暮れて今はもう誰もいない、ひからびたうなぎが冷えたご飯の上にアンニュイに横たわっているだけだ。
 ここで、私はカツ重の悲劇を思い出す。そう、あのときもこんな暑い夏だった。

 夏の外食は恐ろしい。どのくらい恐ろしいかというと、生きているうちにあと何回夏を迎えられるかなとふと考えてえっそれだけ? と気づいたときくらい恐ろしい。

2012.08.23

お盆の猫

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 死んだ猫が2匹、家に帰ってきた。
 まずい、猫用の食器がほこりかぶってるじゃんと私はあせって食器を洗い、猫缶のストックがないことを思い出す。
 仕方ないコンビニで買ってくるか、しかしグルメな奴らの舌に合う缶詰が果たしてあるのか。
 ぼんやり考えながらとりあえず水をボウルに注ぎ入れていると、猫は高いところで毛づくろいをしている。・・・・・・お盆。そうか、今日はお盆の初日だったなと気づいた。
 いけね、トイレ! トイレを取り替えなくては!
 行って見ると、猫のトイレは2つとも使用済みで汚れている。
 あーあもう自分は猫のために何もしてないじゃん、ダメな飼い主だなあとあわててシートを取り替えようとする。
 そこで目が覚めた。

 そう今日は8月13日、お盆の初日である。自分はすっかり忘れていたが猫たちは毎年きちんと覚えていてきっちりやってきてくれる。意外に几帳面なのだ。

 夕方、スーパーで猫缶を2つ使ってきて西の窓辺に備えた。たっぷり水を張った丼も置く。花も飾る。暑さにぐったりしながら般若心経を唱える。首筋から背中にかけてあせもができていて痛痒い。
 夏もあと3週間か、高速回転で過ぎていくのだなあと思いながらふと見ると、猫は2匹そろっておとなしく自分の目の前に座り、お経をじっと聞いている。

 2012.08.13

 

夏風邪治療

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 夏風邪を引き、ああこりゃいかん早く直さねばと病院へ行って抗生物質をもらって安直に飲んだのがまずかった。
 3日飲めば1週間は効果が持続するという強力な抗生物質のおかげで免疫力が低下して舌は真っ白、上がるに上がれず下がるに下がれない約37度の微熱とのどから気管支にかけての不快感と全身の倦怠感とがすでに1週間以上続いている。
 あとで調べてみたら抗生物質は細菌には効くが風邪のウイルスには効かないとのこと、効く人には効くかもしれないが自分の場合は無駄に免疫力を低下させただけ、ばかだなあばかだなあ薬なんかに頼らず自力でウイルスをやっつけていれば今ごろすっきり回復して風邪耐性もついたのになああ今日もむだにだるいだけえええと演歌調に歌ってみるがもちろんそれで治るわけはない。抗生物質の効きの終焉を待って自力で体内環境を立て直し、再戦闘に臨むしかない。
 とりあえず今具体的にできることは①栄養のあるものを食べる、②よく眠る、③無駄に動いて体力を消耗させないの3つだけである。
 それ以外になんかできないのかと考えてみた。
 
 風邪を治すには体内のマクロファージをはじめとする免疫細胞を活性化させ、ウイルスをどんどん破壊してもらうしかない。「悪いウイルスをひとつずつ取り囲んでやっつけて食べてしまう」というマクロファージや好中球、NK(ナチュラルキラー)細胞はどの方位に属する物質か? と考えた末、「南西」という答えが出た。
 二黒土星の定位置である南西には「地道に努力する」「粘り強い」「ひとつずつコツコツ片付けていく」などの意味があり、さらにここは「ものごとをいつの間にか反転させる」「生きるものをじわじわ死に至らしめ、またその逆もある」という裏鬼門でもあるからだ。
 体内の免疫細胞の60%は腸に生息すると言われる。風邪を引くと下痢もしくは便秘をしやすくなるのは、腸が過度に働きすぎるもしくは働きすぎて疲れ、動く力が衰えるせいだろう。
 胃腸をつかさどる方位は南西である。免疫力に大きな影響を及ぼすのはやはり南西といっていいだろう。
 
 もうひとつ、免疫力を高めるには納豆や味噌、チーズ、ヨーグルトなどの発酵食品が効くと言われている。発酵食品は腸内の善玉菌を増やしていい腸内環境をつくるからだ。
「発酵」という営みは「中央方位」がつかさどる。中央は五黄土星の定位置であり、破壊(腐敗)と再生の方位なのだ。
 五黄には「排泄物」の象意もあるので、中央は南西と同じく腸をつかさどる方位と考えられる。
 以上のことから、「風邪の治癒には南西と中央のパワーを強化すればいい」と結論を出した。

 まず家の中心から見て南西に盛り塩、中心に盛り塩、ついでに東北の表鬼門にも盛り塩をして、自分を取り巻く環境の気を清める。
 東北と南西は超能力持ちの二卵性双生児のようなもの、風邪の治癒に限らず「いざ」というときに同時に清めておくと「兄弟!」と双方でガッと手を取り合って合体&ウルトラマンのようにぐんぐんパワーアップし、家の底力を立て直してくれるはずだ。
 表鬼門・裏鬼門に清らかでまっすぐな空気が漂う家はあまりイヤな目に遭わないし、逆に汚れた空気が漂う家は住人にグチや不満や苦労が多くなるとされている。

 南西は母なる大地の方位なのでフルーツや植物の実など「実りのもの」と相性がいい。大地の営みとして蜂が集めるハチミツもいいと思う。
 体内に南西パワーを注ぎ込むにはフルーツや木の実、田畑で収穫する穀類や豆類、いも、ごぼう、にんじん、大根、かぼちゃなどの根菜類を食べるといいのだ。
 南西は「庶民的な手作り」「田舎風」「煮込み料理」と相性がいいので、外食より家庭で作った「あつあつ」が効く。
 体内に中央のパワーを注ぎ入れるには納豆や味噌汁、ぬか漬けなどの発酵食品を採る。
 書いているうちに気づいたのだが、風邪を引いた子どもに母親がおかゆやおじや、煮込みうどん、温野菜、フルーツ、ヨーグルトのハチミツがけなどを一般的によく与えるのは、体内に南西と中央のパワーを注入するという意味で実に理にかなっているのではないか。(今ほどフルーツが豊富でなかった昔は、子どもの発熱時に桃缶やみかん缶などフルーツの缶詰をよく与えたものである。ちなみに外気を遮断した缶詰は中央のパワーを持っている。)
 というわけで、私はもつ煮込みうどん(牛の大腸を食すことによって自己の大腸をパワーアップさせようという試み)と納豆とバナナ&黒豆混ぜカスピ海ヨーグルトを食卓に並べてマクロファージの復活と権力奪回を計ろうと思うが、想像するとゲーである。これ、平常時でもいっぺんには無理だろう。

2012.07.07

和菓子屋のおばあさん

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 夕方、買い物へ。太陽が姿を隠したとはいえ、まだ空気が熱っぽい。今年はあまりセミが鳴かないなあと思う。
 坂を下って小さな書店で本を買い、ついでに老舗の和菓子屋へ。なんだか甘いものが食べたくなったのだ。
 のれんをくぐると、おなじみのみたらし団子やいちご大福、あんみつ、水ようかんなど涼しげな水菓子がショーケースに並んでいる。すでに売り切れたものもある。
 どれにしようと迷っていると、店の奥からするりとおばあさんが出てきて、店の隅にしつらえた休憩用の椅子にとととと向かいすとんと座った。身長は150センチないくらい、細い身体に茶色のワンピースをまとい、薄い銀色の髪をひとつにまとめている。
 しばらく迷ってから若い店員に「これとこれとこれをください」と注文。背後にふわりと柔らかい視線を感じる。
 夕飯が済んで母屋からクーラーの効いた店に涼みに来たのかな、このくらいの時間になるといつも奥から出てくるのだろうか。
 ここに住んで数年になるが、その店でそのおばあさんを見かけたのは初めてだった。
 包んでもらっている間、さりげなく振り返るとやはり自分を見ている。年の頃は90手前あたりか、小柄なのに大人(たいじん)の風格、目の前でどんな悪党が何をしようと「ふうん」と静かに受け流して「あんたおなか空いてるんじゃないのかい」と団子を5、6本差し出しそうな雰囲気である。
 やはり人間も1世紀近く生きると余分な水分が蒸発して肉体はペラペラ・カサカサのするめみたいになるが、本体である魂はうまみが増し、噛めば噛むほど味わいが出てくるのではなかろうか。
 年寄りとは魔術師のようなもので、何もしなくても、ただいるだけでその空間を柔らかくほぐしてくれる。肉体がひからびて力が失せているぶん、気を自在に操ることができるのではないかと思う。
「おまちどおさまでした」
 包みを渡され、釣り銭をもらって店を出ようとすると、店員に続いて「ありがとうございました」の声が聞こえた。小さいがくもりのない声だ。おじぎをして店を出た。
 家に帰ってソファにごろんと横になり、買ってきた怪談本を読みながら、そういえばあのおばあさんリアルだったのかなあ微動だにしなかったしと一瞬思うがあっ豆大福と団子があるじゃんかと思い出し、あわてて食べた。

2012.07.07

インディアン人形

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 電車を乗り継いで古い博物館へ出かけた。
 展示物を見ているうちにどこかから視線を注がれている気がしてふとガラスケースの奥を見ると、子どもくらいの大きさの人形がぽつんと立っている。ウエーブのかかった黒髪にチョコレート色の肌、大きな黒目。フリンジのついた衣服を身につけているので、たぶんインディアンの子どもだろう。人形の素材はよくわからない、木にしては柔らかい質感だし、ビニールでもないし、布でもなかった。
 いやに生々しいな、まるで生きているみたい、もしかするとこれは死んだ子どもの魂が入った呪物で、蘇りを願って作られたものではないかとしばらく考える。
 ずっと見ていると人形の黒目の奥に引きずり込まれそうな気がして何となくこわくなり、別の展示物の前へ移動した。しかしなぜかそのフロアにいる間じゅう、背中に向かって「ねえこっち、こっち見てよ」と声をかけられているような気がした。

 博物館を出てカプチーノを飲み、さあ帰ろうと夕陽に向かって歩いた。瞳を直撃する光のまぶしさに頭がもうろうとして、そのうち人形のことなどすっかり忘れてしまった。
 帰宅して夕食を済ませ、しばらくテレビを見てからベッドに入った。
 明け方に夢を見た。
 私は殺風景な大通りを歩いている。あたりの景色は何もかも一面の黄土色だ。
 夕陽がまぶしくて向こうがよく見えないが、小柄な誰かが自分のほうに向かって歩いてくる。誰だろう? と目をこらして見ているうちに、脇を通り過ぎて行ってしまった。何となく見たことのある顔だった。
 誰だろう、誰だっけ、ああ思い出せないと振り向くともういなかった。
 あっ、あれはあのインディアンの子どもだと気づいたとたん、目が覚めた。
 ついてきたのかと愕然とする。黄土色の世界は、埋葬された場所から見たこの世の色ではないのか。
 人恋しいのかな、ガラスケースの中にずっと独りぽっちでいるのはやっぱり寂しいんだろうなと気持ちはわかるがなぜ私のところに来る、来ても何もしてやれないよと思う。しかし向こうは念の塊(かたまり)、3次元の思惑などいとも簡単に飛び越えて侵入してきたのだろう。

 次に同じ夢を見たらやばい、すれ違うだけならまだいいが、「こんにちは。覚えてるでしょう? 私のこと」などとにっこり笑って手をつながれたらどうしよう。
 そんなことを考えながら、眠るたびにびくびくしている。

2012.07.02

新大久保

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 大久保から新大久保に向かって大久保通りを歩く。平日の夕方というのにやたら人が多いのは各種専門学校やコリアンタウンが近いせいか。
 向かって右側に皆中(かいちゅう)稲荷神社、宝くじやギャンブルが当たるようになると評判の神社だが、通りの喧噪とは裏腹にひっそり静かで誰もいない。
 新大久保駅の手前で大久保通りを左に渡って細長い路地に何となくふらり入ってみるとそこは異世界、マツキヨから韓国料理店から牛丼屋から八百屋からコンビニから何でもありのアイデンティティめちゃくちゃな空間にエスニックな香辛料の香りが充満している。
 においの出所を探すと、すぐそばにドネルケバブの店(ドネルケバブ・・・立てた串に薄切り肉を刺して何層にも積み重ねたもの。外側からあぶり、焼けたところからナイフで削ぎ落としてパンなどに挟んで食べる)。トルコ人(たぶん)の店主が大きなナイフで焼けた部分を削ぎながら、友人とおぼしき中東系の男たちと何か大声で話している。
 あまりじっと見つめていると「買ってく?」とか言われそうなのでゆっくりスルーすると、その先に今度はアラビア語のような言語がのたくる看板を掲げた輸入食材店。カルディコーヒーファームをもっと古くさく田舎くさく仕立てた感じで、デビッド・リンチの映画に出てきそうなミステリアスな雰囲気だ。
 店の奥はもしや異界に通じているのではと一瞬吸い込まれそうになるが、色が黒くて目が異常に大きい濃い顔立ちの店主が店の前に仁王立ちしているので中に入れず、ここもスルーする。
 目だけを出した真っ黒いブルカやニカブ(顔を覆うかぶりもの)をかぶったおばあさんやおばさんがいきなり目の前に出てきたらこわい、とてもこわいと恐れつつ道を突き進むと、細い道路がクロスする交差点に出た。渡った向こうはしんと静かな住宅街で、目に見えない境界線があからさまに敷かれている。
 Uターンして新大久保駅まで引き返し、大久保通りを今度は東新宿に向かって歩く。

 そこはいわゆるコリアンストリートと呼ばれる道で、韓国レストランや韓流スターのブロマイド屋やCD屋や化粧品屋や正体不明の店が乱雑にひしめきあっている。
 新しめのきれいなスーパーを見つけたので中に入ってみた。
 ごま油を塗った太巻きやトッポッキ(一口大の細長い餅を甘辛く炒めたもの)、チヂミ(韓国風お好み焼き)を実演販売しているそばで、店員が大声で何かしゃべりながら冷蔵ケースの中にキムチをせっせと補充している。
 キムチとひと口に言っても白菜キムチから大根キムチ、キュウリキムチ,水キムチ、イカキムチなどいろいろあり、すべて試食できるようになっている。試食している客の間を縫って奥に進むとインスタントラーメンやお菓子、韓国味噌、酒などが棚に整然と陳列されている。
 以前行ったソウルのみやげ物屋とそっくりだ、そうかここは新大久保という名の韓国なのだなと思う。「韓国風」ではなく純粋に韓国、コストコへ行くとアメリカのにおいがするがここは韓国のにおいがする、どちらも日本であって日本ではない。
 ふと気づくと身長180センチはあろうかと思われるお姉さんが自分のすぐ隣で韓国海苔を物色している。いいにおいがするのでたぶんシャンプーしたばかりだと思う。素足にサンダルを履いたお姉さんは背が高いだけでなく横幅もある。胸がラクダのこぶのように突き出している。
 あまりのダイナマイトボディぶりに顔を見やると男のお姉さんである。すっぴんだから仕事前か、お姉さん好き嫌い激しそうだねと話しかけてみたくなるがよけいなお世話なのでやめておく。
 
 韓国語や中国語や日本語が入り乱れて飛び交う大久保通りを、涼しげな目のきれいな女の子がさっそうと通り過ぎていく。だがよく見ると加工率200%の整形顔、カラコンと縁囲みアイメイク&目頭真っ白、激しく色を抜いた髪、限界ダイエットの末たぶん30キロ台までやせ細り足はガリガリ君の棒のよう、まるで3次元アニメのようにペラペラだ。
 激しい思い込みを身に課した人間や過剰なタトゥーやピアスを入れた人間を見ると気持ちが沈むのはなぜだろう、松井冬子の展覧会を見に行ったときも同じ気分になった、たぶん死の香りがするからだろう。彼らの心は誰も手の届かない闇の中にある。

 横断歩道の信号待ちで隣に立ったおばさんは町内会のチラシの束のようなものを手にしている、この人はたぶん日本人だろうと確信していたらいきなり「アンニョンハセヨー」と大声で知人らしき男性に挨拶、勢いよくハングル語で話し始めたので驚いた。アジア人の顔は本当によく似ている、黙っていたら国籍はまったくわからない。
「食べて!」「飲んで!」「味見して!」と威勢よく飛び交う呼び込みの中を泳ぎまわっていると明治通りの交差点、明治通りから向こうはハングルの喧噪がぷっつり途切れた別世界だ。

 東京都新宿区の韓国は百人町と大久保の中にすっぽり収まり、ダイナミックで粗野で奇妙な錬金術を日々繰り返しているように見える。そのカオスぶりは横浜中華街を濃縮還元してマッコリで煮詰めクミンをちょっぴり振りかけてキムチであえたのちテコンドーに熟達したおばさんたちが「ハッ!」「ハッ!」と勢いよく四方八方に蹴り上げているようなイメージがある。ささいなことがなんだかもうどうでもよくなるような力強さとアバウトさとゴリ押し感に満ちたバビロンの街だ。

2012.06.13

辰巳天中殺のみなさんへ その3

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 全国の辰巳天中殺のみなさんこんにちは。
 天中殺期間の第一関門である辰月(4月)、巳月(5月)を乗り越えられ、いかがお過ごしでしょうか。2012年2月からみなさんの魂はこの宇宙船で過ごされているわけですが、乗り心地はいかがですか? お気づきの点やご用などありましたら、どうぞご遠慮なくキャビンアテンダントまでお声をおかけくださいね。
 さて、同じ辰巳天中殺のグループでも、九星によって現在の状況がそれぞれ異なると思います。九星別に点呼を取り、安否を確認してみましょう。

 一白水星の辰巳さん、はい。比較的お元気ですね。雲行き怪しくなってきたかな? と思いつつも様子見で洗濯物干したら何となく乾いたのでああよかったというところでしょうか。やっぱり気合いでなんとかなるじゃんって安心しすぎないでくださいね、今はまだ序盤戦ですから。
 これから気をつけたいのは人間関係です。ささいなすれ違いや誤解からカッとなって大事な人を傷つけないようにお願いします。甘えすぎ、わがまま、我欲のむき出しは禁止、「いつもありがとう」「お世話になります」「ごめんなさい」で難逃れしてください。

 二黒土星の辰巳さん・・・・・・・、いらっしゃいませんね、どこに行ったかな。ああ、やっぱり冷凍室に潜り込んで冬眠してますね。矢面に立たされて四方八方からやいのやいの言われ、さぞお辛かったことでしょう。
 二黒はめったに弱音を吐かない根性の星ですが、人間だもの、そりゃうまくいかないことだってありますよ。特にこの4月、5月はもまれにもまれて大変でした、ええ、このままそっとしといてあげましょう、じきに誰かにゆり起こされるでしょうから。もしまた試練が始まったら、なすがママならキュウリはパパだ、なんてバカを言いながらね、それなりにゆったりお過ごしくださいね。

 三碧木星の辰巳さん、えっ? もうこんな宇宙船で暗黒の大宇宙をふわふわ彷徨うのはいやだ? 飽きたから地球に帰してくれ? 
 あのねどこにいても一緒なんです、天中殺期間ってエア牢獄にいるようなものですから。大声出しても手足バタバタさせてもみんなからスルーされるでしょう? エネルギーを無駄遣いしないためにも、ここで静かに過ごされてはいかがですか。6月以降は少し気持ちにゆとりができますから、・・・・・・あーあ勝手にハッチ開けて飛び出しちゃったよチャレンジャーだなあ。どうせふんわり引き戻されるでしょうから、放っておきましょう。

 四緑木星の辰巳さん、はい。アクが強めの辰巳天中殺の中で珍しくさわやか系のあなたも、さすがに少し疲れた顔をしていらっしゃいますね。ん? お仕事のスポンサーが離れて行った。え? あなたは恋愛で大もめ中。そうですか。
 天中殺期間にはおおむねどなたさまにも厄落とし現象が起こります、お辛いとは思いますがトラブルイコール軌道修正のチャンス、清算上等、去る者なんか追うもんかの精神をもたれてはいかがでしょう。クローゼットでむだに場所を取ってる服を処分すると、もっと素敵な服が手に入りますよ。

 五黄土星の辰巳さん、あっやばい元気そう! さすが五黄、苦労を苦労と思わないなにくそ精神&てめえこのやろう精神で進むところ敵なしですね。でもちょっと足下見てみてください、15センチほど浮いてませんか? 進んでると思ってたけど実は足をバタバタさせているだけなのでは? 
 あのね、たしかに五黄はいま、勢いあるんです。でもそれは辰巳天中殺以外の五黄のお話で、あなたの場合は勢いが裏目に出て逆噴射する恐れがあるのでお気をつけくださいね。特に新規事業の立ち上げ、投資、転職、家の新築、結婚、遺産相続、みかん狩りなどのイベントは慎重に。自分が得することだけ考えて行動すると神さまからハリ扇くらいます、「お先にどうぞ」もしくは「you go first」を新規メンバーズ登録のパスワードにしてください。

 六白金星の辰巳さん、あっ腕組みしてあぐらかいてる、大仏様みたい。現実主義の辰巳天中殺の中で唯一六白金星は哲学的なんですよね、カッコいいです、さまになってます。でも眉間にしわ寄せて固く目ぇつぶってるということは、もしかすると身辺に一大事ありました? この世の終わりみたいな?
 ・・・・・・仕方ないです、そういうときもありますよ。夏に入れば少しご気分が回復すると思いますので気を楽に・・・・・・あっ寝てる! いびきかいてるじゃないですか、どうりで静かだと思った。繊細なんだか太っ腹なんだか六白ってよくわからないです。

 七赤金星の辰巳さん、・・・・・・いませんね。あっ千鳥足でふらふらこっちに来た。え? フーロローロのロリンクラーでハイロール、ああフードコートのドリンクバーでハイボール飲んできたんですか、うわっ酒臭い。4月、5月は予期せぬトラブル続出できりもみ状態でしたからストレスが半端ないのでしょうね、お察しします。
 七赤はたしかにお酒お好きですけど、辛いときはお酒で解消しようとせずにライブラリー室で漫才や落語やお笑いビデオをご覧になることをお勧めします、笑いって強力な邪気除けになりますから。運気を上げたいなら1日1回笑ってください・・・・・・って盆踊りしながらあっち行っちゃった、なぜ踊ってるのでしょうか。七赤ってどんなときでも陽気なキャラですね、すごくいいと思います。

 八白土星の辰巳さん、はい。あれ、いつもはポーカーフェイスの八白さんが浮かない顔をしていますね。もしかすると金銭面で何か深刻な問題が? 遺産問題でもめてる? 投資が失敗した? 貸したお金が返ってこない?
 うーん困りましたね、それ厄祓い料と思ってあきらめちゃったらどうでしょう、ああやっぱり無理ですか。八白土星はけちんぼいや金銭感覚がしっかりしてますからねえ、でも出てった女房とお金は追っちゃいけません、それなりの理由があって出ていくんですから。いいお勉強になったと思える日が早く訪れるといいですね。

 九紫火星の辰巳さんは・・・・・・保健室ですね、たぶん。絶叫系のジェットコースターに連日乗りまくってたら、いかなスリル好きの九紫さんといえどバテますよそりゃ。4月、5月の乗車ノルマは超過密でしたけど、6月からは回数が少し減るはずですから気を楽になさっていただきたいと思います。
 パキッと竹割ったように見えて意外にデリケートでアーティスト気質なんですよね九紫さんって。気分と体調が回復したらあそこのステージで弾き語りでもしていただきましょうかね、「地球は今夜も青かった」なんてね。
 
 ・・・・・・はい、とりあえずみなさん全員ご無事でよかったです。これからもさらに盛りだくさんな試練に見舞われるかもしれませんが、辰巳さんなら大丈夫、きっと乗り越えられます。
 なにせ6つの天中殺グループの中で最も逆境に強い人たちですし、「こりゃダメだ」と思ったら素直に撤退して物陰に身を潜め、木の実や雑草を食べて栄養補給しながらじっと状況をうかがう野戦部隊のようなたくましさをお持ちですから。コンバット(=アメリカ陸軍歩兵部隊)みたいでかっこいいです。
 
 では、これでミーティングを終わります。どなたさまも肩の力を抜いて気を楽になさり、引き続き快適な空の旅をお楽しみください。thank you.

2012.06.07

巨人のポルカ

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 東京スカイツリーをオープン前日にプレ見。内部は内覧会の客でにぎわっているが、一般客はまだ施設内に入れない。仕方ないので敷地内や周辺を散策する。
 外側だけではやっぱり物足りないなあとツリータウンの南側を流れる川に降り、ウォーキングデッキにしつらえられたベンチでまったりしてみる。隅田川の支流の水は濁ってコーヒー色だ。
 西日に目を細めつつ眼前にそびえ立つタワーを見上げると、この上なく高い。さすが世界一、圧倒的な存在感がある。

 見上げるのに飽きたのでその場を離れ、周辺の街を散策する。
 平日の夕方だからなのか、それとももともと人口が少ないからなのか、町工場や古い家が立ち並ぶ道路沿いには誰も歩いていない。金色の光に染まった街は、まるで猫が眠っているかのように静かだ。
 なぜこんなところに、
 ふと思った。 
 なぜこんな時間が止まっているようなところに、世界一巨大な電波塔を建てたのか。
 
 帰宅して焼鮭と卵焼きの夕飯を食べ終えてから、あ、そうかと気づいて東京の地図を広げてみた。
 ・・・・・・ここがスカイツリー、ここが東京タワー、ここがサンシャイン60。
 ペンと定規を持ってきて、東京の3つの高層建築をそれぞれ直線で結んでみる。
 じゃーん。
 きれいな正三角形が浮かび上がった。中心にあるのは皇居だ。
 眠れる町に白羽の矢が立った理由がわかった。 
 家康お抱えの天才風水師・天海の後を継ぐ誰かが新しい結界を作ったのだ、うんそうだ、そうに違いない。
 城を囲む巨大な精霊が手をつなぎ合い、輪になってポルカを踊っている姿が脳裏に浮かんだ。精霊たちの背中にはそれぞれ東北に延びる管、南西に延びる管、北西に延びる管がつながっている。管とは龍脈のことだ。
 踊れ踊れ、踊るほど日本という名の龍は強くなっていくのだ。

 5月21日の金環日食の翌日22日にスカイツリーがオープンしたのは言うなれば天の岩戸開き、しかも翌平成25年には20年に1度の式年遷宮(ご神体を移動させること)が伊勢神宮で執り行われる。
 この先、この国のバイオリズムは陰から陽へとダイナミックにうねっていくに違いない。私たちの頭上を覆う雨雲はゆっくり消滅し、徐々に希望の光が射してくるに違いない。

2012.05.23