電車を乗り継いで古い博物館へ出かけた。
展示物を見ているうちにどこかから視線を注がれている気がしてふとガラスケースの奥を見ると、子どもくらいの大きさの人形がぽつんと立っている。ウエーブのかかった黒髪にチョコレート色の肌、大きな黒目。フリンジのついた衣服を身につけているので、たぶんインディアンの子どもだろう。人形の素材はよくわからない、木にしては柔らかい質感だし、ビニールでもないし、布でもなかった。
いやに生々しいな、まるで生きているみたい、もしかするとこれは死んだ子どもの魂が入った呪物で、蘇りを願って作られたものではないかとしばらく考える。
ずっと見ていると人形の黒目の奥に引きずり込まれそうな気がして何となくこわくなり、別の展示物の前へ移動した。しかしなぜかそのフロアにいる間じゅう、背中に向かって「ねえこっち、こっち見てよ」と声をかけられているような気がした。
博物館を出てカプチーノを飲み、さあ帰ろうと夕陽に向かって歩いた。瞳を直撃する光のまぶしさに頭がもうろうとして、そのうち人形のことなどすっかり忘れてしまった。
帰宅して夕食を済ませ、しばらくテレビを見てからベッドに入った。
明け方に夢を見た。
私は殺風景な大通りを歩いている。あたりの景色は何もかも一面の黄土色だ。
夕陽がまぶしくて向こうがよく見えないが、小柄な誰かが自分のほうに向かって歩いてくる。誰だろう? と目をこらして見ているうちに、脇を通り過ぎて行ってしまった。何となく見たことのある顔だった。
誰だろう、誰だっけ、ああ思い出せないと振り向くともういなかった。
あっ、あれはあのインディアンの子どもだと気づいたとたん、目が覚めた。
ついてきたのかと愕然とする。黄土色の世界は、埋葬された場所から見たこの世の色ではないのか。
人恋しいのかな、ガラスケースの中にずっと独りぽっちでいるのはやっぱり寂しいんだろうなと気持ちはわかるがなぜ私のところに来る、来ても何もしてやれないよと思う。しかし向こうは念の塊(かたまり)、3次元の思惑などいとも簡単に飛び越えて侵入してきたのだろう。
次に同じ夢を見たらやばい、すれ違うだけならまだいいが、「こんにちは。覚えてるでしょう? 私のこと」などとにっこり笑って手をつながれたらどうしよう。
そんなことを考えながら、眠るたびにびくびくしている。
2012.07.02