和菓子屋のおばあさん

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 夕方、買い物へ。太陽が姿を隠したとはいえ、まだ空気が熱っぽい。今年はあまりセミが鳴かないなあと思う。
 坂を下って小さな書店で本を買い、ついでに老舗の和菓子屋へ。なんだか甘いものが食べたくなったのだ。
 のれんをくぐると、おなじみのみたらし団子やいちご大福、あんみつ、水ようかんなど涼しげな水菓子がショーケースに並んでいる。すでに売り切れたものもある。
 どれにしようと迷っていると、店の奥からするりとおばあさんが出てきて、店の隅にしつらえた休憩用の椅子にとととと向かいすとんと座った。身長は150センチないくらい、細い身体に茶色のワンピースをまとい、薄い銀色の髪をひとつにまとめている。
 しばらく迷ってから若い店員に「これとこれとこれをください」と注文。背後にふわりと柔らかい視線を感じる。
 夕飯が済んで母屋からクーラーの効いた店に涼みに来たのかな、このくらいの時間になるといつも奥から出てくるのだろうか。
 ここに住んで数年になるが、その店でそのおばあさんを見かけたのは初めてだった。
 包んでもらっている間、さりげなく振り返るとやはり自分を見ている。年の頃は90手前あたりか、小柄なのに大人(たいじん)の風格、目の前でどんな悪党が何をしようと「ふうん」と静かに受け流して「あんたおなか空いてるんじゃないのかい」と団子を5、6本差し出しそうな雰囲気である。
 やはり人間も1世紀近く生きると余分な水分が蒸発して肉体はペラペラ・カサカサのするめみたいになるが、本体である魂はうまみが増し、噛めば噛むほど味わいが出てくるのではなかろうか。
 年寄りとは魔術師のようなもので、何もしなくても、ただいるだけでその空間を柔らかくほぐしてくれる。肉体がひからびて力が失せているぶん、気を自在に操ることができるのではないかと思う。
「おまちどおさまでした」
 包みを渡され、釣り銭をもらって店を出ようとすると、店員に続いて「ありがとうございました」の声が聞こえた。小さいがくもりのない声だ。おじぎをして店を出た。
 家に帰ってソファにごろんと横になり、買ってきた怪談本を読みながら、そういえばあのおばあさんリアルだったのかなあ微動だにしなかったしと一瞬思うがあっ豆大福と団子があるじゃんかと思い出し、あわてて食べた。

2012.07.07

インディアン人形

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 電車を乗り継いで古い博物館へ出かけた。
 展示物を見ているうちにどこかから視線を注がれている気がしてふとガラスケースの奥を見ると、子どもくらいの大きさの人形がぽつんと立っている。ウエーブのかかった黒髪にチョコレート色の肌、大きな黒目。フリンジのついた衣服を身につけているので、たぶんインディアンの子どもだろう。人形の素材はよくわからない、木にしては柔らかい質感だし、ビニールでもないし、布でもなかった。
 いやに生々しいな、まるで生きているみたい、もしかするとこれは死んだ子どもの魂が入った呪物で、蘇りを願って作られたものではないかとしばらく考える。
 ずっと見ていると人形の黒目の奥に引きずり込まれそうな気がして何となくこわくなり、別の展示物の前へ移動した。しかしなぜかそのフロアにいる間じゅう、背中に向かって「ねえこっち、こっち見てよ」と声をかけられているような気がした。

 博物館を出てカプチーノを飲み、さあ帰ろうと夕陽に向かって歩いた。瞳を直撃する光のまぶしさに頭がもうろうとして、そのうち人形のことなどすっかり忘れてしまった。
 帰宅して夕食を済ませ、しばらくテレビを見てからベッドに入った。
 明け方に夢を見た。
 私は殺風景な大通りを歩いている。あたりの景色は何もかも一面の黄土色だ。
 夕陽がまぶしくて向こうがよく見えないが、小柄な誰かが自分のほうに向かって歩いてくる。誰だろう? と目をこらして見ているうちに、脇を通り過ぎて行ってしまった。何となく見たことのある顔だった。
 誰だろう、誰だっけ、ああ思い出せないと振り向くともういなかった。
 あっ、あれはあのインディアンの子どもだと気づいたとたん、目が覚めた。
 ついてきたのかと愕然とする。黄土色の世界は、埋葬された場所から見たこの世の色ではないのか。
 人恋しいのかな、ガラスケースの中にずっと独りぽっちでいるのはやっぱり寂しいんだろうなと気持ちはわかるがなぜ私のところに来る、来ても何もしてやれないよと思う。しかし向こうは念の塊(かたまり)、3次元の思惑などいとも簡単に飛び越えて侵入してきたのだろう。

 次に同じ夢を見たらやばい、すれ違うだけならまだいいが、「こんにちは。覚えてるでしょう? 私のこと」などとにっこり笑って手をつながれたらどうしよう。
 そんなことを考えながら、眠るたびにびくびくしている。

2012.07.02

巨人のポルカ

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 東京スカイツリーをオープン前日にプレ見。内部は内覧会の客でにぎわっているが、一般客はまだ施設内に入れない。仕方ないので敷地内や周辺を散策する。
 外側だけではやっぱり物足りないなあとツリータウンの南側を流れる川に降り、ウォーキングデッキにしつらえられたベンチでまったりしてみる。隅田川の支流の水は濁ってコーヒー色だ。
 西日に目を細めつつ眼前にそびえ立つタワーを見上げると、この上なく高い。さすが世界一、圧倒的な存在感がある。

 見上げるのに飽きたのでその場を離れ、周辺の街を散策する。
 平日の夕方だからなのか、それとももともと人口が少ないからなのか、町工場や古い家が立ち並ぶ道路沿いには誰も歩いていない。金色の光に染まった街は、まるで猫が眠っているかのように静かだ。
 なぜこんなところに、
 ふと思った。 
 なぜこんな時間が止まっているようなところに、世界一巨大な電波塔を建てたのか。
 
 帰宅して焼鮭と卵焼きの夕飯を食べ終えてから、あ、そうかと気づいて東京の地図を広げてみた。
 ・・・・・・ここがスカイツリー、ここが東京タワー、ここがサンシャイン60。
 ペンと定規を持ってきて、東京の3つの高層建築をそれぞれ直線で結んでみる。
 じゃーん。
 きれいな正三角形が浮かび上がった。中心にあるのは皇居だ。
 眠れる町に白羽の矢が立った理由がわかった。 
 家康お抱えの天才風水師・天海の後を継ぐ誰かが新しい結界を作ったのだ、うんそうだ、そうに違いない。
 城を囲む巨大な精霊が手をつなぎ合い、輪になってポルカを踊っている姿が脳裏に浮かんだ。精霊たちの背中にはそれぞれ東北に延びる管、南西に延びる管、北西に延びる管がつながっている。管とは龍脈のことだ。
 踊れ踊れ、踊るほど日本という名の龍は強くなっていくのだ。

 5月21日の金環日食の翌日22日にスカイツリーがオープンしたのは言うなれば天の岩戸開き、しかも翌平成25年には20年に1度の式年遷宮(ご神体を移動させること)が伊勢神宮で執り行われる。
 この先、この国のバイオリズムは陰から陽へとダイナミックにうねっていくに違いない。私たちの頭上を覆う雨雲はゆっくり消滅し、徐々に希望の光が射してくるに違いない。

2012.05.23

不意の来客

ん
 土曜の昼、わが家に2人の客が来た。
 まずはビールで乾杯、「どうですか、最近」「ぼちぼちですわ」の会話から入り、「んじゃ、ワインでも」。
 納戸から2年前のボジョレーを持ってくる。
 コルクをシュポンと抜くと酢の香りがかすかに立ち上るものの、飲んでみるとまだまだイケる。
「おいしいね」
「ビラージュはやっぱり飲みやすいね」
「この年は当たり年だったらしい、しかし毎年そう言われているような気もする」
 たちまち1本空になる。たいした会話をしているわけではないが、別にいいのである。2本目をまた持ってくる。

 ワインを飲みながらあれやこれや話しているうち日が南西方向に傾く。
 まぶしいのでブラインドを下ろそうとすると「あれ?」とびっくりした声でメンバーAが言う。
 どうしたんだ、天からすごい啓示でも降りてきたのかと問おうとするとAはあらぬ方を向いて目をごしごしこすっている。
「今さあ」
「うん」(メンバーBと自分)
「あそこのトイレからさあ」
「うん」(メンバーBと自分)
「ものすごく背の高い金髪の男が出てきてそのまま廊下の奥の寝室のドアを開けて入っていったけど、この家、自分たちのほかに誰かいる?」
 自分とBは顔を見合わせた。
「そういえば、さっき寝室のほうでバタンと音がしたね」とB。
「どんな顔だった?」
「いや、後ろ姿しか見えなかった」
「A、その男、どんな感じだった?」
「なんだか楽しそうだった、トイレを出てから廊下で何かにけつまずいてつんのめってた」
 ものすごく背の高い金髪の男などうちにはいない、A、念のため聞くが、あなたの酔っ払い度は100点満点中何点かと問うと、「60点くらいかなあ」と答える。
 2本目のワインの瓶はもうすぐ空になる。自分が1、Bが2、Aが3の割合、つまり一番飲んでいるのはAである。
 酒に酔ったうえでの幻覚か、それとも本当に見えたのか。

 西日がきついのでブラインドを下ろす。部屋がスッと暗くなる。
 あのさあもしかするとこの家霊道通ってるかもしれないんだよねとか言ったらいやがるだろうなあと思いつつワインを飲んでいると、まったくなんの脈絡もなくAが「ちょっとおなかすいたなあ」と言い出す。
 キッチンに立ち、用意していたカレーを温めた。まあいいや酔いが覚めればたぶん忘れるだろう、そのまま放っておこうと決め、カレーてんこ盛りの皿を2つテーブルに出す。不意の来客のぶんも出してやろうかと思ったがそこまでする義理もなかろうとやめておく。
「あ、すごいうまい」
「チーズかけるとさらにうまい」
 怒濤の勢いでカレーが目に見える世界から目に見えない世界へと消えていく。
 ブラインドの隙間から空を見ると雲間にオレンジ色の玉が沈みかけている。この先はつるべ落としでいきなり暗くなるだろう。
「じゃ、そろそろ帰る」
 まだいいじゃんちょっと気味が悪いからもう少しいてくれないかなあとこっそり願うが先方にも先方の都合があるので無理に引き留めるわけにいかず、「またどうぞ」とにっこり笑って送り出した。寝室の扉の奥で誰かが聞き耳を立てているような気がしたが、気のせいだと打ち消して、キッチンでひとり山のような洗い物と格闘し始めた。

2012.05.14

路傍の石

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 今の家に住んでから、たまに「あちらの人」を見るようになった。見るのは昼間ではなく寅の刻、つまり明け方の3〜5時、眠っているときだ。
 この時間帯を方位に置き換えると東北、つまり鬼門。「鬼がわらわら出てくるから鬼門と呼ぶ」という説もあるが、偶然にも、寝室は家の中心から見て鬼門方位にあり、自分は北枕で寝ている。
 具体的に何をどう見るのかというと、別に貞子やフレディやチャッキーが目の前に来ていないいないばあするわけではなく、寝ている自分の側を人が通り過ぎていくだけだ。別に具合が悪そうには見えないし、ケガをしているわけでもなく、ただ普通の人が普通に歩いているのだが、夢うつつに「この人は死んだのだ」とピンとくるのが不思議である。
 なぜだろう、出てくる人たちは知り合いでも何でもないし、自分に何か伝えたいことがあるわけでもなさそうだしとあれこれ考えるうちに「もしかすると」とひらめいた。
 確かめるために、寝室の窓を開けて外を見る。
 やっぱり。
 寝室の真北に寺があった。
 念のため、近辺の地図を広げてみる。
 寺はひとつではなく複数あった。
 そうか、ここは通り道になっているのだなと納得。もちろんさまざまな通り道があるだろうが、日本を含む北半球では磁石の針はすべて北に引っ張られるし、それに何より肉体を脱ぎ捨てた魂は東や東南、南など明るい陽の方位へ向かうより、西や北西、北など陰の方位へ向かうほうが落ち着くのではないかと思う。西は西方浄土、北西は神仏を祀る方位、北は最も深い陰の方位であり、肉体と心を安らかに横たえる安らぎの方位なのだ。
 ではなぜ、死んだ人は寺を目指すのか。

「神社は生きている人の願いを叶えるための祈願装置」と前に書いたが、寺は死んだ人を集めてあの世へ送り出す「吸引装置」なのではないか。線香の香りや灯明の光、太鼓、読経の声などで「こっち、こっちですよ」と故人を呼び寄せ、僧侶や参列者が「どうぞ安らかに」「ご冥福をお祈りします」と鎮魂と祈りの念を捧げてあちらの世界へ送り出す。
 死んだ人は「そうか、自分は死んだのだな」と認識し、この世を離れる心の準備をする。何気なく上を見ると誰かが自分に手をさしのべている、この「誰か」は大好きだったおばあちゃんであったりかわいがっていた弟であったり愛しいネコやイヌであったりあるいは金色に輝く観音さまであるなど人によってさまざまと思う。
 今まで生きていた世界に未練や後悔が残っている場合はお迎えの手を無視してもう少しふらふらするかもしれないが、素直な子どもや一人でがんばって生きてきた女性ややりたいことをやって心残りがない人はわりとすんなり悟ってスムーズにあちらへ旅立つのではないだろうか。

 寝ている自分の側を通り過ぎていった人たちは性別も年齢もさまざまで、置かれていた立場も亡くなり方も多種多様だったと推測されるが、向かう方向はみな同じだった。小さくても年を取っていても、誰かと一緒に歩いている人はいなかった。財布や旅行カバンを持っている人もいなかった。やはり死ぬときは身ひとつなのだ。
 その後たぶん寺に吸い込まれ、次のステップに向かってそれぞれの旅立ちをしたのだろう。

 見るのは「たまに」だし、寝室を換えるのも間取り的に無理だし、勝手に引き出しを開けるとかいきなり枕をひっくり返すなどの悪さをするわけではないのでこのまま路傍の石として寝っ転がっていようと思うが、寝室の隅によっこらしょっと座り込んだり、顔を通常サイズの100倍くらいに増大させていきなり人の寝顔をのぞき込んだりするのだけはやめていただきたいと切に願う。

2012.05.08

日当たりの悪い家

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 近所に高層マンションが建った。東、南、西の三方が開けているから日当たりがよくて住み心地がいいだろうなと前を通るたび思っていたのだが、つい最近、そのマンションのそばに別の高層マンションが建った。
 敷地の広さはほぼ同じ、よって建物の構造・規模もほぼ同じ。新しい建物の位置は古いマンションの南側。これは受難である。・・・・・・北側に位置するマンションにとって。

 風水や家相における「吉相の家」の定義は、1に日当たり、2に風通しのいい家だ。
「東に青龍、西に白虎、南に鳳凰、北に玄武(亀)」と古来言われるように、東に川、西に道が伸び、南が大きく開け、北に大きな山があるのが四神相応の吉地とされるものの、現代の住宅事情ではそういう理想的な環境を手に入れるのはなかなか難しく、どこかで何かを妥協しなければならない。
 がそれでも、「1日のうちのどこかで日が当たること」は絶対必要条件として守られねばならない。なぜなら人は誰しも、太陽光線から生きるエネルギーをもらっているからである。
 外に干した衣類の肌ざわりを心地よく感じたり、日に当てたふかふかの布団で寝るとぐっすり眠れたり、日当たりのいい部屋にいると気持ちが明るくなるのは、太陽の気=陽気を体内に吸収しているからだ。

 数年前、仕事でとある家を訪問したことがある。3方を背の高い建物に囲まれて、まったく日の当たらない家だった。
「この家に住むようになってから、私、うつ病になってしまいましてね」
 病気になった心当たりはまったくないのですが、と奥さんは薄く笑う。
 あ、でも、と付け足した。
「ここに住み始めて間もなく、かわいがっていた犬が死んでしまったのです」
 普通ではあり得ないような事故死だったという。
 家の中を見渡すと、晴れた昼間なのにぼんやり薄暗い。
「暗いでしょう? 両隣と裏を他の家にぴったり囲まれているので、朝から晩までずっと灯りをつけっぱなしなんですよ」
 この奥さんのゆううつの原因は毎月届く電気料金の請求書より、日光不足と風通しの悪さではないかと思った。
 光と風が家に入らなければ、家の中に陰の気がどんどん溜まってしまう。よどんだ陰の気は邪気を呼ぶ。邪気の影響を最初に受けるのは、その家で最も弱い者だ。

 しばらく滞在するうち、時間の経過とともに頭痛と吐き気がひどくなってきた。
 夕方にようやく仕事から解放され、よろよろになって同行者とその家を後にした。ふと見ると、同行者の顔も白い。どうしたのと聞くと「入ったときから頭痛と吐き気がひどくて、こらえるのに必死だった」と答える。同行者も自分と同じように感じていたのだ。
 帰宅してからすぐに塩風呂に入ったことは、言うまでもない。

2012.03.05

 

忌み神

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「あなたは生まれてから20歳くらいまでずっと、生きにくかったのではないですか」
 昔、占い師からそう言われたことがある。
「忌み神が憑いていたのです、・・・・・・大量の水に浸されて根腐れを起こしていませんでしたか」と。
 考えてみれば成人して家を出るまで、私には母親という名の忌み神が憑いていた。「親子」という大義名分のもとに「情」という汚水が大量に心身に注ぎ込まれ、やがて体内に収まりきらなくなった水はぽたぽた外部にあふれ出し、よどんだ沼を形成した。まったりといやらしく粘る黒い水の中で、私は息のできない鯉のようにパクパクあえいでいたのだった。
 太陽の光は沼の底まではなかなか届かず、顔を仰向けても、ぼんやりと薄明るい蜃気楼しか見えなかった。
  
 2月の寒い日、日本画家・松井冬子の個展を見に横浜美術館へ。久しぶりのみなとみらいは殺風景な野原から超高層ビルが林立する近代都市へと変貌しており、しばし方向感覚を失った。
 平日のせいか観客は少ない。人口密度が低いぶん、絵から放たれる気をストレートに受け取ることができるので都合がいい。
 薄暗い館内で最初に展示されていたのは、目の見えないボルゾイ犬の絵だ。「盲犬図」と題されたその絵には、意識を暗黒の世界に閉じ込められた犬の絶望感が静かに漂う。
 この時点で観客は不思議の国のアリスとなり、白いボルゾイ犬の後を追って深い穴の底へ落ちていくことになる。
 枯れて崩壊寸前の花や解剖標本のごとく切り開かれた身体、怨念のように細長く垂れ落ちる毛髪など、1枚1枚から濃密に立ちのぼる死の香りにかすかな快感と吐き気を覚えつつ会場を巡るうち、展覧会の副題にもなっている代表作「世界中の子と友達になれる」が現れた。最も見たかった絵だ。

 薄紫色の藤の花が一面に垂れ下がるなか、背中を丸めた少女が画面左側にたたずみ、藤の花をかき分けて左側をうかがっている。素足のつま先が血に染まっているのは、防御のすべを知らない無力さの表われか。
 画面右側には空の揺りかご。元気に泣きわめく赤ん坊を「活動的なエネルギーに満ちあふれた生命の象徴」とするならば、このゆりかごは「もぬけの殻」、つまり魂が抜け去った後のなきがらを意味する。
 だらりと垂れ落ちる藤の花は半分から下が黒い。よく見ると、スズメバチがびっしり群がっている。
 ぶうん。ぶうううん。耳元にスズメバチの羽音がまとわりつく。死体にたかるハエの羽音にも似ている。
 力のない笑みを浮かべる少女の魂は半分抜けかけている。そのまま左側へ進んだ先には藤の花のカーテンが延々続き、彼女はきっと痛みにのたうち回りながら少しずつ迫ってくる死と永遠に対峙させられるに違いない、「この先に行けば世界中の子と友達になれる」という狂った思い込みに絶望的な希望を託しながら。
 藤の花の下でたたずむ少女の姿と、かつて沼の底でもがいていた自分の姿がぴたりと合わさる。この絵の作者もまた、過去に忌み神に取り憑かれたことがあるに違いない。
 
 ひととおり鑑賞して時計を見るとはや夕方。昼食を抜いて空腹のはずなのにまったく食欲が失せていた。喫茶店に入ってとりあえずカプチーノを注文したが、死臭が身体中にまとわりついているような気がして液体を飲み込むのにひどく苦労した。絵の毒気に当たったのだと思う。
 松井冬子の美貌に多くの人が目を惹きつけられるように、彼女が生み出した絵にも見る者をとらえて離さない強い引力がある。だが見た目は美しくても、その奥から放たれるのは猛毒だ。
 かつて忌み神と抜き差しならない関係に陥り、もがき苦しんだ末に命からがら逃げ出した者(=サバイバー)は、トラウマを客観視して昇華できる創造力とテクニックがあればすぐれたアーティストになり得る。しかしその作品を鑑賞する者が同じくサバイバーであった場合、底なし沼に引きずり戻されてなかなか抜け出せなくなる危険がある。
 横浜に行ってからしばらくの間、私は暗い不思議の国をさまよい続けることになった。スティーブン・キングの「IT」に出てくる道化師姿の鬼=ペニーワイズのように忌み神はたぶん不死であり、機会があればいつでもまた一緒に楽しくダンスを踊ろうと死角からこちらを狙っているのではないかと恐れるようになった。
 しかし、やすやすと憑かれるわけにはいかない。

 迷宮から脱出するには「お笑い」が効く。漫才やお笑いコントには邪気や陰気を笑い飛ばす=祓い飛ばすパワーがあるからだ。
(古来、笑う門には福来たるというように、古今東西お笑いがすたれないのは、それが邪気をすばやく祓える強力な呪術だからではないか。漫才師やお笑い芸人は現代のシャーマンなのだ。)
 youtubeを見ながら笑っていると、スッと肩が軽くなった。愛は地球を救う、いや、お笑いはサバイバーを救う。

2012.03.05

黒い服

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 今から振り返ればあまり運のよくなかった20代から30代前半のころ、私は黒い服ばかり着ていた。
 当時は黒い服が流行っていたこともあるが、着ればそれなりになんとかまとまる、体型がカモフラージュできる、汚れがついても目立たないなどという理由から、店へ行っては100発100中黒ばかり選んでいた。今から考えれば本当にカモフラージュしたかったのは体型よりも内面に渦巻く孤独や不安や恐れだったように思う。
 ある日、若者で賑わうファッション街を歩いていると気になるショップがあった。薄暗い店内にふらふら入ると目の前の壁に黒いショートジャケットがぽつんと展示されていた。
 いいなこれと思って眺めていると店員が寄ってきて「着てみますか?」と言う。勧められるまま袖を通すとぴったりだ。値札を見ると、自分に手が届く金額が書いてある。
「いいですよ、これ。ついこの間入ってきたんですけど。手作りの1点もので」
 かっちりしたシンプルなデザインなので仕事にも使えると踏み、財布からなけなしのお金を取り出してすぐに買った。

 翌日、さっそくそのジャケットを着て仕事に行った。新しい服を身につけると普通は意気揚々とするはずなのに、なぜかずっと気が重くゆううつだった。いざ仕事をしようとしても集中できず、一日中ずっとぼんやりとりとめのないことばかり考えていた。
「ダメじゃないか!」
 その日はつまらないミスをして上司から叱られ、いやな気分で家路についた。

 手持ちの服をそれほど持っていないせいで、黒いジャケットの出番は多かった。1週間のうち2、3回は着ていたのではないかと思う。しかしそれを着るたびに気持ちがふさいだり体調が悪くなったり人とぶつかったり仕事がうまくいかなかったりとよくないことばかり起こった。
 最初のうちこそ気に留めていなかったものの、「君、このプロジェクトからはずれてくれないかな」とその服を着ている日にクライアントから眉をひそめて言われたときにはさすがに「この服はおかしいのではないか」と感じざるを得なくなった。もちろん自分の未熟さや不手際もあったのだが、そこまで不運が重なると、本当の理由はそれだけではないように思えた。

 洗えば厄が落ちるのではないかと黒いジャケットを何回かクリーニングに出した。しかし何度洗っても、店から戻ってきた黒いジャケットには重苦しい気がまとわりついているような気がした。
「手作りの1点もので」
 ふと、店員の言葉が脳裏によみがえった。
 物には作り手の思いや念がこもる。もし作り手が服を製作するときに怒りや悲しみ、憎しみ、絶望などの感情にとらわれていたらどうなるだろう? そのネガティブな思いは無言のうちに裁ちばさみや針を通じて布地に潜り込むのではないだろうか。
 もしかするとこのジャケットにはひと針ひと針「不吉」が縫い込まれているのではないか? 黒い布地一面にどす黒い想念が乾いた血のように染み込んでいるのではないか?
 イヤな気持ちになり、クリーニング済みの服をそのまま丸めてゴミ袋に放り込んだ。
 その後、徐々に黒い服からも遠のいた。古来、喪服として使われるように、黒は悲しみや孤独を吸収して留める色と知ったからだ。

「着るだけで気分がよくなる服」「着るとなぜかいいことが起こる服」があるように、「着るだけで気分が落ち込む服」「なぜかよくないことが起こる服」というのも存在する。服はどれも何食わぬ顔をしてクローゼットやタンスの中で静かに眠っているが、持ち主が取り出して身につけた瞬間に息をよみがえらせ、正体をあらわにする。
 物には心が宿る。まず最初に入るのは作り手の心だ。それはたぶん、物の寿命が尽きるまで消えることはない。
 だから最初に着たときによくないことが起こった服には注意しなければならない。しかし「もったいないから」と売ったり譲ったりするのはほかの誰かに不幸をバトンタッチすることになる。勇気を出して早めに見切りをつけ、葬り去るほうがいい。

2011.11.06

カピバラ

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 車を走らせて郊外の動物園へ。そこは比較的自由度の高い動物園で、カピバラが放牧されているので気に入っている。やはり敷地が広いと園の器も広くなるのか。
 晴れたり曇ったり忙しい空の下、車は快調に目的地へひた走る。途中で真っ黒い雲が出てきて降るかなと懸念するが杞憂に終わる。

 到着してすぐ空腹に気づき、まっすぐ食堂に向かって焼きそばとウーロン茶を注文する。
 親子連れ、老人連れ、恋人連れが多い。いつもの習性で焼きそばのにおいをクンクン嗅いでからひとくち食べる。前世は犬だったかもしれない。まったく期待してなかったのに意外とうまい、でも量が少ないからけっこう物足りないぞとソフトクリームも買う。あっという間に食べ尽くす。
 コーヒーも飲みたいな、でも腹がパンパンになると園内の山歩きがきついかなとあきらめ、ひと息ついてから金網に囲われた犬舎へ駆け寄った。そこで生息するイヌたちに笑顔でモーションをかけるが、あっけなく無視される。
 1匹だけ、丸まって寝ていたところをモソモソ起き上がってこちらに来ようとする秋田犬がいた。けなげな姿にとグッと来る。だがそいつはあまりにも年を取りすぎて、足が思うように動かない。金網の向こうに立っている私のそばに来るには、地面から一段高くなったフロアにジャンプしなければならない。しかしそのジャンプがどうしてもできない。飛び上がろうとすると、足が震えるのだ。
 連日の猛暑でかなり弱っているのか、目やにがすごい。目やにの奥で人なつこそうな小さな眼が困ったようにきょときょと動いている。
 いいよいいよ、お前の気持ちはようくわかった、ありがとね、無理してこっちに来るなゆっくり休んでてくれ、いいからいいからと両手を広げて秋田犬を制し、そそくさと立ち去る。
 ああやっぱり動物園ってせつないなあ、来ると哀しい気持ちになってしまうのになぜ来てしまうのだろう。

 太ったお父さんくらいものすごく大きく成長したミニブタは暗くじめじめした檻の中でひたすら寝ている、よく見ると隣の檻にイノシシがいる。イノシシは皮膚の硬いブタだ、しかし瞳孔が縮小して闘争本能があからさまになっているところがブタと違う。 
 ふたこぶラクダの檻の前に出る。1頭はぽわーんと立っており、もう1頭はぼよんと座っている。のどかである。ラクダはおっとりして風情があるので好きだ。
 売店で買った動物用のバナナとにんじんを立ったほうに与えると、はむはむ・ポリポリおいしそうに食べる。
 座っているラクダが突然ごろりと横にころがった。白目をむいて舌をべろんと出したので死んだのかとあせる。と思ったらこぶを地面になすりつけ始めた。腹にたかっていたハエが一斉にぶわんと飛び立つ。かゆいのか、4本とも足だから不自由だよなあと気の毒になるがどうしようもない。ただ黙って見ているだけである。
 ラクダはやがて起き上がり、立ち上がって私の前に顔を突き出した。口の中はよだれだらけだ。ほら食べな、のど乾いてるんだろうとバナナとにんじんを口の中に入れてやる。
 はむはむ・ポリポリしている間もラクダの大きな眼はとろんと遠くを見ている。その奥に思慮分別だとか理性だとか包容力だとかは存在しない。ただビー玉のようにつやつやと真っ黒に輝いているだけだ。哀しい眼だなあ、本能だけで生きているとこういう眼になるのだなあと思う。  

「動物ショーが始まりますのでお集まりください」
園内にアナウンスが流れるが、無視してカピバラの池へ向かう。だって好きなんだもん。
 ふれあいゲートの扉を開ける。
 しーん。お客なんか誰もいない。みんなショーを見に行っているのだ。
 緑色の池の中にカピバラが3頭いる。よく見るとウンコがあちこちにぷかぷか浮いている。水辺に住むカピバラは、池の中で排泄する習性があるのだ。
 一番大きいカピバラが池から出てきてのそのそこちらに近づいてきた。もちろんバナナとにんじんが目当てだ。
 うわあかわいい、手に水かきがついててかっぱみたい、顔デカい、鼻の下が長くてぶわぶわしてるねえ、前歯が伸びてまるで不思議の国のアリスに出てくるきちがい帽子屋みたいじゃんとうっとりしながら抱きつくように両手で剛毛をなでていると、いきなりブルブルブルッ! と身体を震わせた。うわあ水切りしやがった、ウンコのついた水滴を一身に浴びてしまったぞとちょっぴり困るがやっぱり離れられない。どうやらカピバラから強い磁力が放たれているようである。

 目を遠くにやると、地平線に添って伸びるなだらかな丘を夕陽が金色に染めている。風が冷たくて心地いい。いつの間にかスズムシが鳴いている。
 大きな金色のカメがこちらに向かってゆっくり歩いてくる。にんじんをやるが、見向きもしないでただ通過していく。
 ふれあいコーナーを奥に進むと天井の高い檻がある。サル小屋だ。見ると、床に小さな小さなサルの赤ん坊が落ちている。じっと眼を懲らすがぴくりとも動かない。もう死んでいるのだ。
 生まれたばかりの赤ん坊を落としてしまったのか。かわいそうにと思うがすでに動かないそれはただの肉塊だ、いずれ係員に発見されて跡形もなく片付けられるだろう。
 死んだ子ザルの親を探すがさっぱりわからない。みんな同じ顔をして普通にたたずんでいる。
 しばらくベンチに座って夕陽をながめる。ああここは大自然がのんびりしている、ビルも工場もネオンサインも何もないのがいいなあと心から思う。どこかで5時のサイレンが鳴っている。
 さあてそろそろ帰るかあと立ち上がると、出口のゲートの手前に先ほどの一番大きいカピバラがどっかり座ってこちらを見ている。変な威厳がある。
「楽しかった? あんた」
 えっ?
「俺たち細かいこといちいち気にしてないから」
 ええっ?
「また来たらいいじゃん」
 えええっ?
 それだけ言うとよっこいしょと重そうにのそのそ立ち上がり、他のカピバラが顔を出している緑色の池の中にちゃぽんと入り、そのままゆっくり水の中に消えていった。

2011.08.01

靴の夢

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 私はもう出かけなければならない。けれど靴を履いていない。
 ここはどこだろう? 大きな屋敷のようだ。
 広間の中央に、靴が山のように積み上げられている。
 どれを履いて行こう?
 一足ずつ手に取ってみる。
 これは形がいびつだし、あれは何だか色あせているし、それはデザインが流行遅れで気に入らない。
 あれもだめ、これもだめ。
 靴を探しているうち、あ、そうかと気づく。
 ここにある靴、全部古いんだ。自分が今までさんざん履いてきた靴だから、もう二度と履く気になれないんだ。
 すると、上から声が響いてきた。
「ここにある靴はもうボロボロだから履けないよ。靴にお疲れさまと言ってやりなさい」
 そこで目が覚めた。 
 今までの人生が終了したのだなと思った。 

 私の足はかなり大きいので靴選びには毎回苦労するが、考えてみれば、今現在に至るまでかなりの量の靴を消費している。
 何年にも渡り長く愛用した靴もあれば、1回履いただけで放り投げてしまった靴もある。
 希望に燃えて履いた靴もあれば、失意のどん底で履いた靴もある。
 怒りに身を震わせながら履いた靴もあれば、心をときめかせて履いた靴もある。  靴の歴史をたどっていけば、私という人間がたどってきた道のりに重なる。靴は人生の乗り物なのだ。  

 夢の中で、私は素足だった。
「さあ、どうする? お前は次はどんな靴を履くのかね?」
 神さまの問いかけに、私はただ茫然と立ち尽くしていた。古い靴が目の前にどれだけたくさん積み上げられていようとも、もうそれを履けないことを知っていた。

2011.07.16