花まつり

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 花見をかねて川崎大師へ。
 日曜日とあって参道はにぎやか、トントコトントコとたんきり飴を切る乾いた音があたりに鳴り響いている。
 ここ下町っぽくて好きだなあと門をくぐると正面からドンドコドンドコ大太鼓を打ち鳴らす音、あっお護摩始まっちゃったよと血が騒ぎ、急いで本堂に上がった。
 鮮やかなパープルやグリーンの法衣を身につけた僧侶が一斉に読経するなか、護摩壇から金色の炎が勢いよく立ち上がる。ああっお不動さま、どうか私にまつわる災厄や煩悩をその強力な炎で一気に焼き払ってください、のうまくさあまんだーと手を合わせて祈る。
 無常に形の変わる炎を見つめ、リズミカルな太鼓の音を全身で聞くうち軽くトランス状態に入るかと思ったがそんなことは全然なく、ふと前を見ると母親におんぶされた赤子がこちらをじっと見ている。うわあかわいい頭髪がほとんどなくてお坊さんみたい、君の前世はもしかするとお坊さんだったのか、また娑婆に戻ってきて大変だのうと無言で問いかけるが返事はない。ただ澄んだ瞳でぽわんとこちらを見ているだけである。
 そういえばその日は花まつり、つまりお釈迦様の誕生日であった。

 読経が終わり外に出ると桜色の着物姿のきれいなお姉さんから甘茶のもてなし、ありがたくいただくとほんのり甘くてとてもおいしい。
 美しい花が飾られた花御堂(はなみどう)の中央にいらっしゃる幼いお釈迦様の像に甘茶を注いでいるとわれもわれもと子どもが寄ってくる。子どもはなぜ大人を真似るのが好きなのか。

 門前のそば屋で鴨なんばんをすすってから界隈を散歩するとあちこちに桜が咲いている。いわゆる桜の名所ではないところで「咲くときが来たので咲きました」と静かに咲いている桜は飾り気がなくスレておらず純朴な風情があって信用できる。「おみごとですね」とほめても「ああそうですか」と無関心、ただ太陽の光を受けて自分の営みをせっせと続けている。

 桜は満開に向かうときももちろんきれいだが散りぎわはもっと美しい、風に乗って一気に花びらを散らすときの潔さは壮絶で凄みすらある。
 花が散っても死ぬわけではない、きっかり1年後にはまた同じ花をつけて同じことを繰り返す桜は再生の象徴であり、希望の象徴でもある。
 桜満開の4月8日にお釈迦様が生まれたのはたぶん偶然ではないだろう、あっそういえば奇しくも今日はイースター(キリストの復活祭)でもある、それっていったいどういうことなのと少し驚いたのは、帰宅して竹の子の煮物を食べているときだった。

2012.04.10

辰巳天中殺のみなさんへ その2

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 全国の辰巳天中殺のみなさんこんにちは。ようこそ宇宙船「辰巳号」へ。

◆ホームルーム◆
 では、出欠を取ります。
 一白水星の辰巳さーん、はい。お元気ですか。あなたは「古傷に塩」の席へどうぞ。そこの因幡(いなば)の白ウサギのマークがついてる席です。
 二黒土星の辰巳さーん、はい。ああやっぱりちょっと元気ないですか、さもありなん。あなたは「ドラキュラ城」の席にどうぞ。ちょっとカビ臭いかもしれませんけど。クモの巣に気をつけて。
 三碧木星の辰巳さーん、はい。「人生の建築基準法根底から見直し本部」の席へどうぞ。どこにあるのかわからない? そこそこ、西日がぼんやり当たってるとこ。
 四緑木星の辰巳さんは・・・・・・、はいすでにみなさん「しおしおのパー」の席に座っていらっしゃいますね、ブースカの着ぐるみがかわいいですね。
 五黄土星の辰巳さーん、はい。「ブルータスよお前もか」の席へどうぞ。今までよくぞ裸一貫からがんばってきましたね、さあ汗を拭いてください。
 六白金星の辰巳さーん、はい。「押しくらまんじゅう押されて泣くな」の席へどうぞ。ちょっと見晴らし悪いですけど。
 七赤金星の辰巳さーん、はい。「矢面(やおもて)上等」の席へどうぞ。座席の下は奈落の底になってますから、足を踏み外して落ちないように気をつけましょう。
 八白土星の辰巳さーん、はい。「パンがないならお菓子をお食べ」の席へどうぞ。そこそこ、ヘンゼルとグレーテルの像が建ってるとこです。
 九紫火星の辰巳さーん、はい。「無限ループのジェットコースター」の席へどうぞ。無料で2年間ノンストップ乗り放題です。
 同じ辰巳天中殺でも生まれ年の九星によってそれぞれ個性や課題や運のバイオリズムが微妙に異なりますからね、ま、詳しいことはいずれ追々お話ししていきましょう。

 ・・・・・・あれ? なんでまだこんなに人が余ってるんですか、あっ。
 子丑さん、午未さん、申酉さん、戌亥さん、あなたがたは組が違います。この宇宙船は辰巳さんしか乗れません。
 あっ寅卯さんいつまで乗ってるんですか、あなたもうとっくに天中殺明けたでしょう。・・・・・・えっ? ずっとこうして宇宙旅行していたい? これはこれでラクだもん? 
 ダメですよ何甘えたこと言ってるんですか、あなたほかにやることあるでしょう。さあみなさん、このパラシュートをつけてすぐに地上に降りてください、ぐずぐず言わないでさっさと地球に戻るっ。

 ・・・・・・ふぅ、さてと。
 それではみなさん着席されたところで、これからオリエンテーションを始めたいと思います。わたくしキャビンアテンダントの・・・・・・、あのうタバコと携帯と爆睡はご遠慮くださいね、勝手なおしゃべりも禁止です、他の方のご迷惑になりますので。
 さてみなさんがこの宇宙船に乗船されてからはや2カ月ですが、乗り心地はいかがでしょうか。
 もともと辰巳のみなさんは順応性が非常に高く、どんな環境に置かれてもちゃっかり芽を出すという人並み外れた生き残り能力をお持ちですのであまり心配はしておりません、たぶん今後2年間の宇宙旅行もそれなりに楽しみながら過ごしていただけることと思います。

◆1時限目「天中殺とは」◆
 すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、2012年と2013年は辰巳のみなさんの天中殺期間です。天中殺と聞くと「えっ死んじゃうの?」と短絡的に考えてしまう方も少なくないと思われますが、そうではありません。そんな簡単に死んでたまるもんですか。
 わかりやすく言いますと、天中殺とは「ものごとがスムーズに運びにくい時期」「がんばりが形になりにくい時期」「自分の良さが発揮しにくい時期」のことです。
 人はふつう自分の歩きたいスピードで歩きたい道をさくさく歩いたり走ったりしますが、12年に一度回ってくる天中殺の2年間だけは、見えない手で無重力の宇宙空間に放り出されます。しかし本人の目にはいつも通りの風景しか見えません。あれおかしいな、ちっとも前に進まないじゃんと一生懸命足をバタバタさせるものの、ふわふわ浮いちゃったりくるくる回ったりして全然前に進めない。
 がんばってもらちがあかないので、そのうち疲れちゃう。「あたし、いったいどうしちゃったの?」「俺、もうダメかも」などと頭を抱えてため息をつくわけです。
 よしもう1回! とむりやり立ち上がって悪あがきすることもありますが、やっぱりダメもしくは逆効果なので結局ぐったりしちゃう。
 でもね、それ、あなたのせいじゃないんです。根性が足りないからでも、努力が足りないからでもありません。そういう時期なんです。・・・・・・それが天中殺。 

 天中殺期間は現実世界における豊かさより内面世界の豊かさを追求する時期です。そもそも宇宙空間に浮遊しているわけですから、家なんか建てられないしお金だって使い道がない。いつもそばにいてくれるはずのあの人もなんか存在感が希薄で頼れません。まるで自分一人だけエア牢獄に閉じ込められているみたい。
 そんな状況下でいったい何ができるかと言ったら、ひたすらおのれの心を見つめながらフウフウ息を吹きかけてせっせとみがくしかありません。
「今まで自分はこう生きてきたけどこれでよかったのかな?」
「人にやさしくしてるかな? 悪口言ったり足ひっぱたりしてないかな?」
「どうすればもっと幸せになれるかな?」
 そうやってうんうん考えるあなたの姿を真上から見て、「ん、よしよしその調子。今まで見なかったもの、フタをしていたものに目を向けなさい」と神さまはうなずくわけです。運がよければ、ときたま細ーい蜘蛛の糸を垂らしてくださるかもしれません。
 ・・・・・・何となく、見えてきましたか?
 
◆2時限目「していいことと悪いこと」◆
 さて、この2年間はしていいことといけないことがあります。
 あっ携帯禁止だっちゅうのに五黄の辰巳はすぐ掟を破る! 一白の辰巳は勝手にフィギュアをテーブルに並べない! 七赤の辰巳は一升瓶開けて隣の人と世間話始めないイカも勝手に焼かない、宇宙船がイカくさくなるでしょうっ! 
 ・・・・・・辰巳さんは本当にマイペースでご自分の好きなことしか興味がありませんね、しかも飽きっぽいのでじっと座ってるのが苦手、ああっ先が思いやられるなあ。・・・・・・まあいいか、話を戻します。  

 天中殺の期間は「自分さえよければOK」という自己中心的な考えに基づく行動はすべて裏目に出ると心してください。特に金銭面、地位・名誉・財産に関わる野望面、恋愛面における自分勝手なエゴはきつい揺り戻しがはね返ってきますので要注意、「この世は銭や」「あいつを蹴落として上行こう」「奥さんと別れてちょうだい」などの無理なゴリ押しは禁止、「目ぇ冷ませ反動波」を浴びてノンストップぐるぐる回転刑の末、心や体にトラブルを来すことがあります。
 反対に、損得抜きの善意から出た行動、世直し、人助け、自分自身をレベルアップさせるための勉強や習い事などはまったく問題ありません。あ、お産や育児も問題ありません。自分の命をかけてこの世に新しい生命を生み出し育てる尊い行為ですから。
 基本的に自分から生み出す行為、手放す行為、静かに習得する行為は吉であり、かき集める行為、たぐり寄せる行為、にぎやかにはじける行為は裏目に出やすいと覚えておけばわかりやすいかもしれません。

◆3時限目「んじゃ健闘を祈る」◆
 辰巳天中殺の方々はバリバリの現実主義者ですから、「目に見えない世界なんてあるもんか」「天中殺なんてアホくさい」とお考えになるかもしれません、それはそれでいいと思います。でももしこの先、「あれ? いつになく孤独」とか「なにひとつうまくいかない」と焦りや不安を感じたとき、ご自分が今いる場所を思い出してみてください。いつもとまったく同じ世界で生活しているように見えて、実はあなたの本体は、この宇宙船の中にあるのです。そう、この暗黒の大宇宙をさまよう巨大宇宙船・辰巳号の中です。 

 これから、自分とじっくり向き合って対話する人生が始まります。地道で孤独な時間が流れていくかもしれませんが、あなたの人生になくてはならない非常に大切な2年間になると思います。
 宇宙酔いの際は、どうぞキャビンアテンダントにご相談ください。あなたの悩みをあなたにかわって解決することはできませんが、酔い止めやツボ押し棒、トランプ、かぎ針編み等のご用意がございます。

 それでは引き続き、快適な空の旅をお楽しみください。・・・・・・あ、4月に入りますと「宇宙へようこそ・ウェルカムパーティ」が何の前触れもなく開催されるかもしれませんがどうぞ驚かれませんように。
 かなり体力と気力を消耗しそうですがきっとだいじょうぶ、辰巳天中殺の別名は「荒野のサバイバー」。サボテンのようにしたたかに、タンブルウィード※のようにかろやかに生き抜く知恵と力と勇気をお持ちです。※タンブルウィード・・・砂漠を風に吹かれてころころ転がる回転草

 それでは、引き続き快適な空の旅をお楽しみください。サンキュー。

2012.03.29

女の背中

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 土曜日の夕方に自宅を出て愛車に乗り込みレッツドライブ片道2時間コースのはずが、途中で大渋滞に巻き込まれて片道4時間コースとなった。目的地である巨大ショッピングセンターに到着するとなんと閉店3分前、ぎりぎりセーフとあわてて中に入ると皆さんゆったりお買い物をお楽しみ中だ。
 必要な物を何とか買い終えて車に積み込み、まだ渋滞しているかないやたぶんもう大丈夫でしょう大丈夫になっといてくださいよと祈りつつ右よし左よしも一回右よしはい出発進行〜とJRの車掌になったつもりでエア指さし確認してから発進。
 道路は来たときよりだいぶ流れている、よし土曜日の夜としてこれくらいなら許容範囲であるとアクセルを踏みブレーキを踏みしているうちに非常に空腹であることに気づく。時計を見ると夜10時近い。元気に活動するためにはエネルギーを適宜補給しなければならぬと国道沿いのファミレスに車を止めた。

 入店率80%の店内を窓際の4人掛け禁煙席に案内され、豚肉ソテー定食を注文する。ついでにイチゴパフェもと思ったが時間も時間だしとやめておく。
 うーんちょっと塩辛いですね外食だから仕方ないかとはむはむしていると目の前の4人席に親子連れが案内されてきた。母親と就学前の男の子2人。3人は自分に背を向けて並んで座った。
 夜10時過ぎに幼い児童がまだ起きていて、しかもこれからここで夕飯なのかと思うが人ごとなので目の前の食べ物に集中する。
「・・・・・・タンメンお願いします」
 消え入りそうな母親の声。おっタンメンは私も好きだぞ野菜が多いから消化もいい、ナイスチョイスだ奥さんと心の中で突っ込みを入れる。 
 しーん。
 男児というものは通常わんぱくであり2名群れればわんばく2乗でカオスが形成されるはずなのに眼前の3人はまるで通夜の席のようにしめやかである。
「タンメンお待たせいたしました〜」と店員が向こうのテーブルに丼を乗せた。
 奥さんは箸を割り、食べ始めた。
 軽く肉のついた母親の背中は少し丸まっている。ガラス窓にもたれかかりながら食べている後ろ姿を見ているうちに、あ、この女性はあまり幸せではないなと思った。タンメンをすすっている後ろ姿がむせび泣いているように見えたのだ。
 女の背中は幸運のバロメーターのようなもので、現状に満足しているときは堂々と伸びているが、そうでないときは不安げにくねっている、もしくは光の当たらない植物のようにしゅんとしなびている。いずれにしても鏡に映らない部分なのでたいてい本人は無自覚である。
 男児2人は相変わらず静か、さっき聞こえなかったけど君たち何注文したのと心の中で問いかけるがもちろん返事はない。そのうちに小さい方が飽きたのかくるっとこちらを振り返って所在なさげに私のテーブルを眺めた。3歳くらいだろうか、邪気のない顔だ。
 私はこのとき自分がマジシャンでないことを残念に思った。手のひらからバラの花やトランプを次々に出せたら、空中からおもちゃをパッとつかみ出せたら、この子の顔にはきっと笑顔が浮かんだだろう。
 ごめんねボク私は引田天功じゃないんだよ、土曜日の夜10時すぎにファミレスでひとりぼっちでタンメン食べてる母ちゃんのそばで静かに過ごすしかないボクたちはこれから少しばかり苦労するかもしれないけどがんばりな、そのうち母ちゃんの背中がまっすぐに伸びるといいね。
 こちらを向いた男児に向かって、そんな内容のテレパシーを送った。
 それからおもむろにレシートをつかみ、じゃあなと手を振って、きょとんとした顔の彼を後にしてレジに向かった。

2012.03.11

奥さまは神さまである

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「どうだい今夜? 帰りにちょっと一杯」
「いやあやめとくよ、山の神がうるさいから」
 山の神とは誰か。奥さんである。 

「走りは爽快だし燃費もいいしおすすめの車ですよ、いかがですか?」
「うーんいいなあ、たしかにいいけどかみさんに相談しないとなあ」
 かみさんとは誰か。奥さんである。

 山の神の語源は「どっしり動かない人」「怒らせたらこわい人」、かみさんは「上にいる人」、奥さんは「奥に控えた人」「床の間で祀られる人」。つまり一家の主婦は、その家を支える神さまなのである。
 見せかけの強弱はどうあれ、夫婦の役割分担がどうあれ、その家で最も強い影響力を家族に及ぼすのは夫よりも奥さんだ。だから奥さんのパワーが強い家は、いざというとき強い。

2012.03.09

日当たりの悪い家

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 近所に高層マンションが建った。東、南、西の三方が開けているから日当たりがよくて住み心地がいいだろうなと前を通るたび思っていたのだが、つい最近、そのマンションのそばに別の高層マンションが建った。
 敷地の広さはほぼ同じ、よって建物の構造・規模もほぼ同じ。新しい建物の位置は古いマンションの南側。これは受難である。・・・・・・北側に位置するマンションにとって。

 風水や家相における「吉相の家」の定義は、1に日当たり、2に風通しのいい家だ。
「東に青龍、西に白虎、南に鳳凰、北に玄武(亀)」と古来言われるように、東に川、西に道が伸び、南が大きく開け、北に大きな山があるのが四神相応の吉地とされるものの、現代の住宅事情ではそういう理想的な環境を手に入れるのはなかなか難しく、どこかで何かを妥協しなければならない。
 がそれでも、「1日のうちのどこかで日が当たること」は絶対必要条件として守られねばならない。なぜなら人は誰しも、太陽光線から生きるエネルギーをもらっているからである。
 外に干した衣類の肌ざわりを心地よく感じたり、日に当てたふかふかの布団で寝るとぐっすり眠れたり、日当たりのいい部屋にいると気持ちが明るくなるのは、太陽の気=陽気を体内に吸収しているからだ。

 数年前、仕事でとある家を訪問したことがある。3方を背の高い建物に囲まれて、まったく日の当たらない家だった。
「この家に住むようになってから、私、うつ病になってしまいましてね」
 病気になった心当たりはまったくないのですが、と奥さんは薄く笑う。
 あ、でも、と付け足した。
「ここに住み始めて間もなく、かわいがっていた犬が死んでしまったのです」
 普通ではあり得ないような事故死だったという。
 家の中を見渡すと、晴れた昼間なのにぼんやり薄暗い。
「暗いでしょう? 両隣と裏を他の家にぴったり囲まれているので、朝から晩までずっと灯りをつけっぱなしなんですよ」
 この奥さんのゆううつの原因は毎月届く電気料金の請求書より、日光不足と風通しの悪さではないかと思った。
 光と風が家に入らなければ、家の中に陰の気がどんどん溜まってしまう。よどんだ陰の気は邪気を呼ぶ。邪気の影響を最初に受けるのは、その家で最も弱い者だ。

 しばらく滞在するうち、時間の経過とともに頭痛と吐き気がひどくなってきた。
 夕方にようやく仕事から解放され、よろよろになって同行者とその家を後にした。ふと見ると、同行者の顔も白い。どうしたのと聞くと「入ったときから頭痛と吐き気がひどくて、こらえるのに必死だった」と答える。同行者も自分と同じように感じていたのだ。
 帰宅してからすぐに塩風呂に入ったことは、言うまでもない。

2012.03.05

 

忌み神

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「あなたは生まれてから20歳くらいまでずっと、生きにくかったのではないですか」
 昔、占い師からそう言われたことがある。
「忌み神が憑いていたのです、・・・・・・大量の水に浸されて根腐れを起こしていませんでしたか」と。
 考えてみれば成人して家を出るまで、私には母親という名の忌み神が憑いていた。「親子」という大義名分のもとに「情」という汚水が大量に心身に注ぎ込まれ、やがて体内に収まりきらなくなった水はぽたぽた外部にあふれ出し、よどんだ沼を形成した。まったりといやらしく粘る黒い水の中で、私は息のできない鯉のようにパクパクあえいでいたのだった。
 太陽の光は沼の底まではなかなか届かず、顔を仰向けても、ぼんやりと薄明るい蜃気楼しか見えなかった。
  
 2月の寒い日、日本画家・松井冬子の個展を見に横浜美術館へ。久しぶりのみなとみらいは殺風景な野原から超高層ビルが林立する近代都市へと変貌しており、しばし方向感覚を失った。
 平日のせいか観客は少ない。人口密度が低いぶん、絵から放たれる気をストレートに受け取ることができるので都合がいい。
 薄暗い館内で最初に展示されていたのは、目の見えないボルゾイ犬の絵だ。「盲犬図」と題されたその絵には、意識を暗黒の世界に閉じ込められた犬の絶望感が静かに漂う。
 この時点で観客は不思議の国のアリスとなり、白いボルゾイ犬の後を追って深い穴の底へ落ちていくことになる。
 枯れて崩壊寸前の花や解剖標本のごとく切り開かれた身体、怨念のように細長く垂れ落ちる毛髪など、1枚1枚から濃密に立ちのぼる死の香りにかすかな快感と吐き気を覚えつつ会場を巡るうち、展覧会の副題にもなっている代表作「世界中の子と友達になれる」が現れた。最も見たかった絵だ。

 薄紫色の藤の花が一面に垂れ下がるなか、背中を丸めた少女が画面左側にたたずみ、藤の花をかき分けて左側をうかがっている。素足のつま先が血に染まっているのは、防御のすべを知らない無力さの表われか。
 画面右側には空の揺りかご。元気に泣きわめく赤ん坊を「活動的なエネルギーに満ちあふれた生命の象徴」とするならば、このゆりかごは「もぬけの殻」、つまり魂が抜け去った後のなきがらを意味する。
 だらりと垂れ落ちる藤の花は半分から下が黒い。よく見ると、スズメバチがびっしり群がっている。
 ぶうん。ぶうううん。耳元にスズメバチの羽音がまとわりつく。死体にたかるハエの羽音にも似ている。
 力のない笑みを浮かべる少女の魂は半分抜けかけている。そのまま左側へ進んだ先には藤の花のカーテンが延々続き、彼女はきっと痛みにのたうち回りながら少しずつ迫ってくる死と永遠に対峙させられるに違いない、「この先に行けば世界中の子と友達になれる」という狂った思い込みに絶望的な希望を託しながら。
 藤の花の下でたたずむ少女の姿と、かつて沼の底でもがいていた自分の姿がぴたりと合わさる。この絵の作者もまた、過去に忌み神に取り憑かれたことがあるに違いない。
 
 ひととおり鑑賞して時計を見るとはや夕方。昼食を抜いて空腹のはずなのにまったく食欲が失せていた。喫茶店に入ってとりあえずカプチーノを注文したが、死臭が身体中にまとわりついているような気がして液体を飲み込むのにひどく苦労した。絵の毒気に当たったのだと思う。
 松井冬子の美貌に多くの人が目を惹きつけられるように、彼女が生み出した絵にも見る者をとらえて離さない強い引力がある。だが見た目は美しくても、その奥から放たれるのは猛毒だ。
 かつて忌み神と抜き差しならない関係に陥り、もがき苦しんだ末に命からがら逃げ出した者(=サバイバー)は、トラウマを客観視して昇華できる創造力とテクニックがあればすぐれたアーティストになり得る。しかしその作品を鑑賞する者が同じくサバイバーであった場合、底なし沼に引きずり戻されてなかなか抜け出せなくなる危険がある。
 横浜に行ってからしばらくの間、私は暗い不思議の国をさまよい続けることになった。スティーブン・キングの「IT」に出てくる道化師姿の鬼=ペニーワイズのように忌み神はたぶん不死であり、機会があればいつでもまた一緒に楽しくダンスを踊ろうと死角からこちらを狙っているのではないかと恐れるようになった。
 しかし、やすやすと憑かれるわけにはいかない。

 迷宮から脱出するには「お笑い」が効く。漫才やお笑いコントには邪気や陰気を笑い飛ばす=祓い飛ばすパワーがあるからだ。
(古来、笑う門には福来たるというように、古今東西お笑いがすたれないのは、それが邪気をすばやく祓える強力な呪術だからではないか。漫才師やお笑い芸人は現代のシャーマンなのだ。)
 youtubeを見ながら笑っていると、スッと肩が軽くなった。愛は地球を救う、いや、お笑いはサバイバーを救う。

2012.03.05

家探しの極意

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 3月、4月は引っ越しの季節。すでに物件探しを始めている人も少なくないと思いますが、実は不動産の世界って奥が深く、ネットや店頭でチャチャッと探してチャチャッと決めるのはまず無理、それ相応の時間をかけないと、いい物件にはなかなか巡り会えません。時間をかけても巡り会えないこともままあります。
 立地を優先すれば予算が足りず、立地と予算が折り合っても建物自体が今ひとつなど帯に短したすきに長しでしまいには「もう面倒くさいから適当でいいや」と投げたり妥協しちゃうケースがほとんどと言っていいでしょう。
 悲しいかな努力しなくてもいい家に住める人はほんのわずか、ほとんどの人は「人間、辛抱だ」とか「まあ仕方ないか」「住めば都」などと自分に言い聞かせながら暮らしているのが現実です。
 でも自分を幸せにしてくれそうにない家に住み続けるのって悲しいですよね、日当たりや風通しが悪くても狭くても上下左右から音が響いても古くて陰気でも隣人がちょっとアレでも、家賃やローンは無慈悲に毎月通帳から引き落とされます。どうせ高いお金払って住むなら「あっ自分、この先どんどん幸せになれるかも」とうっすら感じられる家に住みたいものです。
 そこで、物件選びのコツをいくつかご紹介しましょう。読んでおくと、何かのときに役立つかもしれません。

1 吉方位の家を選ぶ
 方位学は理論や統計で説明できるものではなく、あくまでも経験則です。ですから風水や占いが苦手な人はもちろん気にしなくてかまいませんが、「運」とか「ツキ」という言葉に少しでもこだわりのある人は、今住んでいる家から見て吉方位の家を選ぶといいと思います。
 契約時や住んだ後にもし何かアクシデントがあっても「だいじょうぶ、ここは吉方位だからきっといいほうにころぶはず」と自分に言い聞かせ、スムーズに問題を乗り越えられやすくなるからです。気持ちが前向きになるんですね。
「方位がいいからだいじょうぶ」とか「方位が悪いからよくないことが起こる」などと思い込み、実際にそうなっていくことを「暗示」と言います。ただの砂糖を「これは風邪の特効薬だよ」と患者に飲ませた結果、本当に治ってしまうことを「プラセボ効果」と言いますが、これとよく似たようなものですね。
(ちなみに未来を予見する占いのほとんどはプラセボのようなものです。相談者が占い師の言葉を信じ、その通りの軌跡をたどりやすいのは「暗示の種」を植えつけられるからです。ですから、たとえ「当たる」と評判でも、ネガティブなことを言う占い師に近づいてはいけません。どうせ見てもらうなら、元気と勇気をくれる占い師を探すほうがおトクです。だって結局、自分の運を織り上げていくのは自分なのですから。)

 たかが思い込み、されど思い込み。実はこれ、意外にあなどれません。
「こっちへ行けばいいことがある」というプラセボは、不動産購入など人生の一大事に直面したとき、自信を支えてくれる後ろ盾になってくれます。
 吉方位にこだわらないまでも、「その年の凶方位への引っ越しは避ける」と心するだけでも、結果は違ってくるでしょう。
 ただし、転勤などで方位が選べない場合はこの限りではありません。吉方位であろうとなかろうと、あなたは行かなければならないのですから。(気になる人は神社にお参りするなど、対処法はたくさんあります。)
 その場合はこの項目を飛ばし、2以降の項目を読み進めてください。

2 周辺環境を見る
「だいたいどのあたりに住むか」がおおよそ決まったら、次はその土地の環境を調べます。これはネットで見るだけでは絶対にわかりません、実際に足を運び、あなたの目、鼻、耳、直感を駆使して、そのエリアの肌ざわりを確かめてみましょう。
 大きな公園や学校があるところなら昼は活気があっても夜は人気がなくなりますし、繁華街がそばにあるなら昼も夜もにぎやかですが治安の面で少し問題があるかもしれません。工場周辺はにおいや音が気になったり、墓場のすぐそばは少し線香くさかったり鬼太郎と目玉親父がたまに出没したり、坂の上なら体調の悪いときや疲れてるときは外出・帰宅が少しつらいかもしれません。
 どこが住み心地がいいかはあなたが若者か年輩者か、男性か女性か、サラリーマンか自営業か、朝型か夜型かなどによっても違いますから、自分の足で現地へ行ってみて、自分のライフスタイルに合うかどうか確かめてくるといいでしょう。
 平日と休日、朝と夜、雨の日と晴れの日など、条件を変えて何回でも行ってみることをおすすめします。

3 物件を見る
 エリアが特定されたら、次はいよいよ物件を見に行きます。新築のマンションを買う場合は作りものの仮想空間(モデルルーム)を見に行くしかありませんが、中古のマンションなら実際に現地へ行って確かめることができます。
 チェックポイントは①マンションの外見、②エントランス、③廊下とエレベーター(もしくは階段)、④郵便ポスト、⑤ゴミ置き場、⑥(あれば)駐車場です。
 もし「荒れて」いるなら住人の質も推して知るべし、人一倍繊細なあなたがそういうところに住むとたぶん後悔することになるでしょう。
 しかしこれら6つのポイントがすっきりして清潔感があるなら、そのマンションの管理状態と住人のレベルは「問題なし」と見ます。
 あ、自分の住む家の隣人さんの玄関前も要チェックですよ。マンションの狭い通路に自転車とか壺とかマリア像とか置いている家はないですか? ひとつ置くとふたつ、ふたつ置くと3つ・・・・・・としだいに増殖して、あなたが通る隙間が侵略される恐れがあります。見た目もあまりいいものではありませんしね。 
 管理人さんがいるなら、その人にいろいろ話を聞いてみるのもいいでしょう。感じがよくて働き者の管理人さんがいる物件なら、そこは「あたり」です。

4 部屋を見る
 さあ、それではいよいよドアを開けて部屋の中に入ってみましょう。
 あっこの不動産屋のお兄ちゃんルックスはいいけど後頭部が少しヤバイかもなんて見とれていてはいけませんよ、ドアを開けた瞬間がわりと大事なのですから。
 このときに不安やゆううつ感が頭をよぎるなら、やめといたほうが無難かもしれません。こういうのを「直感」とか「予感」とかいいますが、わりと当たります。
 また昼間なのに何となく薄暗かったり、空気がどーんと重苦しく感じられるようなら、そこに住んでもたぶんいいことは何もありません。おそらく前の住人があまり幸せでなかった可能性があり、あなたもそのあおりを受けて同じような運をたどってしまう恐れがあるからです。特に事故物件は要注意です。
 逆に「あっ、ここ空気が軽くていい感じ!」とか「明るくて気持ちのいい部屋だなあ」と素直に思えるなら、あなたとその部屋の相性はグググのグーということです。
 窓から何が見えるか、キッチンやトイレの水の流れはいいか、排水口からイヤなにおいが立ちのぼってこないか、じっとしているときに変な音が聞こえてこないか(外の騒音とかエレベーターの音とか階上・隣の騒音など)もしっかりチェックしましょう。こちらも曜日や時間帯、天気の違うときに何度でも足を運んでみることをおすすめします。

 具体的な間取りについてですが、細かいことをあまり気にしてもきりがないので、全体の輪郭がほぼ長方形ならよしとしましょう。
 凸凹が激しい間取り、三角形の間取り、台形の間取りなどは避けたほうがベターです。何より掃除が大変ですし、家具を置きにくいですし、住んでるうちに何かとストレスがたまってきます。

 マンションの場合は、上に住戸のない角部屋がおすすめです。メゾネットもいいでしょう。開放感がありますし、騒音の心配が少ないからです。
 ただし、「マンションは最上階と1階から先に埋まるのが世間の相場、最後に残るのは中住戸の中層階」ということを覚えておきましょう。人気の部屋は早い者勝ち、もし最上階の角部屋に入居したいなら、運を上げてタイミングのいい人になってください。
 天井は、高いほうが吉です。低いと運が「頭打ち」になりやすいからです。
 必要な部屋数は家族構成によっても異なりますが、1人や2人暮らしなら、ちまちました部屋が複数あるよりも、大きな部屋が1つか2つどーんとあれば充分です。そのほうが気の流れがいいですし、開放感がありますし、掃除もラクです。
 トイレ、浴室、洗面所などの水場は、できるだけ広いほうが吉です。水場には換気のため窓がほしいところですが、マンションではなかなか難しいかもしれません。窓がない場合は換気扇を常に回しておくとか、まめに掃除するとか、植物や生花を飾るなどで気の循環を促しましょう。
「何となく暗い場所」には盛り塩をして気を清めるのもいいかと思います。
「家の顔」と称される玄関ももちろん広いほうが吉。狭いより広いほうが「顔が広くなる」、つまりたくさんの人と知り合いになれます。お客さんを呼ぶときも気後れしません。
 予算の都合上どうしても猫の額くらいの玄関の家に住まなければならないなら、靴や傘はきちんとしまう、小物はあまり置かないなど、できるだけ空間をすっきり保つ工夫が必要です。
 気持ちに余裕と玄関先にスペースがあれば、季節の生花を飾っておくと厄除けになります。ただし水は毎日取り替え、枯れたら捨てるのが鉄則です。「あ、ここ、気配りのできるきちんとした人が住んでるな」と思われます。

 ややマニアックになりますが、家の中心から見た玄関の方位で、住人の気質を知ることもできます。
 北の玄関は人見知りだけど誠実、東北はちょっと気分屋な親分・姉御肌、東は働き者、東南なら人当たりのいいつきあい上手、南なら個性的、南西はかかあ天下(女性が強い)、西はおいしいもの食べたり飲んだりするのが大好き、北西はプライドを持って生きる人。わりと当たってるでしょう?

 実は、今あなたが住んでいる家は偶然手に入れたものではなく、意識する・しないにかかわらずあなた自身が「ここがいいから」「住みやすいから」と選び取ったものです。
 家というのは、あなたやあなたの家族の運をそのまま受け入れて反映する「器」です。日当たりや通気性の悪い家に住む人は運も気持ちも停滞しがちですし、明るく風通しのいい家に住む人は運も気持ちもすこやかでのびのびしています。
 そういう事実を知ると、もう「適当な家でいいや」と妥協することはできませんね。次に暮らす家は、今よりもっとあなたを幸せにしてくれる家でなくてはなりません。そのことを念頭に入れておくだけでも、いい家が見つかる確率はかなり高くなると思います。
 
2012.03.03

辰巳天中殺のみなさんへ その1

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 全国の辰巳天中殺のみなさんこんにちは。
 ようこそ宇宙船「辰巳号」へ、わたくしが今日からみなさんのご案内役を務めま・・・・・・あっそこ気をつけてください、さっき地球に到着したばかりの方々の出口通路になってますから、道をあけてあげてくださいね。いいえゾンビじゃありません、寅卯天中殺のみなさんです。まだ宇宙酔いから覚めなくて・・・・・・あなたがたもそのうちわかりますから。
 はいもう少しこっちのほうにいらして、先頭の方から順に詰めてお座りください。離陸するまでにまだもう少し時間がありますからそんなに緊張しなくてもだいじょうぶですよ、今日は寒いですね、温かいコーヒーとチョコレートでもいかがですか。
 ・・・・・・にしても集まりが今ひとつですね、自主的にいらしたのみなさんだけですか、辰巳は現実主義者だからなあ。
 あ、いいんですよ別に天中殺なんか信じなくても。「それは自分の辞書にはない」とか「そんなもん気にするのは人生のムダ」という考え方もありますし。人生ってつまるところすべて「気のせい」ですから。
 でも、年がら年中同じスピードで走り続けてると疲れますでしょう? ですから12年に一度、2年間だけ、がんばらなくていい時期が天から与えられるんですね。それが天中・・・・・・えっ田中さんこれから新規事業始めるの? 鈴木さんは不動産投資で億万長者をめざす? 佐藤さんは奥さん押しのけて若い愛人と再婚検討中? うふぁっ。
 しかし辰巳のみなさんはやめとけちゅうてもはいわかりましたと素直にうなずくタイプじゃないですから言っても聞きませんよね、基本的に自分の直感や体験しか信じませんから。けっこう頑固なんだよな・・・・・・まあいいや、そのうちご自分で気づくでしょう。

 ええと間もなくこの船は地球を離れて宇宙へと旅立ちます、言うておきますがこの船はちょっと特殊でございます、ときに絶叫系ジェットコースターのような激しい動きを繰り広げますのでそのつもりで。ええアップダウンやループがわりと半端ないのでもちろん禁煙ですはいそこすぐ火を消す。
 ・・・・・・なんか喫煙率高いし私語も多いしすでに一杯やってる人もいますね、あのうここは居酒屋じゃないんですけど。えっ高橋さん仕事が残ってるからもう帰る?うわっ渡辺さん銀座に宝石とドレス買いに行くから降ろしてくれ? うーん、帰ろうとしてもいつの間にかふんわり戻されちゃうんですけどね、まあお好きにどうぞ。
 
 それではみなさん、船が離陸するまで今しばらく時間がございますので、今までの人生を静かに振り返りつつ辰年と巳年の2年間をどう過ごすかぼんやり考えててくださいね。あ、あまり大風呂敷を広げないようにお願いします、ここちょっと狭いんで。
 では・・・・・・えっ? コーヒーおかわり? チョコレートもっとないか? そちらは日本酒と刺身盛り合わせ? あーあ「いい日旅立ち」の大合唱始まっちゃったよ。
 ・・・・・・さすが辰巳のみなさん、いつでもどこでもどんなときでも強くしたたかに生きていらっしゃる。それはそれでいいと思います。
 ではまた。

2012.02.03

寅卯天中殺のみなさんへ その3

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 さて、いよいよ卯年も残すところあとわずか1カ月となりました。
 耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んでいらした全国の寅卯天中殺のみなさん、お疲れさまでした。
「別にたいしたことなかったもん」と泣き顔で唇を噛みしめる人から「イヤイヤイヤーッ、もう二度と体験したくないぃーッ!」と絶叫してる人まで人生いろいろと思いますが、はい、この宇宙旅行ももうすぐ終わりますので、どなたさまもそろそろ帰還準備のほうお願いします。 

 ああ、思えば長い旅でした。2010年寅年では天中殺に入ったという実感がまったく湧かず、いつものペースでガンガン突き進もうとしたらのれんに腕押しで「あれ? なんか変」と違和感を感じ、それでも寅卯天中殺はもともとパワフルだから力ずくで何とかやってきた。「がんばれば何とかなる」「ゴリ押し上等」が共通の合い言葉だった。
 しかし2011年卯年に入るとそうは問屋が卸さない、格段に状況がシビアになって三十六計が通用しない四面楚歌となり、「あ、こりゃダメかも」と焦燥感にとらわれてネットをさまよい歩いた末、このブログを偶然見つけたという方も少なくなかったのではないでしょうか。
 天中殺期間は自分の一番弱いところをつつかれます、たとえば金銭の稼ぎ方や使い方がズレている人は経済の流れがパタッと途絶えたり、他人とのつきあい方を間違えてきた人は「ぼっち」を痛感したり、心に負担をかけてムリにがんばりすぎていた人は心や身体にトラブルが出たりする。思い当たりますか?
 それって「その生き方そろそろ変えたほうがいいかもよ、いつまでもそういうの続けてたらしんどいじゃん」という天の声なんですね。
 そこで気づいてしっかり反省した人はいいけれど、天のアドバイスを見ざる言わざる聞かざるしちゃった人は、天中殺抜けてもまた同じトラブルに遭遇する確率150%、しかも3倍増しにスケールアップしたやつが襲ってくるから要注意、天中殺期間内の今のうちに気持ちと行動を改めたほうがいいと思います。
 あのね、「自分が昔から貫いてきたこの信条は間違っていない」とかたくなに思い込んでいることこそが、実はわりと正しくなかったりするんです。あなたがずっと頼りにしてきた人、頑固に守り通してきたルール、必ず実行してきた「定番のやり方」は、本当にこれからもあなたを幸せにしてくれるでしょうか? もしかするともうきっぱりやめたほうがよろしいかもしれませんよ、あっよけいなお世話ですか。

 みなさんお楽しみ中の宇宙旅行も残すところあとわずか1カ月ですが、2月3日の節分までにぜひ各自で履修しておいていただきたいことがあります。自分と自分を取り巻く環境の見直しと清算です。
 具体的な清算項目は次の通りです。
◆自分で「これ、間違ってるかも」とうっすら感じつつ貫いてきた考え方や行動
◆身体によくない生活習慣(食事や運動、睡眠、クセ等に関すること)
◆一緒にいて楽しくない人間関係、自分のためにならない人間関係
◆住んでいて全然楽しくない家
◆客観的に見てぼっろぼろの残念な家具や寝具や商売道具
◆1年以上使ってない物、なんか好きになれない物、使いにくい物
 もし思い当たる項目があれば、やめるなり縁を切るなり引っ越すなり捨てるなりして身辺をスッキリさせましょう。2年間の無重力状態から地球に帰還したときって身体が重くてしばらく思うように動けません、でも身の回りが軽ければわりとスムーズに時差ぼけから回復できると思います。

 その他の履修科目として・・・・・・、はいそこぼんやりガム噛むの止める、・・・・・・ええと人にやさしくする。人にやさしくできるのは、孤独や不安や挫折感を自ら味わったことのある人だけです。
 この2年間に地獄の1丁目から88丁目まで巡り倒した寅卯天中殺のみなさんなら人の痛みがわかるはずですし、相手の話を静かに聞いてあげることもできるでしょう。
 今までブルドーザーみたいにライバルなぎ倒して人生突っ走ってきた人も、「勝たなきゃ生きてる意味がない」なんて豪語していた人も、天中殺明けには損得抜きで他人に寄り添うことができるようになるのですね。
 もともとダイナミックな思考とパワフルな実行力を備えた寅卯天中殺はトップを張る器をお持ちですが、そこにやさしさと思いやりが加われば最強の存在となりましょう。天中殺、経験してよかったですね。
 それから、何か新しい物をひとつ買っておく。あ、何でもいいんです。
 これから仕事でがんばりたい人は仕事道具、恋人つくるぞ! という人は自分を魅力的に見せる服や靴、結婚するぞ! という人は結婚予定があってもなくても結婚後に2人で使える食器やスリッパ、健康を取り戻すぞ! という人は明るい色のパジャマやシーツ。
 いずれにしてもこれからかなえたい夢をはっきりさせて、それにちなんだものを新調するといいでしょう。で、2月4日から使い始める。それらはすべて、あなたの強い味方になってくれましょう。
 そうそう、2月3日の節分には「福は内! 鬼は外!」のかけ声とともに豆をまきましょう。家をきれいに掃除してから、家の中心から見て鬼門(東北)のスペースから順に、時計回りにまいていきます。これ、最高の厄落としになります。

 これからの1カ月はやることがたくさんあって大変ですが、天中殺からスッキリ足を洗って気分よく新生活をスタートさせるためにも、きっちりやっておきましょう。
 娑婆に帰還されたのちはどうぞ本ブログ卒業生としての自覚と誇りを持ち、明るく元気に世のため人のため・・・・・・、あ、天から何かアナウンスのようなものが。ちょっと耳を澄ませてみましょうか。

 アテンションプリーズ。
 2年間にわたり広大な宇宙を旅してまいりました本宇宙船「寅卯号」は、まもなく舵を地球に向けて帰還態勢に入ります。地球到着予定は2012年2月4日卯の刻、予測される天候は雪のち晴れ、一面の白い雪に覆われたすがすがしい冬景色があなたをやさしく迎えてくれることでしょう。
 これから大気圏に近づくにつれ、突然船体が大きく揺れることがございます。船の運航に支障はありませんが、念のため、どなたさまも今のうちにしっかりシートベルトをお締めください。
 ご気分の悪くなられた方はお気軽にキャビンアテンダントまで、頭痛薬や吐き気止め、青竹踏み、フラフープ等のご用意がございます。
 それでは引き続き、着陸まであともう少し、快適な空の旅をお楽しみください。

 Wellcome to our Space Ship TORAU、and Enjoy Your 2012 Space Odyssey draw to the end. Thank you. 

 寅卯天中殺のみなさん、どうぞお元気で。また12年後にお会いしましょう。

2011.12.26

師走の銀座

 師走の日曜日に銀座を歩く。
 なんでこんなにたくさん人がいるの、あっちの道もこっちの道もぎゅうぎゅうじゃん、そうやっていちいち驚いていると空腹から胃がきりきり痛み出したので、あわてて目の前の喫茶店に飛び込んだ。軽く何か食べなくてはならない。
「いらっしゃいませ」
 満員だったがなんとか席が見つかる。
 やっぱり銀座の店はいいなあ、窓からのながめはきれいだしソファは革張りでふかふかだし店内もゴージャスで高級感たっぷりだ、しゃれた絵だって飾ってあるぜ。おっとお姉ちゃんありがとうクラッシュアイス入りのお冷やかい、しかし何だね店が高級だとメニュー表のしつらえも高級だね、革張りの重い表紙をどかんと開くとコーヒーとミニ茶菓であっ1500円、サンドイッチとかの軽食はうわっ単品で1500円から3000円、それにドリンクプラスすればがーんもはや最低でも2500円、下手すると4000円、これ何かの間違いですかと何度もページをめくり直すがもちろん値段が変わるわけもない。銀座一等地の喫茶店の価格設定は世界一といやが応でも認識する。
「お決まりでございますか?」
 イリュージョンで脱出する前に店員がやって来た。ふるえる人差し指でここここれください、このミニ茶菓ついてるやつと指さす。
「かしこまりました」
 ドキドキする心臓を無視してiphoneを取り出してフリックしたりタップしたりするがもしかすると銀座の3G(携帯電話回線)はパケ放題が通用せず特別価格なのではないかと阿呆な妄想をして恐ろしくなった。
「お待たせいたしました」
 オーダーしたものが運ばれてきた。ミニ茶菓はひとくちで胃袋の中、コーヒーは5分で飲み終わる。再び窓の外に目をやる。人がぞろぞろ歩いているだけなので5分で飽きる。
 このままがまんして座っていようか、いや時間がもったいない、まだ買い物が残っているからそうのんびりしてもいられないと思い伝票をつまんで席を立った。
 15分で1500円ということは1分の席料が100円かと無意味な計算をしてから、仕方ないこういう日もある、お前は銀座のど真ん中に流れる運気を15分間1500円で買ったのだと自分に言い聞かせて再び街に出る。

 薄暗くなり始めた銀座の街は徐々に人が減り始めて少し寂しい。縦横に整然と区画された街路には国内外の一流ブランドのビルが建ち並び、色とりどりのネオンを放って美しい。
 ここに流れる気は力強くて密度が濃く、キリッと筋が通ってすがすがしい、そして粋(いき)である。あまり不幸そうな人は歩いていない、若い夫婦も一人歩きの男も女も親子連れも老人もみなそれぞれの人生を楽しんでいるように見える。
 銀座という街はなぜここまで運が強いのか。
 皇居が近いからであろう。
 そこに龍が生息していなければ、江戸から現在に至る首都東京の、ひいては日本の繁栄はあり得なかったに違いない。
 400年前に家康が見つけて飼い慣らした龍は江戸城が皇居に変わっても生息し続け、鉄道や道路を通じてそのパワーを今もなお全国津々浦々へ流している。銀座は龍のお膝元、だから運が強いのだ。
 なぜ山手線は環状で、真ん中を通る中央線によって陰陽の形状を描くのか? 
 ・・・・・・龍を守るために違いない。
 龍はどうやってパワーアップするのか?
 ・・・・・・それは日本人の行動や心のあり方と深くシンクロするに違いない。
 龍の今のご機嫌は?
 ・・・・・・あまり芳しくないかもしれない、しかし龍は気分屋だから何かをきっかけにいずれ機嫌を直すだろう。
 そんなことを考えながら歩いていると、4丁目の交差点に出た。大通りに面した和光のディスプレイは白とゴールドで品よくダイナミックにまとめられている。「さすがだねえ」と感嘆したとたん「そうよ、だってあたし銀座のシンボルだもん」と言わんばかりにキーンコーン、カーンコーンと上から大きなチャイムが鳴り響いた。
 年の瀬に鐘が鳴るなり大時計
 龍も、かれこれ100年近くこのチャイムを聴いているに違いない。

2011.12.05