午未天中殺のみなさんへ その3

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 アテンションプリーズ、宇宙船午未号にご乗船のみなさん大変長らくお待たせいたしました。
 わたくし、みなさまの旅のおともを務めさせていただきますチーフCAの午・未(うま・ひつじ)でございます。
 これから第3回船内ミーティングを始めますので、各自お手を休めてロビーにお集まりください。

 ・・・・・・はい、みなさん着席されましたね。
(CA一同礼。壇上の午・未にスポットライトが当たる)
 お久しぶりです3分の2年ぶりですか、この暗黒の大宇宙を航行しておりますとついつい時間の感覚が失せてしまいますね。乗船したのがまるできのうのことのよう、時のたつのは本当に早いものです。

 それにしましてもみなさんきれいなお顔をしていらっしゃる。宇宙旅行も半ばを過ぎますと通常は「あがく」「悶える」「燃え尽きる」のどれかのパターンになるのですが、午未は一糸乱れず平常時のまま。おみごとです。さすが「孤高の人」「美意識の人」「悟りの人」と称されるだけのことはあります。

 しかし実のところ、6つの天中殺グループ(子丑、寅卯、辰巳、午未、申酉、戌亥)の中で最も繊細でナイーブとされるのがみなさん午未です。去年から今年にかけて腹立たしいことやイライラすること、もういい加減にしてくれないかな的なイベントが延々続き、ポーカーフェイスの裏で胃や腸がキリキリ痛んでいる方も少なくないのではないでしょうか。

 不平不満を滅多に口に出さないのは午未の美徳のひとつではありますが、そういうときは無理に悩みを1人で抱え込まず、信頼できる人に話を聞いてもらうのもひとつの方法かと思われます。たまっている胸の内を吐き出すだけでも気持ちが少しは軽くなりますので、ぜひお試しください。

 では、今回のミーティングでは午未と各天中殺グループの相性についてお話しいたしましょう。

★午未天中殺と子丑天中殺・・・細かいところまでよく気のつく子丑は、繊細な午未とよくウマが合います。彼らはあなたが抱えている問題の核心を一瞬にして見抜き、現実的なアドバイスを与えてくれるでしょう。苦労人の子丑は「知恵と知識の人」なのです。
 運命学では「子丑は午未の不運をスパッと止める相手」と考えます。困ったときは子丑に話を聞いてもらったりアドバイスをもらうと、なぜかスムーズに問題が解決することが多いのですね。1人ではダメなものが、子丑の力を借りるとうまくいく。
 しかし、子丑に寄りかかり過ぎてはいけません。やさしく面倒見が良さそうに見えても子丑は基本的に個人主義、自分のリズムを乱されるのをきらいます。
 もたれかかってグチばかりこぼしてると「重いッ!」とネズミのようにダッシュして逃げられる恐れがあります。
 子丑の思いやりに感謝しながら、適度な距離感を大切にするといいでしょう。

★午未天中殺と寅卯天中殺・・・「私、今とても困っているの。よかったら話を聞いてくれる?」
「あっ午未ちゃん久しぶり、うんうん聞く聞くもちろん聞く、どうしたの何があったの誰かにいじめられとるんか」
「いえそうじゃなくて・・・・・・」
「そうかお腹空いてるんかよしわかった焼き肉屋行こう、ロースにカルビにハラミにミノ、ミスジにサガリにホルモン全種、クッパビビンバつけ冷麺、仕上げはアイスと杏仁豆腐ッ!」
 あッとかえッとかとまどいながらも午未はそのまま寅卯のペースに乗せられることになりますが、寅卯の豪快な食べっぷりを見ているうちに「ま、いいか」と思えるようになり、何となく救われたような気分になるでしょう。
「親分肌の寅卯は午未の面倒を物心両面に渡りよく見てくれる」と運命学では申します、ただしその面倒の見方はわりとダイナミックなところがあるかもしれません。午未の細やかな心のひだを、大きな目の網でガバッとまるごと包み込んでくれるふところの深い相手です。

★午未天中殺と辰巳天中殺・・・午未が何を打ち明けても驚かず、冷静に問題を分析して最短距離の解決方法をアドバイスしてくれるのが辰巳です。「親知らずが痛み出して困ってるの」と相談したときに「大変ね、きのうは眠れなかったでしょう、鎮痛剤あるけど飲む?」と心配してくれるのが子丑なら、「ふうん」とつぶやいて先に立ってすたすた歩き始め、「はいここ私の叔父さんがやってる歯医者。腕は一流、予約しなくても今すぐ抜いてくれるって」と歯科医院のドアを開けてにっこり言い放ってくれるのが辰巳です。行動に無駄がありません。
 ナイーブな午未にとっては少し荒っぽく思えるかもしれませんけども辰巳は別に悪気でやっているわけではなく、問題解決への最短ルートを提示してくれているだけです。
 辰巳は「思ってもみない方法で午未を助けてくれる」「短時間でグイッと軌道修正してくれる」「午未の視野をカパッと広げてくれる」などと運命学では申します。
 彼らの雑草のようなしたたかさ、どのような環境に置かれても上へ上へ伸びていくたくましさ、ちょっとどきなさいよあんたと力強く生き抜いてくド根性は、見習うべき価値があるのではと存じます。

★午未天中殺と午未天中殺・・・似たもの同士、あうんの呼吸で意志が通じ合います。しかしこの2人が一緒にいるとどうしても現実社会のことより芸術や哲学や宇宙科学など高尚な学問のほうへと話題が流れてしまうきらいがあります。
「営業一課の午本(うまもと)くんこの出張経費精算書の合計金額18万9975円てなってるけど正しくは18万9867円じゃないのかな」「あっ経理の未野(ひつじの)さんどれどれうわっおっしゃる通り、108円多かったですねすみません」「108円・・・・・・つまり午本くんはこの経費精算におのれの煩悩を盛ったというわけね」「実は正五角形の内角も108度ってご存知ですか未野さん」「そういえばペンタゴンも警察のバッジも五角形だわ、平安時代の陰陽師・安倍晴明が魔除けの呪符として用いたのも五芒星。どうやら108には深い秘密がありそうね」。
 このように午未同士の会話には凡人がちょっと入り込めない深い味わい、幻想的な趣き、引田天功もびっくりの空中浮遊感があります。
「あんたたちさっきからずっとそういうことばかり話してるけどそれ具体的にこの職場において何のメリットがあるの」とリアリストの寅卯や辰巳や申酉からツッコミが入るかもしれませんけども、午未の思考は既存の型にはまるようなスケールの小さいものではありませんのであまり気にしなくてよろしいかと思います。

★午未天中殺と申酉天中殺・・・午未は「考える人」つまり行動より思索がまさり、申酉は「行動する人」つまり思索より行動がまさります。
 この2人が一緒になるとお互いにないものを補い合って大きな前進力が生まれます、そうですね具体的に申しますと操縦型戦闘ロボット・マジンガーZのようなものでしょうかええもちろん頭部の操縦席に乗り込んで操縦するのは午未、超合金ボディで馬鹿力もといスーパーパワーを発揮するのは申酉です。
「ストレスで食欲がないんだ」とロマンスグレーの午未課長がぼんやり夕陽を見ていると、「干し貝柱と鶏ガラでダシをとった中華がゆを給湯室でコトコト煮込み、食欲増進作用のあるパクチーを裏庭で摘んでたっぷりトッピングしてみました」といつの間にか背後でホカホカ湯気の立つお盆を持ってニコッと笑ってくれるのが申酉の部下です。
 午未の行動スキルが1とすると、申酉は15くらいの行動スキルを持っているのですね。フットワークがよくてパワフルで気のいい申酉を味方につけるととても心強いです。 
 ただし申酉の好意を「当たり前」と思ってしまうとすぐにそっぽを向かれてしまうので要注意。申酉と良好な関係を長続きさせるには言葉だけでは足りません、感謝の気持ちを「具体的な形」で表現するといいでしょう。

★午未天中殺と戌亥天中殺・・・昼休みに公園のベンチでハムきゅうサンドを食べながら「こないだ買った紫色のワンピにゴールドの取っ手のついたブルーのバッグを合わせたらきれいかなあ」とぼんやり考えるのが午未なら、「須弥山(しゅみせん)の頂上に住む帝釈天の望みは何だろう、やっぱり人間世界の平和かなあ」と想像しながらブランコに座って助六寿司を頬張るのが戌亥です。
 どちらの思考も現実世界から遠く離れておりますが、より距離があるのは戌亥のほうかもしれません。午未が「市井の悟り人」なら戌亥は「銀河系の悟り人」、「普通」からの逸脱ぶりにおいて戌亥にかなう者はいないでしょう。
 公明正大で正義感の強い戌亥は常に「人類の幸福と発展」について考えを巡らせていますから、いつでもどこでも親身に相談に乗ってくれます。
「戌亥係長、ボクお金がなくて家賃が払えなくて困ってるんです。少し貸していただけないでしょうか」
「大変ですね午未くん私もないので心配しなくていいですよ、よし、支払いを延期してくれるようこれから一緒に大家さんに頼みに行きましょう」
 そう言って静かに微笑んでくださる戌亥係長に、蚊取り線香の燃え口のようなほんのり明るい光を午未は感じることでありましょう。

 さあ、いかがでしたでしょうか。同じ人間といえど世の中には実にさまざまな方がいらっしゃることがご理解いただけましたでしょうか。
 今回はざっとお話ししましたけれども、6つの天中殺グループに9つの星を絡めたら6×9=54タイプ、それぞれに男性、女性がいるので54タイプ×2=全部で108のタイプが存在するというわけです。
 さあみなさんここでまた「108」という数字が出てきましたね、これ試験に出るかもしれませんので各自マーカー引いておいてください。

 ああもうこんな時間になってしまいました、みなさんそろそろお腹が空きませんか? あちらのダイニングルームでビュッフェの用意が調っております。
 みなさんは現世で辛い苦しいああもう勘弁してと砂を噛むような思いを日々味わっていらっしゃいますので、せめてここではおいしいものをたっぷり召し上がっていただこうとCA一同腕をふるい、真心込めてご用意いたしました。

 各種温製、各種冷製、鉄板焼き、天ぷら、窯焼きピッツァ、グラタン、パエリア、カレー、にぎり寿司、おそばにうどんにラーメンもございます。甘党の方には各種ミニケーキ、ジュレ、ソフトクリーム、あんみつ、ぜんざい、ところてん、お好きなフルーツやマシュマロを絡ませるチョコレートファウンテンもご用意いたしました。

 ・・・・・・ああみなさん黙々とおいしそうに召し上がっていらっしゃる、やはりローストビーフコーナーは長蛇の列ができますね。

 はるか遠くに青い地球が輝いております。みなさんの肉体はあちらに投影されておりますが本体はこの宇宙船の中にありますので、もどかしい、じれったい、いたたまれない思いをすることも少なくないでしょう。
 しかしそういう思いを味わうのは決して無駄なことではないのです。感情の幅と奥行きと高さが広がって他人の心情が細かく理解できるようになる、つまり人間としての経験値が上がってひとまわり大きく成長できますし、今は理解できなくても地球に帰ってからああそうだったのか、あれはあれでよかったのかもしれない、手放さなければ次に行けなかったのだなと合点がいくこともあるかもしれません。

 この宇宙旅行も残すところあと約7カ月になりました、たぶんあっという間に過ぎていくでしょう。どうぞこの貴重な機会を無駄にすることなく、心行くまで人生の旅を楽しまれますように。陰のあとには必ず陽が巡ってまいります、そのことをゆめお忘れなく。

 それでは引き続き快適な空の旅をお楽しみください。Good Luck、Thank You。
(CA一同礼)

午未天中殺のみなさんへ その2

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 大変長らくお待たせいたしました、これから第2回・宇宙船午未号内ミーティングを始めます。各自作業の手を休め、もしくはうたた寝から目を覚まし、しばらくこちらにご注目願います。
(ロビーのお立ち台に並んだキャビンアテンダント=以後CA、一同礼。)
 わたくし、チーフCAの午(うま)・未(ひつじ)でございます。
 ・・・・・・船内、シーンとしておりますね。お通夜みたいです。2012年、2013年に乗船された辰巳天中殺の方々とは大違い。「もうイヤぁーッ!」と泣き叫ぶ方も、勝手にハッチを開けて地球に帰ろうと宇宙に飛び出して回収される方もいらっしゃいません。

 乗船されてからみなさん魂が抜けたかのようにぼんやりもとい、もの静かに思索にふけっていらっしゃいますね。もしかするとご自分が天中殺に入ったことすら気づいてない方もいらっしゃるかもしれません、「あれ? ちょっと調子悪いけど気のせいかなあ」「何だか近頃やる気がないなあ」なんて(笑)。
 念のためここでもう一度ご説明申し上げておきますと、生まれ日が「午未天中殺」というグループに属するあなたがたは2014年2月4日よりこの船に乗船され、現在「天中殺」という大宇宙をゆっくり漂っておられます。地球帰還は2016年2月3日を予定しております。
 身体は地球上にあっても魂は地球からはるか遠くに離れたここにありますので、現実世界でやりたいことがやりたいようにできません。木に成った柿をおもちゃのマジックハンドでもぎとろうとするようなイライラ感、UFOキャッチャーで大きなぬいぐるみを取ろうとするときのああもうこれ全然無理じゃん的なもどかしさを感じていらっしゃるのではないでしょうか。
 無重力のこの大宇宙ではあらゆる努力が「のれんに腕押し」になりやすいのでお気をつけください、宇宙船内で読書をなさるなら「本気出せば努力は実る」系の自己啓発本より、「軽く悟ってみませんか」系の仏経本をおすすめいたします。

 ・・・・・・みなさん黙々と草を食む羊、あるいは風に吹かれて無心にたたずむ馬のようですね、聞いてるんだか聞いてないんだかさっぱりわかりません。
 子丑、寅卯、辰巳、午未、申酉、戌亥の全6グループの中で、午未さんが最も馬耳東風、馬の耳に念仏、いつどんなときもマイペースと申せましょう。聞いてるようで聞いてない、かと思えばたまにぼそっと核心を突いた鋭いことを言う。実に不思議な方々です。
 運命学では午未のことを「孤高の山から下界をながめる仙人」と申します。その大きく澄んだ瞳には、ありとあらゆるこの世の真実がくっきり映し出されていることでありましょう。ちなみに美男美女が多いのもこのグループの特徴です。ちょっとカゲがあって格好いいんですよね。

 では、九星別に点呼を取ってまいります。呼ばれた方は挙手お願いいたします。

★午未の一白水星さん、はい。
 午未グループの中でも「知恵者」と誉れ高いみなさんですが、さすがにここにきて少し疲れたお顔をなさってますね。
 2014年、みなさんは「何かと面倒な仕事を任される」というお題を与えられましたが、いかがでしたでしょうか、努力の甲斐はありましたでしょうか。
 はい神田さん、「頑張りがなかなか形にならなかった」。はい大森さん、「誰も努力を認めてくれない」。はい水道橋さん、「縁の下の力持ちを余儀なくされている」。
 そうですね、きっと多くの午未の一白がそう感じていらっしゃることと思います。お疲れさまです。
 ・・・・・・こんな歌がございます。
「これはこの世のことならず 死出(しで)の山路の裾野なる 賽の河原の物語」
 小さな子どもたちが朝から懸命に積んだ石の塔を、夜になると鬼が現れては無慈悲にこん棒でなぎ払ってしまうというせつない歌ですね。
「一重(いちじゅう)積んでは父のため 二重積んでは母のため 三十積んではふるさとの 兄弟わが身と回向(えこう)して」
 口ずさむたび、みなさんのお姿と重なってしまいます。
(2、3人のCA、そっと涙をぬぐう。)
 しかしご存じでしょうか、この歌の最後には哀れみ深いお地蔵さまがどこからともなく現れ、子どもたちを抱き上げて仏さまのもとへと連れて行ってくださるのです。
 2014年に苦労されたみなさんも、2015年には流れが少し変わってまいります。耳の穴から気力、体力をプシューッと吹き込まれ、しぼんだ身体がどんどんふくらんでくる感じってまるで自転車のタイヤみたい、ええそういう感じになると思います。
 無償の努力をこのまま編み伸ばしてろうそくの芯とし、天から降り注がれる大慈大悲のお救いを希望のともしびとしますれば、やがてあなたを中心とする半径1メートル内の世界はふわりと温かく光り輝くことでございましょう。

★午未の二黒土星さん、はい。
 午未の中でもひときわマイペースなのが二黒のみなさんです。午未と言えば「スタイリッシュ」「クール」「いぶし銀」と相場が決まっておりますが、みなさんの場合は見た目より実利、花より団子、きれいごとより実相を重んじるという特性があります。
 打たれ強く、転んでもただでは起きません。台風の日に崖から転がり落ちても「土砂降りの雨の中で」(by 和田アキ子)を歌いながら泥だらけでのっそり這い上がってくるタイプです。
 2014年は「自分をコントロールする」というお題を与えられましたが、いかがでしたでしょうか。
「ぜひ私にやらせてください自信があります、本多部長に恥はかかせません!」とタンカ切ってプレゼン行ったはいいけれど結果討ち死にだったり、「マザコンのあんたなんか大きらい!」といいとこの御曹司がせっかく玉の輿に乗せてやるちゅうとるのにあっさりふっちゃうとかですね、自分を自分で制御するのがなかなか難しかったのではないでしょうか。
 もうやめとけ、そこら辺で頭冷やしとれとみんなが言ってるのに「だいじょうぶ、まだまだやれますっ」と根拠のない自信と持ち前の負けん気がマイナスの相乗作用を引き起こして泥沼に足がはまり、どうしても抜け出せない。ちょうど今そのような感じではないかとご拝察いたします。お疲れさまです。
 2015年はぬかるみから脱け出せますよ、泥沼から水が引いて乾燥し、歩けるようになるでしょう。歩いた先でたくさんの人との出会いも用意されています。
 その出会いが吉と出るか凶と出るかはあなたしだい。「利用してやろう」とか「押しのけてやる」などと思うと再び泥沼にどぼんの刑が待っておりますので、ご注意ください。

★午未の三碧木星さん、あれ?
 お返事がありませんねあっロビーの片隅でどーんと落ち込んでいらっしゃる。
 みなさんの2014年のお題は「人間関係の荒波を乗り越える」でした。
 人という字はどう書くの、こうしてこうしてこう書くの、ね、人と人がちょうどいいバランスで寄り添って人なんです、人間関係は腹六分、仲がよくても腹七分と。
 それ以上深入りすると息が詰まってやりにくくなりますよ、後悔しても個人情報公開したあとはもう引っ込められません。
 人間関係は水もの、友達じゃ親友じゃと言うても川の流れが変化すれば自然に離れ、流れた先々でまた別の人と出会います。その繰り返しです。
 そう考えますとあんまん肉まんタワーマンにおけるママカーストや公園にたむろするボスママ四天王、何かにつけイヤミたらしい小石川係長などちっともこわくありません、川の流れが変わればその人達はフッと消えてなくなるのですから。
 ・・・・・・「人間はしょせん孤独な生きもの」と生まれながらに心得ていらっしゃる午未さんにそんなことを言っても釈迦に説法でしたでしょうか、失礼いたしました。
 あれっ三田さんどうしたのです目にいっぱい涙をためて。え? 信じていたカレに裏切られた? ああ、三角関係で負けてしまったのですね。
 くやしい、腹が立つ、絶対に許さないがうねうねうねと三つ編みになって怒髪天をついてものすごい迫力ですね三田さん、お疲れさまです。
 しかし「天中殺期間の別れは追うな」と運命学では申します。
 天中殺期間には隠れていた真実が露呈しやすくなります、相手が女つくって逃げたということは「それだけの男だった」「これ以上つきあう必要はない」「相手の女に熨斗つけてくれてやれ」ということであり、無理につきあってもまたどこかで同じことが起こります。
 ここは潔くあきらめて次のご縁を待ちましょう、でもあせりは禁物、元カレの影響が心身から脱けるにはある程度の時間がかかりますからね。それまでは自分磨きに専念して、天中殺が明けてからワンランク上の男をつかむことにいたしましょう。

★午未の四緑木星さん、あれれ。
 お姿が見えません。どこに隠れたのでしょうか・・・・・・、あっのしもちみたいにぺたんこになって椅子の下にはさまってる!
 どうしたんですだいじょうぶですか、えっ? 娑婆で押しくらまんじゅうされてペラペラになっちゃった? 
 うーん大変でしたね、しばらくそこのソファで横になっててください、ホメオスタシスが働いて時間がたてば元通りふくらんでくるでしょう。
 ええとみなさんの長所は「人の心が読めること」「繊細でナイーブなこと」「やさしくて思いやりがあること」ですが、残念ながら天中殺期間はそれが裏目に出がちです。エンパス体質※がマイナスに働き、他人のネガティブな感情がノーガードで体内に流入してしまうのです。 ※注:empathy=共感、感情移入。「エンパス体質」とは、望むと望まざるとに関わらず他人に共感、共鳴してしまう体質のこと。
 人混みに出ると疲れる人、はい手を挙げて。午未の四緑は全員挙手ですね、みなさん他人の念を受け取りやすい。他人と長時間一緒にいると肩が凝ったり頭が痛くなったり疲れたりしますでしょう。
 ね、ただでさえそうなのですから、感覚がより鋭敏になる天中殺期間真っ最中の今はどんだけきついか。世の中いい人だけとは限らない、腹黒い人、変わった人もいっぱいいます、そういうのに取り囲まれてぐいぐい邪気を押しつけられてりゃ、そりゃぺたんこにもなりますよ、お疲れさまです。
 2014年のお題は「自分をガードする術(すべ)を学ぶ」。
 お気の毒ですが私には関係ありません、ここから先は進入禁止ですよと。丹田からふわっと気を出して全身の体表外側15センチにバリヤー張りますよと。イヤな渡世だなあと。エコエコアザラクそしてザメラクと。
 ね、そうやって引き続き2015年もご自分を守る訓練に励んでまいりましょう。

★午未の五黄土星さん、はい。
「ブルージャスミン」という映画をご存じでしょうか?
 ウディ・アレンが脚本・監督を務め、ジャスミンを演じたケイト・ブランシェットがアカデミー主演女優賞を取った2013年度の作品です。セレブな女性が離婚を機に落ちぶれて、徐々に精神を病んでいく物語です。
 この映画はジャンル的に「コメディ」だそうですが、追い詰められ、現実と虚構の境界線が曖昧になっていく主演女優の姿には鬼気迫るものがあり、いっそ「ホラー」と言い換えてもいいように思えます。
「ブルー(憂うつ)なジャスミン」の最大の問題点は虚栄心と自尊心です。「セレブの座から転落した」という現実を素直に飲み込めず、無一文になってもファーストクラスに乗っちゃったりする。すでにアラフォーなのに「これから大学に通って何か勉強して手に職をつけるわ」と本気で思っちゃったりする。それが無理とわかると今度は金持ちの男と再婚するためにさまざまな嘘をつく。そうやってどんどん現実から乖離していくわけです。
 ジャスミンの気持ち何となくわかると思う方、手を挙げてください。はい午未の五黄グループはほぼ全員手が挙がりました。そう、みなさんの2014年のお題は「身の丈に合った生活をする」でしたね。
 実践できましたでしょうか? 変なプライドからいらぬ見栄を張ったり、嘘をついたり、わがままや自己顕示から「自分が、自分が」としゃしゃり出たり、心配してくれる身内を邪険に扱ったことはなかったでしょうか。
 その結果「長く伸びた鼻をへし折られる」「みんなからスルーされる」「まさかの大敗」「権力を失う」「しなくていいことをするはめになり、深く疲れる」などの報復に見舞われた方も少なくなかったのではと思います、お疲れさまでした。
 本来の星まわりならば2014年は自尊心やプライドがいいほうに作用してとんとん拍子に出世できたでしょうが、ここ宇宙ではそれらがみな逆作用を起こしてしまうのです。
 でもだいじょうぶ、2015年は心理的な緊張状態が少しゆるみ、現実を見つめるゆとりが生まれるでしょう。副交感神経が優位になれば、頭痛や肩こり、便秘なども改善されてくるかと思います。

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 はい、ここでしばらく休憩をはさみます。ご用のある方は今のうちにお済ませください。
 小腹の空いた方にはハムきゅうサンド、イカめし、干しいも、冷凍みかんなどのほか、各種温かいお飲み物もご用意がございます。ワゴンを押しておりますお近くのCAまでどうぞお気軽にお申し付けくださいませ。
 また船内は禁煙でございます、どうしても吸いたい方は船外でと申し上げたいところですが、ヘルメット内に煙が充満して大変危険ですのでおやめになったほうがよろしいかと思います。
 それにしましても、この宇宙船にお乗りいただいてから早や1年がたとうとしております。あっという間ですね。みなさん、乗り心地はいかがですか?
 はい一白の大門さん、もともと静かなのが性に合っているのでここはむしろ快適な環境、ですか。はい三碧の新馬場(しんばんば)さん、船外活動ユニット(EMU)を装着して宇宙空間を飛び回るのがスリリングで楽しい? よかったですね、でもたまに宇宙ゴミが高速で飛んできますのでご注意ください。
 宇宙ゴミが頭部や胴体を貫通してものすごいお姿になる方がまれにいらっしゃいます、時間がたてば自然に再生されますけども、お鏡を見たときにギョッとしますのでどうぞお気をつけくださいませね。
 あちらに地球が見えますね、明るく青く光り輝いております。もの言わぬ暗黒の大宇宙の片隅にあんな美しい星があるなんて、奇跡としか思えません。どうぞみなさん娑婆で身についた厄をこの大宇宙ですっきりふるい落とし、軽々とした心と身体になってふるさとへ戻られますように。
 ・・・・・・はい、お時間です。ミーティングを再開します。

★午未の六白金星さん、はい。
 ああ、情けない顔をしておられる。財布がすっからかんですね? はいその通りと。2014年、みなさんに与えられたお題は「お金の使い方を再学習する」でした。
 午未の六白は「大きく稼いで大きく使う」というダイナミックな金運をお持ちですが、天中殺期間に限っては「カンが狂う」「血迷う」「タイミングを間違える」などの凶作用により、損害を受けやすくなります。
 ギャンブルで財産を失った方、買い物依存症でカード破産しそうな方、金利のバカ高い借金で首の回らなくなった方もいらっしゃるかもしれません、お疲れさまでした。
 あのねギャンブルってそもそも儲からないようにできてるんです、儲かるのは胴元だけですよ。
 カード払いは財布から現金を出さないので喪失感が薄いですけど、えっこんなに、いったい何に使ったのオレとあとで明細見て愕然としますよ。
 借金はお金を買うこと、お金を買うための金利ってものすごく高いのご存じですか。
 じゃあどうすればいいのか。
 ①必要なぶんのお金は最初に袋に小分けして取っておき、残ったお金でやりくりする、②カードは持たず現金主義、③よけいなお金を持ち歩かない、④安易にローンを組まない、⑤住宅ローンはまめに繰り上げ返済する、⑥空腹時にスーパーへ行かない、⑦スーパーの安売りサイクルを知って底値買いをする、⑧遊びに行くとき、外食するときはクーポンを利用する、⑨ネットで安易にものを買わない、⑩流行りものの新製品に飛びつかない。
 古くさいと思われるかもしれませんが金銭感覚にアナログもデジタルもありません、以上の10ポイントをできるだけお守りくださいますように。
 人間の幸せは衣食住に支えられていますのであまり切り詰めるのもいかがなものかとは思いますが、「ちょっと待て 三日たったら買いに行け」「それ買って ホントにいいのか深呼吸」「買ったなら 返品不可です生ものは」などと心して、急降下している金運に歯止めをおかけください。
 2015年は、停滞していたものごとが動き出します。今までの不本意な状況が押し流され、新たな希望が生まれてくることでしょう。

★午未の七赤金星さん、げげっ。
 松葉杖に車いすに包帯ぐるぐる巻き、三角巾で腕吊ったりギプスをはめた首がグラグラしてる方もいらっしゃいますね、野戦病院かここは。
 はい、2014年のお題は「健康管理に気をつける」でした。
 リビングのソファでごろんと横になり、みかんでもむきながらのんびり連続ドラマを見るのが大好きな午未の七赤さんにとって、2014年は多忙をきわめるストレスフルな年でした。
 片付けねばならない仕事や家事、育児、介護などがどっと山のように押し寄せてきて、それはそれは大変だったのではと存じます。どうしてこんなことが一気に起こるの、想定外の出来事ばっかり、ああどうしてあたしだけこんな目に。
 気力体力があるうちはいいですけど、疲れが溜まってくると集中力がなくなるんですよね。仕事の企画書書いてるつもりがいつの間にかヘブライ語で悪魔召喚の呪文書いてたとか、せっせと幼稚園のスモック縫ってるつもりが出来上がってみたらポッケつきのカフェカーテンになってたとか、ときとして自分でもよく理解できない奇怪な現象に遭遇したのではないでしょうか。
 こわいのは疲れから事故を起こしちゃうことです。もうろうとして歩いてたら電柱にぶつかっちゃったとか、夢うつつで階段を駆け下りたら踏み外しちゃったとか、館林ICで降りようと思ってたのに気づいたら佐野SAで仕方ないからそこでラーメン食べちゃったとか、もう全然しゃれになりません。お疲れさまです。
 今年ケガや体調不良に見舞われた方は、まず身体を癒やすことに専念いたしましょう。健康診断をまだ受けていない方は医務室で申請してください、まだ間に合います。
 ストレスの多い環境でじっとガマンしてると免疫力が低下して病気に罹りやすくなることをご存じですか? 宇宙船の窓から地球をながめながら「自分はあそこの環境でこれからもずっと元気に生きていけるだろうか」と各自自分に問うてみてください。答えが「否」なら来年は環境を変えましょう。
 2015年は人生の模様替え大吉です。いろいろ改善策を練ってみてください。

 はい七赤の千駄木さん何でしょう、「でも天中殺期間は下手に動かないほうがいいんですよね?」。
 いいえ、そんなことは全然ありませんよご心配いりません。ご自分を守るための引っ越しや転職、離婚、通院、手術などにおいては何の差し障りもございません。
 出産も厄落としになります。ご自身の生死を賭して命を分け与えるのですから。未年生まれの赤ちゃんは気がやさしくて力持ち、親思いの孝行者。協調性があり、みんなからかわいがられるので将来はお金にも困りません。お父さんお母さん自慢の息子さんや娘さんになることでしょう。
 ただひとつ、天中殺期間に重大なイベントを決行いたしますと、平常時よりミスや手違いが多くなりがちです。慎重にことを進めるのはもちろん、ここ一番の大事な局面では、信頼できる第三者に同席してもらえば安心ですね。
 また天中殺期間に会社を辞めた場合、「再就職口が見つかりにくい」「すぐに再就職できたとしても同じトラブルが起こりやすい」と覚えておかれますように。転職、再就職はできれば天中殺明けにスタートされることをおすすめいたします。

★午未の八白土星さん、はい。
 さえない顔、不満そうな顔、不機嫌そうな顔が多ございますね。感情をめったに表に出さない午未の八白も、さすがに天中殺はこたえますか。
 みなさんの2014年のお題は「過去と折り合いをつける」でした。
 掘り起こしたくない過去、二度とお目にかかりたくない過去、できれば誰にも知られずに永久封印したい過去。ええもちろん誰でも保管してます、保管してますけど平常時は保管庫のドアにロックがかかってなかなか出てきません。
 しかし天中殺に入りますといとも簡単にロックがはずれ、最も忌み嫌う過去が時空を越えて「清算お願いします」とあなたのもとにやって来ます。
「あっ今日から中途入社の四ツ谷さん、四ツ谷さんですよねああやっぱり。私、昔おつきあいさせていただいてた下神明です覚えてますか? ふふふ鼻をちょっといじったからわからないかな。あの嵐の夜、一方的に罵詈雑言浴びせられてふられちゃったけどあれ別に私が悪かったわけじゃないですよね? ですよね。その後すぐ蒲田さんと結婚したって聞いてますけど今幸せですか? 幸せなんですねうふふふ。ええ、私ここの支店長。よろしくね」
「あっお帰り、遅かったね。うん、屋上から窓ガラス開けて侵入しちゃった。貢いで貢いで捨てられた田無です。ボク一文無しになってパパとママからさんざ叱られて勘当されちゃったの、キミのせいだよ。さっきからずうっと頭の中でヘドバとダビデの『ナオミの夢』が流れてるの、ねえ成瀬さんお金返してほしいんだけど総額1億5千万円。今さら無理? そうかあ、じゃあ今日からこのマンションに棲まわせてもらうよ、湾岸のタワマン最上階だから夜景がきれいで気分いいなあここ。 ね、おなか空いたから肉でも焼いてくれない? さっき冷蔵庫のぞいたらいいお肉入ってたよ」
 そのような感じで過去が追ってくる、ふり払ってもふり払ってもターミネーターのようにしつこく追いかけてくるわけです。お疲れさまです。
 こりゃ逃げてもダメだとそろそろお気づきの方もいらっしゃるかと思います、ね、自分でまいた種は自分で刈り取らなければいけません。午未の八白は「因果応報」という言葉を噛みしめながら、清く明るく誠実に過去の清算に励まれますように。
 2015年も引き続き眉間にシワ的な状態がしばらく続くかもしれませんが、だいじょうぶ、明けない夜はありません。相田みつを詩集「にんげんだもの」が本宇宙船の書庫にございます、ご一読されたい方はのちほどCAまでお申しつけくださいませ。

★午未の九紫火星さん、はい。
 見た目に何の変化もなくいつもと同じようにおすまししていらっしゃいますが、午未グループの中で最もダメージがきついのはもしかするとみなさんかもしれません。
 はい、みなさんに与えられた2014年のお題は「孤独とドライブ」でした。
 午未の九紫は本来一人でいるのがイヤじゃありませんし、むしろご自分独自のナイーブな世界に他人がずかずか入り込んでくるのをきらい、それがために人を退け、「人ぎらい」と称されることもあります。他の方々とは異なり、生きることにおいて独自のルールや美意識をお持ちなのです。 
 しかし一方で、とても寂しがり屋です。このグループは愛する人、大好きな人、信頼できる人がそばにいないとたちどころにしおれた花のようにぐんにゃりしてしまうという特性があります。
 人が寄ってくるとこれ以上近寄るなと邪険にするわりには甘えん坊で人懐こい面もある。いわゆる「猫みたい」とか「ツンデレ」(あるときはツンツンし、あるときはデレデレ甘えてくる。その差が極端に激しい人のこと)などというやつです。「その落差がたまらない」と萌え悶え憧れる方々が、ときにファンクラブとか崇敬会とか秘密結社などをつくるわけです。
 しかし天中殺期間に入りますと、地球上でのみなさんの存在感は非常に薄くなります。なにせ肉体は地球で魂はこの大宇宙にありますから、肉体になんとなく新鮮な生イカのような透明感が出てくるといえばわかりやすいでしょうか。
「二俣川さん、あれいないや。ご飯誘おうと思ったのに。じゃあ鴨井さん一緒に行こうよ、駅前においしそうなイタリアンできたんだ」
 二俣川さんは鶴ヶ峰くんの真後ろにいたのですが、影が薄いので気づかれなかったのですね。
 2014年、午未の九紫のみなさんは透明人間になってしまったかのような不安感、ハブられたのではないかという恐怖感、みんなが私をスルスルスルーするという絶望感に支配されていたのではないでしょうか。お疲れさまです。
 でも、その現象は一過性ですのでどうぞご安心くださいませね。  
 2015年は降り続けた雨も上がり、ところどころ晴れ間が見えて空が明るくなってくるでしょう。助手席に乗っていた「孤独」という魔物はいつしかいなくなり、かわりに「希望」という名の子猫ちゃんがちょこんと座っている、そんな感じになるかと思います。

 はい、以上でミーティングを終わります。予定時間よりだいぶ長引いてしまいました。
 何かご質問はありますか? しーん。・・・・・・みなさん相変わらずお静かですね、軽く寝息を立てている方もいらっしゃいます。

 船は順調に運航しておりますが、この先宇宙酔いなどでご気分が悪くなりましたり、不安や心配で胸がおしつぶされそうになりましたときは、どうぞご遠慮なくわたくしたちにご相談くださいませ。
 気を紛らわせるのに役立つリリアン編みのご指導、囲碁のお相手、そば打ち教室、写経会、聖書の読み聞かせなど、楽しいリラクゼーションプログラムを各種ご用意させていただいております。

 あっ申し忘れておりました、最後になりましたが船長からみなさんへ大切なメッセージを預かっております。ええと、これだ。読み上げます。
「午未のみなさん、天中殺期間だからと下を向かず、あきらめず、投げやりにならず、いつも通りあなたらしい人生を楽しんでください。そしていついかなるときも、あなたの奥にある知恵と底力を信じてください」
 とのことです。

 それではみなさん、引き続き快適な空の旅をお楽しみください。またお目にかかりましょう。
 Good Luck、Thank you。
(CA一同、礼)

運転手

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 葬儀に参列。
 僧侶の読経から始まって弔辞、弔電の読み上げ、参列者の焼香と続き、約二時間で式が終了。
 出棺前、参列者が棺の周囲に集まってめいめい花を手向ける。
「ありがとう」
「さようなら」
「また会おうね」
 棺の中が真っ白いユリやランの花、菊、オンシジウム、極楽鳥花などでどんどん埋まっていく。花に囲まれて眠る故人の顔にもはや煩悩はない、ただやすらかに横たわっている。

 出棺。一同、マイクロバスに乗り込む。
 ほわんとクラクションを鳴らして寺を出発、故人の家のそばをゆっくり通り過ぎ、海沿いの道をしばらく走る。
 ちょうど8月のお盆どきで空は青く澄んでいるものの、前日にひどい雨が降って土砂が海に流れ込み、本来はブルーのはずの水が部分的にコーヒー色に染まっている。遠目に見ると、ものすごく大きな陰陽の太極図を描いているようにも見える。
 すごいねえ、海があんなふうになっているのわたし初めて見た、それにしても今日は暑いね、こんなに暑くなったことなんか今までないよねえ、あっよしおちゃんおなかすいたの、あっちに何かお菓子あると思うよなどと会話が飛び交うなか、バスは海辺を離れてゆっくり丘の上の火葬場に向かう。

 火葬場では小柄な職員がバスの到着を待っていた。初老の彼はタクシーの運転手がかぶるような白い制帽をかぶり、礼服の上に白衣をまとい、両手に白手袋をはめている。
 あの人はね、ずーっと昔からここにいるベテランなんだよ。
 そう聞かされてその職員を見ると、微笑みと憂いを同居させたような、柔らかさと剛毅さを兼ね備えたような、観音さまと不動明王を足して二で割ったような、何とも言えない不思議な顔つきをしている。
 棺が台車に乗せられ、そのままするすると炉内にスライドして収まり、扉が静かに閉じられる。
 扉の前で職員が脱帽して合掌。
 その瞬間、あ、この人は故人をあの世へ運ぶ運転手なのだと気がついた。
「お世話になります」と素直に乗り込む客ばかりとは限らない、「もう少しあれをやってから」とだだをこねる客、「あっちへ行くのはまだ早い」といやがる客、「絶対無理!」とかたくなに抵抗する客などいろいろいると思うが、いいんだよ仕方ないんだ、みんないつかはこうなるのさ、それが決まりなんだよとおだやかにときにきびしく諭しながら目的地へ連れて行くのがおそらく彼の仕事なのだろう。

 点火して焼き上がるまで2時間あまり。配られた弁当をつつき、茶を飲み、じっと座ってスマホをもてあそぶのにも飽きたので、待合室を出て広大な公園墓地へ散歩に行く。
 ・・・・・・かゆい。
 ヤブ蚊に食われた肌をぼりぼり掻きむしりながら、南中している太陽の下を汗だくで歩く。あまりにも暑すぎるので何も考えられない、単調に並ぶ灰色の墓石群をぼんやり眺めながらただ歩くのみ。
 彼方にそびえる緑の山の頂上を見やると白い巨大風車が建ち並び、くるくる静かに回っている。
 風が吹けば回るし、風がやめば止まる。仕組みはシンプル、ただそれだけ。
 のどが渇いたので控え室に戻り、生ぬるい茶を飲んでぐんにゃりしていると、みなが立ち上がり始めたので自分も立ち上がる。焼き上がったのだ。
 台車の上にはほかほかの白い骨。
 箸を渡され、骨を拾う。力を入れると粉々に砕けるのでそっとつまみ、骨壺に入れる。そういえばその昔「骨まで愛して」という歌があった、あれはすごい歌だったんだなあと思う。
 白い制帽の運転手はのど仏を拾い、手際よく骨壺に収めている。
 収まるべきところにすべてが収まり、骨上げ終了。
 お疲れさまでした、では戻りましょうかとみなでバスに乗り込む。
 日が少し西のほうに傾いても、相変わらず暑い。セミがみんみん大合唱するなか、ブルルンとエンジンがかかる。そうだ、あの運転手はどうしただろうと振り向くと火葬場にはもう誰の姿もなく、何ごともなかったかのように白々としている。
 バスが静かに坂道を下り始める。うたたねから揺り起こされるような中途半端な気分になる。海はやっぱりコーヒー色に濁ったままだ。

老猫神(ろうねこしん)

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 春のお彼岸は温泉にでも浸かりに行くかと伊豆旅行。
 午前中に車で出発して途中道の駅でカニのスパゲティ食べてロールケーキ食べてカフェオレ飲んで海に面した崖上の宿にすんなり到着、見渡す限り海・海・海の客室に案内されてぽかーんとしていると20代前半のかわいい仲居さんが「あのうお夕食は六時でよろしいですか」と聞いてくる。満腹だったので「七時で」とお願いする。

 腹ごなしに散歩でもと旅館を出て急な坂道を下り、海に向かう。
 蛇行する細い坂道をうねうね歩いて行くと、そこかしこに猫が一匹、また一匹。あちこちに猫がいる。熱川温泉猫まつりである。いちご摘みならぬ猫摘みじゃあっとそばに近寄るとみな蜘蛛の子を散らすように逃げていく。誰か友達になってくれえと駆け寄るも全員にぷいとそっぽを向かれて途方に暮れる転校生のような気持ちになりながら、そのまま歩き続ける。

 熱川温泉はその昔、傷ついたサルがお湯に浸かって傷を癒やすのを見た太田道灌(=江戸城を築いた室町時代の武将)が開湯したと伝えられる由緒ある温泉である。泉質はなめるとほんのりしょっぱい無臭の塩化物泉で、創傷、皮膚病、筋肉痛、リウマチ、冷え性などに効果があるとされる。
 海のそばにはかまえのいい立派な旅館がずらり建ち並び、源泉を汲み上げる櫓からは湯煙がもうもうと噴き上がっている。
 しかし、なかには廃墟と化した物件もある。
 うわあまだ真新しくて立派なのになぜそこ廃墟、つぶれた理由は何なのかと一生懸命建物を眺めるがさっぱりわからない。仲居が全員クセ者だったのか、料理長の味付けが奇妙だったのか、あるいはオーナーが突然俗世を捨てて仙郷に入ったのか。
 順調にまわっていれば今ごろガラスを張り巡らせたロビーの向こうにはたくさんの観光客がひしめき、その間を仲居が忙しく駆け回り、展望露天風呂では子どもや大人のにぎやかな声がさざめいていたのではないかと想像する。
 誰もいない大旅館は食べるものがなくてドカッと倒れ、そのまま息絶えたティラノザウルスのようだ。
 
 浜辺に到着。2001年宇宙の旅に出てくるディスカバリー号にも似た大島を彼方に見やり、砂浜にしゃがんで打ち寄せる波に両手を浸して人差し指をぺろっとなめると塩辛い。
 海水はなぜこんなにもしょっぱいの、あっそうかこの世に生じたケガレを祓い清める役割があるからだ、大地から流れてきたケガレの毒性をその強い塩気でもみ消し、寄せては引いてを繰り返しながらその厄を遠い遠いどこかに流し去るのだ、海と陸の比率は海70%で陸地30%、やっぱりそれくらい広くないとこの世の厄は消化できないのか、地球とは実に巨大な自浄装置なのだなあなどとぼんやり考えながら遊歩道に上がる。
 人気のないベンチが等間隔で並んでいる。そこに大きな老猫がぽつんとうずくまっている。
 一年間雨ざらししたような色つやのないボサボサのクリーム色の被毛の猫はこちらが接近してもびくとも動かず、ただ固く目を閉じて肌寒いベンチの上で置物のように丸まっている。
 死んでいるのか、いや腹がスーハーしているので呼吸はしている、じゃ具合でも悪いのかとそっと猫の隣に座ると頭やら背中やらがところどころ傷ついてハゲている。
 満身創痍だなお前、昔は蝶よ花よとモテたのに今はひとりぽっちの廃旅館かとつぶやきながら頭や肩にくっついたゴミやホコリをはらってやるとおもむろに立ち上がり、人の太ももの上にどかっと乗って大きな身体を小さく丸めて寝の体勢に入った。
 妙に人懐こいな、しかもヘンに身体が温かいぞ 熱でもあるんじゃないのかと少し心配しながら膝上の猫を三十分ほどなで続け、猫が体勢を変えようと立ち上がった瞬間にじゃあねまたねこれから自分は風呂に入って夕飯を食べねばならないからねと後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去った。
 振り返ると猫はこちらに一瞥(べつ)もくれず大あくびをして、寒そうにぶるっと震えてからまたベンチの上で丸まった。
 また会おうぜくらい言ってくれてもいいじゃんかさっぱりしたやつだなあと思うが相手は猫である。

 温泉街に入ると古びた射的場があり、親子連れが静かに遊んでいる。反対側にはシャッターの降りた店舗、そこにライオンのようにふさふさたてがみの生えた茶色い猫がいる。たぶんペルシャと日本猫の雑種だ。
 いい毛並みだねえとそばに寄っていくとタヌキほど太いしっぽをピンと立てて甘えてくる。かわいこちゃんだねよしよしよしよしと夢中でなでまくっていると建物の奥から今度はキジトラの日本猫が登場、小さいけれどぷっくり太っているのはもしや出産間近なのか。 
 かわいいねえと声をかけるとぬにゃぬにゃとヘンな声を出して積極的に甘えてくる、ちょっと前までとは打って変わって両手に花いや両手に猫のハーレム状態、まるで複数のキーボードを操るスティービーワンダー、気分は孤独な転校生からモテモテの転校生へと百八十度反転している。

 このモテぶりはもしや、
 スティービーワンダーの名曲「迷信(=Superstition)」のリズムで二匹の猫の尻をかわるがわるたたいているうちに気づいた。
 あのベンチにいた老猫の所業ではないのか。
 三次元の世界ではぼろぼろの老猫に見えるが実はあれは猫神、一般猫の頂点に立つ特殊な神通力を持った老猫神であり、「あのアタマ天パーの人間は猫好きみたいだからそばを通ったらかまってやれ皆の衆」と配下に指令を出したのではないか。
 ふと見ると通りの向こう側でも黒猫の親子がじっとこちらの様子をうかがっている。うわあ猫集団の攻めの布陣が徐々に狭まっている、このままここにいると三百六十度を囲まれて脱出が困難になり「お夕食は七時というたじゃろうがお客さん」とかわいい仲居さんから冷たい目でたしなめられるに違いないと恐ろしくなり、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。射的場では相変わらず親子連れが静かに遊んでいる。
 崖上まで延々と続く急な上り坂を見上げ、ため息をついてから意を決して踏み出す。振り向くと魔法のように猫が消えている。ひじから下は猫の毛だらけ、熱川温泉猫まつりに参加したあかしである。

午未天中殺のみなさんへ その1

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 全国の午未(うまひつじ)天中殺のみなさんこんにちは。
 
 ああさすが午未天中殺の方々は乗船がお早い。みなさんおだやかなお顔をされてすでにミーティングルームに着席されていらっしゃいますね。「6つの天中殺グループの中で潔さナンバーワン」「理性の人」「市井(しせい)の悟り人(びと)」と称されるだけのことはあります。
 最後までいやだ帰るとだだをこねる辰巳天中殺、勝手にパラシュートをつけて飛び降りようとする申酉天中殺のみなさんとは違います。

 はい、ようこそ宇宙船午未号へ。
 これから2年間、みなさんにはこの船で「天中殺」という名の大宇宙の旅をお楽しみいただくことになっております。わたくしの後ろにずらりと並んでおりますのはみなさまの旅のおともを務めさせていただきますキャビンアテンダント、そしてわたくしがチーフキャビンアテンダントの午(うま)・未(ひつじ)です。どうぞよろしくお願いいたします(一同礼)。
 旅の途中でご要望やご不明点などありましたら、どうぞご遠慮なくわたくしたちにお声をおかけください。

 さて、宇宙を旅している最中はいつもと同じようにお過ごしいただいてかまいませんが、少しだけ注意事項がございます。
 ご存じのように宇宙は無重力の世界ですので、身体の自由がききません。あちらに行きたいと思ってもなかなか思い通りに進めませんし、逆に止まりたい、休みたいと思ってもいったん加速がつくとブレーキが効きません。
 また、ここは根性を出して踏ん張りたい! と強く望まれても宇宙空間には地面がないので足腰に力が入りませんし、押して押して押しまくれば道が開けるはずだ! と頑張ってものれんに腕押しとなり、深い無力感を覚えることになります。
 重力のある地球では簡単にできたこと、少し無理をすれば可能になったことが、宇宙では難しくなるということをあらかじめご了承くださいませ。
 
 みなさんのお姿は今までとまったく変わらず地球上に投影されますが、実体はこの船の中にあります。ですので家族や恋人やお仲間と一緒にいても、まるでエア牢獄に閉じ込められているかのような孤立感、あるいは世界の真ん中で不安を叫びたくなるような孤独感を覚えることがときにあるかと存じます。
 そのようなときはむりにご自分の存在感をアピールしようともがくより、ただ静かに受け身の姿勢で「なるようになるさ」とシャンソンもしくはR&Bのリズムに身をゆだね、成り行きに任せることをお勧めいたします。
 
 航行中、ときにビジネスがうまくいかなくなったり、対人面や恋愛面でストレスを感じたり、人によっては体調が不安定になってどん詰まり感を覚えることもございますが、「今までの生き方を見つめ直すいい機会」「軌道修正のチャンス」「神さまがくれた人生の作戦タイム」と割り切られ、いたずらに嘆いたり悲嘆に暮れたりなさらないようお願いいたします。
 試練が大きければ大きいほど「どこまで自分を鍛えられるか、神さまから期待されている」とお考えになってください。
 ちなみに運命学では、「12年に一度、2年間の天中殺が巡ってくるのは神さまの愛」と申します。星飛雄馬も強力なバネ製の養成ギプスをつけて天下の魔球・大リーグボールを編み出しました。

 はい、挙手されたのは午未・六白金星の山田さんですね何でしょう。
 していいことといけないことをざっと教えてください、ですね。
 的を射たいい質問ですね、さすが思慮深い午未天中殺です。
 していいことは「人にやさしく親切にする」「学んで知識や技術を身につける」「いらないものを処分する」などです。
 やらないほうがいいことは「欲や利益を優先させる」「人を押しのける」「結婚や家の新築など大きなイベントをゴリ押しする」などです。無理にイベントを決行しますと契約時にミスしたり、小さなミスが大ごとに発展したり、優子ってこんな性格だったのかと頭を抱えるなど、何かと裏目に出やすくなります。
 基本的な判断基準として「手放す」は吉、「かき込む」が凶。それをするときの目的が「自分さえよければ」の欲得でなければOKです。

 はい、ではそちらの窓ぎわの方。午未・九紫火星の藤岡さんですね。
 いつ地球に帰れますか、ですか。これもいい質問です。
 地球帰還は2016年2月3日を予定しております。ちなみに翌4日の立春から、申酉天中殺の方々がみなさんに代わってご乗船されます。

 あとは・・・・・・ありませんね。
 このようにむだなくさくさくミーティングが進行できますのは、みなさんが賢くて物わかりのいい午未天中殺だからです。いついかなるときも状況を鋭く観察され、安易に他人を頼らず、あせらず静かに流れに身を任せていらっしゃる。
 誰ですか、「その落ち着きぶり、動じなさぶりは鈍牛(どんぎゅう)ならぬ鈍馬(どんば)ですね」なんてひどいことを言うのは!
 あっ辰巳天中殺の小池さんじゃないですか!
 いけませんよ、あなたは2014年2月3日の節分で宇宙旅行が終わったんですから。早くお降りください、えっ居心地がいいからまだもうちょっと乗っていたい? ここはここで楽ちんなんだもん? ダメですよ何言ってるんですか、あなたは娑婆でやることがあるでしょう。(無理やりハッチから押し出す。)

 ふう・・・・・・。失礼いたしました、たまにこういうことがございます。
 それではみなさん、本船は間もなく離陸いたします。シートベルトを・・・・・・そうだ、大事なことをひとつ申し忘れておりました。
「午未天中殺に限り、天中殺時の災いはそれほど過酷なものにはならない」という運命学のルールがございます。
 みなさんは一家や一族や所属するグループのまとめ役として、最後まで走り抜かねばならないお役目があるからです。「午未は長い道のりを淡々と冷静に完走せねばならない責任を担っているから、天中殺期間もなるべく道を平坦にしてやろう」という天の配慮と申せましょう。大宇宙は実に奥が深いです。

 ・・・・・・窓の外ではしんしんと雪が降り積もってまいりました。旅立ちの日にふさわしい、凛とした美しい眺めです。 
 それではどなたさまもシートベルトを今一度確認され、肩の力を抜いてお気を楽になさいますように。そして、これから始まります快適な空の旅をお楽しみください。Good Luck、Thank You。

アントワーヌとお嬢さま 番外編

怪運マニア_表1
本日のお題・・・「怪運☆マニア

お嬢さま☆きゃあっ見て見てちょうだいこれこれこれっ!!
アントワーヌ★いつになく興奮なさってどうなさったのですお嬢さま、2mもある超ロン毛が大広間の天井いっぱいにぶわああああんと逆立ってさすがの迫力でございますね。
お嬢さま☆出た出た出たぁーッ、ついに出たのよ。
アントワーヌ★化け物が? それでしたらすでにお嬢さまがそのものでございますし、このお城にはほかにもご同族の方がいっぱい、ここはいわゆる化け物の巣でございますから。
 ほらあそこの柱時計の陰ではチャッキーさまと呪怨の坊ちゃんがネットゲーム対戦していらっしゃいますし、あちらのキッチンではドクターレクターさまとドラキュラ伯爵さまが仲良くディナーの下ごしらえをしていらっしゃいます。窓の外では有人機動ユニットMMUを装着された宇宙服姿のジョージ・クルーニーさまが上空を遊泳し・・・・・・
お嬢さま☆違うわよ、このブログの著者の本が出たのよ! 
アントワーヌ★PINKIEことオペラ沢かおりさまのご本でございますか。どれどれ「怪運☆マニア」? 「開運」じゃなくて「怪運」なのがミソでございますね、検索時に間違えそうです。
お嬢さま☆過去にここで発表したこわい話やふしぎな話をメインに、開運のコツも盛り込んだという話題のエッセイ本よ。
 装丁は内藤昇さん、イラストは丹下京子さんと超一流の方が参加しているわ、それと写真でははずしてあるけれど、黄色い帯に推薦文を寄せているのはあのお方! 
アントワーヌ★ああっ「歩く縁起もの」と誉れ高いあのお方ではないですか。
お嬢さま☆そう、開運業界でもかなりの法力の持ち主であり術の使い手と噂されているあのお方なのよ。
アントワーヌ★そのお方のお名前は開けてびっくり玉手箱、書店に行ってから、もしくはアマゾンや楽天などの通販で実物を手に入れてからのお楽しみといたしましょう。この黄色い帯を手にするだけで、アリゾナ州にあります世界一高く吹き上がる噴水「ファウンテン・ヒルズ」のように勢いよく運がはね上がりそうでございます。
 発売日は2014年2月、価格は1260円、発売元はKADOKAWAメディアファクトリーでございますね。書店ではたぶんエッセイコーナーもしくは占いコーナーで見つかることでしょう。
お嬢さま☆さあ気合い入れて読むわよ! 挿し絵がたくさん入ってるから楽しいし読みやすい! ・・・・・・いやその前にランチをいただくわ、おなか空いちゃった! アントワーヌ、今日のお昼は何かしら?
アントワーヌ★先ほどレクターさまが「お嬢さまに」とDEAN&DELUCAのお弁当を買っていらっしゃいましたよ。食後にはラム酒と生クリームたっぷりのサヴァランと熱々のアールグレイをご用意いたしましょう。
お嬢さま&アントワーヌ☆★それではみなさま、「怪運☆マニア」をどうぞよろしくお願いいたします。眠れぬ夜のナイトキャップがわりに、あるいはけだるい午後のゴロ寝用枕として、何よりあなたの開運のおともとして、ぜひご愛読いただきますように。

辰巳天中殺のみなさんへ その6

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 全国の辰巳天中殺のみなさんこんにちは。

 本宇宙船辰巳号も、いよいよあともう少しで地球に帰還する運びとなりました。
 みなさんには2012年2月4日からご乗船いただいておりますので、かれこれもう2年間お乗りいただいたことになります。
 時のたつのは早いもの、本当にあっという間でした。

 宇宙旅行の旅はいかがでしたでしょう、お気に召しましたでしょうか。何が起こるかわからない、まるで真っ暗闇の世界でマラソンしてるようなハラハラ・ドキドキ体験がお楽しみいただけたのでは・・・・・・、はいそちらの方、九紫火星の吉永さんですね何でしょう。
 え? 能書きはいいから一刻も早く地球に返してくれ? 1分1秒でも早く娑婆(しゃば)に戻りたい?
 うーんどうでしょう、前回ご乗船された寅卯天中殺の方たちも耐えがたきを耐え忍びがたきを忍びながら2月3日まできっちり頑張られたのですから、辰巳天中殺の方だけ特別というわけには。
 性別・人種・国籍・年齢・家柄・肩書き・逆上がりができるか否かを問わず恐ろしいまでに平等、それがこの「天中殺」という名の大宇宙の法則なのですね。
 いずれにしてもあともう少しですから、最後のひとふんばりお願いします。
 
 さあそれでは九星別に点呼を取りましょう。今回が最後のミーティングになりますので、気合いを入れていきましょう。
 ・・・・・・農民一揆の後みたいに船内のあちこちに人が倒れていますけども、意識のある方はお名前呼ばれましたら挙手お願いします。
 手を挙げる元気のない方はそのまま脱力して途方に暮れながら、もしくは誰かの名を呼び続けながら通路(みち)に倒れていてくださってかまいません。

 一白水星の方、はい。
 背中に矢が数本突き刺さってますね、今まで矢面に立たされて大変でした。自分のせいじゃないのに責任取らさたり、頼りになるはずの人がそっぽ向いちゃったり、あげくの果ては「お前が悪い」とみんなから責められたりと、孤立無援のなかでようがんばった傷は浅いぞしっかりしろ。
 天中殺明けの2月4日から少しずつ流れが変わります、今まで冷たかった人たちがいきなりこっちを振り向いて「あっ白石さん、ずいぶん長期間に渡り存在感を消していらっしゃいましたね。そういえばもうすぐお誕生日でしょう、バースデーパーティは帝国ホテルのインペリアルラウンジで行う予定ですがそちらでよろしかったでしょうか?」と笑顔で話しかけてくるかもしれません。
 ああっわりと人生悪くないじゃん、そういえば日照時間も日一日と伸びてぽかぽか温かくなってきたし、もう少しすれば桜が咲くよなあ、なんかじわじわ希望が出てきたぞみたいな気分に浸れるかと思います、山奥の温泉にのんびり浸ってサルに背中を流してもらうのもよろしいかもしれません。
 船長からメッセージを預かっております、ええとなになに、「the Oscar goes to・・・」いやこれ違った、そっちのカードだ。
「今まで先延ばしにしていた人生のお楽しみイベントが、これから束になってあなたのもとに訪れるでしょう」だそうです。どうぞお楽しみに。

 二黒土星の方、はい。
 砂糖壺から手が抜けたんですね、ずっと力入れてたんでちょっと腱鞘炎になってますけども、手が自由になってよかったじゃないですか。
 この2年間、辰巳の二黒は「執着心」という名の砂糖と戦い続けました。自分で「あきらめが悪いな」とわかってはいても、壺の中で握った砂糖をなかなか手放すことができなかった。
 しかし、手を開いてよく見てみてください、砂糖なんか一粒もついてないし、手がべたついてもいませんでしょう? はいもともと何もなかったんです、その砂糖には実体がなかった。
「そうか、自分は実体のない空気を一生懸命につかんでいたのだな」とわかっただけでも、この2年間は非常に貴重な2年間だったのではないかと思います。ちょっと難しいでしょうか。
 ええと人間の二大本能であり二大煩悩でありますところの色と金は実体がない、つまりただの「気のせい」でありますので、執着しても仕方ないちゅうことです。なめたときは甘いけれども、時間がたてば何も残りません。忘れてしまえそんなもん。
 さて、地球に帰還後の流れといたしまして、あなたの身の回りにあるものが四捨五入され、必要なものだけが手元に残るという段取りになっております。
 船長からのメッセージは「去る者は追わず、裸一貫でフレッシュな再出発をどうぞ」です。
 地球には重力がありますけれども、むしろ宇宙旅行をしていたころより身は軽く、心も晴れ晴れと、これから新しい人生がスタートするのではと思います。

 三碧木星の方、 あれいらっしゃいませんね。
 ・・・・・・あっ窓の外をクルクル回りながらものすごい勢いで飛んでいる! あのうどこへ行くんですかって聞こえるわけありませんね。仕方ないなあ、連れ戻しても連れ戻してもすぐ外に飛び出して何らかのトラブルに巻き込まれちゃうんだから。
 三碧さんって本当にじっとしてるのが苦手なんですね、でも無重力の世界に飛び出しても何もできないってこと、そろそろわかっていただけないかなあ。
 ええと2013年はやる気が空回りして気力・体力を消耗してしまった1年でした。ご本人は一生懸命頑張ってるつもりでも、第三者からは「暴風雨の中、向かい風に逆らってぬかるみの中を全力疾走してはる」「やめとき言うたんやけど聞かへんねん」とハラハラされていたことでしょう、お疲れさまでした。
 暗黒の大宇宙では判断力が麻痺しますので、できないことでも「できる!」って確信しちゃうんですよね。
 天中殺明け以降は徐々に正常な判断力と直感が戻ってくるはずです、周囲の意見やアドバイスを取り入れる心のゆとりも出てくるでしょう。
 船長からのメッセージは、と。「春以降、希望大陸への地図が手に入ります。早めに気力・体力を回復させて、壮大な冒険の旅に備えてください」とのことですって窓の外だから聞こえないか。しかたないなあ、あとでマジックハンドで回収しに行きましょう。

 四緑木星の方、はい。
 恋人から距離置かれたり配偶者からイライラさせられたり子どもが言うこと聞かなかったりママ友から罠にはめられたり舅姑が戦争仕掛けてきたり上司が行く手を邪魔したり同僚や部下がヘマこきやがるなどなかなかストレスフルな日々でした、と。顔で笑って心で泣いて、星空見上げて胸で十字を切りました、と。お疲れさまでした。
 辰巳の四緑はポーカーフェイスですから顔には出しません、出しませんけれどもハートはずたずた、ちょっとばかり傷が残るかもしれませんがそのうち治りますよ。
 え? トラウマになっちゃった? トラウマをお持ちの方はトラウマのない方より心の階層がぐっと奥深く複雑になります、つまり内的宇宙が広がります。広い宇宙と狭い宇宙、たった一度の人生でどちらがより味わい深いかと申しましたら前者です。
 そうですね、地球に着陸後はしばらく何もしたくないかもしれません、ええよろしいかと思いますそれで。重力に身体が慣れるまで無人島でのんびりジグソーパズルやプラモ製作やレース編みやビリーズブートキャンプに入隊するなど、好きなことをしてお過ごしください。
 船長からのメッセージは、と。あった、これだ。「あなたが今まで苦労したぶん、それを上回る報酬がこれから返ってきます。数値化すると概算で苦労の直径²×3.14です」ってそれ円の面積じゃないですか。
 まあいいでしょう、桜の咲くころには傷も癒え、新しい希望と目標が生まれることと思います。先は長いぞこれからだ、あせらずマイペースでいきましょう。

 五黄土星の方、はいお疲れさまでした。
 今回の宇宙旅行はものすごくきつかったのではないでしょうか。ピープル・チョイス(視聴者による選考)やコンテスタンツ・チョイス(出場者同士の選考)をもししたならば、「キング(クイーン)オブ辰巳天中殺」の栄光に輝くのはまさにあなたがたではないかと思います。
 特に昨年末から今現在にかけての修羅場ぶりはすごかったですね、普通に歩いてたらマンホールの穴に落っこちて下水管の中を猛烈な勢いで押し流され、大口開けたジョーズやワニに通せんぼされて命からがら這い上がったところがゾンビ村。ゾンビの姉ちゃん兄ちゃんに猛烈アタックされて隠れ込んだのが大竹しのぶがニコッと笑う黒い家という多彩なラインナップでした。
 しかしホラーな展開もそろそろ終わり間近です、辰巳の五黄はここで息絶えるようなやわなキャラじゃありません、全身ボロボロで真っ黒になりながらもゆっくり開いたその瞳は力強く澄んでいるというホープフルなラストシーンになるかと思います。
 エンドロールにかかる音楽はローリングストーンズの「イッツオンリーロックンロール」、もしくは小林旭の「もう一度一から出直します」になるでしょう、負けるな五黄、もうじき朝日が昇るぞ。
 船長からのメッセージは・・・・・・「新年明けましておめで」いやこれ違う、しかし最近のお年玉年賀ハガキってちっとも当たりませんね昔はそれなりに当たったのに、ええと「この2年間にあなたが体験した出来事に無駄なことは何ひとつありません、実に貴重な体験でした、どうぞ自信を持ってこれからの人生を五黄らしく傍若無人もとい力強く生きていってください」とのことです。
 地球に帰還後はへとへとにくたびれ果てていらっしゃるかと思いますが、いつまでも下向いてちゃだめですよ、カラ元気でもいいですからお天道さまに顔を向けて暮らしましょう。そのうち、細ーい蜘蛛の糸が上からするする伸びてくるはずです。

 はい、ここで少し休憩しましょうか。みなさんかなりお疲れのご様子ですからね。
 ご希望の方は視聴覚教室で「ゼロ・グラビティ」をご覧ください。これは辰巳天中殺の現在の姿をまんま描写した秀逸なドキュメンタリーフィルムです。
 たった1人で暗黒の宇宙空間を彷徨うサンドラ・ブロックをご自分の姿と重ね合わせて、彼女からサバイバル精神を学ばれるとよろしいかと思います。
 その他の方はそろそろ荷物のパッキングとお部屋のお掃除をお願いします、次に乗船が控えております午未(うまひつじ)天中殺の方々に気持ちよく過ごしていただくためにも、「立つ鳥跡を濁さず」でいきましょう。
 ・・・・・・はい、それではミーティングを再開します。船酔いのひどい方には梅茶、ショウガ湯、仁丹などをご用意しておりますので、お近くのキャビンアテンダントまでお申し付けください。

 あれ? むこうからミイラか即神仏みたいなのがぞろぞろ歩いてくる。あ、六白金星の方々ですね。たしか大宇宙に散在する八十八カ所のお遍路巡りの旅に出ていたのでした。
 ああ、みなさんだいぶアクの抜けたお顔をしていらっしゃる。よけいなものがそぎ落とされて、カツオ節にも似たすっきりした表情をなさっています。
 孤立無援のなか、きびしい長旅をよう頑張ってこられました、おーい誰かたらいにお湯汲んできて。ささ、わらじを脱いで足をこのお湯にお浸しなさいまし、じんわり温まって皮膚感覚が戻ってまいりますようわぁっ冷たい氷のよう。ああ土踏まずがガチガチで血豆がいっぱい、さぞやお辛かったことでしょうなあ(足を洗いながらもらい泣き)。
 もうすぐ故郷に帰れますよ、故郷の春はさぞや美しいのでしょうね、小鳥がさえずりつぼみが開き、お花の甘い香りがあたり一面に漂って。ああ地球っていいですね。
 仮眠ポッドでふるさとの夢を見て目覚めたら、地球に着いていますからね。あなたはやるべきことはやりました、つとめは果たしました、もうこれ以上悪くなりようがないのでどうぞご安心くださいませね。
 船長からメッセージを預かっております。「地球に戻ったらしばらく放心してください、つまり心をブラブラさせて凝りをほぐしてください。そのあと、あなたが最もやりたかったことをゆっくり始めてください。2014年はあなたを取り巻くすべての環境が、あなたの味方についてくれるでしょう」とのことです。

 七赤金星の方、はい。
 みなさんの今後のテーマは「腐れ縁を切る」です。もうすでに切れかかっている方もいらっしゃるかもしれません。
 この2年間ですったもんだした友情、恋愛、ビジネスのご縁は残念ながら頑張ってつなぎ止めてもやがて消滅する可能性が高いです、たぶん地球に戻ってしばらくすればハッと我に返ってそのことが理解できるかと思います。
 特に「考えてみれば連絡するのはいつもこっち」「2人でいるところを見られるのをいやがる」「会計はいつもこちらが支払う」「平気で嘘をつく」「たいていいつも時間に遅れる」「機嫌を損ねるとこわい」という相手の場合、無理してつきあってもこの先が思いやられますので、今のうちにすっぱりご清算なさることをおすすめします。
「ひとつ手放すと新しいものがひとつ手に入る」という法則をご存じでしょうか。物でも人間関係でも同じです、試しにクローゼットで眠っている洋服を1枚処分してみてください、じきにもっとステキな服が見つかると思います。
「ストレスフルな人間関係を背負ってよろよろ歩くくらいなら、1人のほうが身軽で気楽でいいですよ。自分らしい道を選んで歩けば、たぶんもう少し先で、もっとステキなパートナーが登場するでしょう」。船長からのメッセージです。
 春以降、いろいろな別れと出会いがやってくると思いますが、すべて自然現象です。自然の流れに逆らわず、ご自分にとって無理のない道、よりウキウキする道をご選択されますように。

 八白土星の方、はい。
 あっみなさん手とか足とか包帯ぐるぐる巻きですねどうしたんですか、はい山崎さんはカーテンはずしてるときに脚立から落っこちて足首折った、うん高橋さんはママチャリに体当たりされて尻餅ついて腰ひねった、ええ森さんはバレーの練習で突き指しちゃった、うわあ姉小路さんは大口開けて特大ハンバーガー食べてたらあごはずれちゃったんですか。痛そうだなあ早く治るといいですねお大事に。
 八白の方は心の傷というよりむしろアクシデントで身体のほうにダメージ出ちゃった方が多いかもしれませんね。
「ケガは注意を促すサイン」と運命学では申します。足首折ったのは「腰を落ち着けてよく考えましょう」というサイン、腰ひねったのは「腰を低くして謙譲の美徳を養いましょう」というサイン、突き指は「ものごとの取り組み方を変えてみましょう」というサイン、あごはずしたのは「自分の言うことに責任を持ちましょう」というサインかもしれません。サインを無視して同じことを繰り返してるとまた同じ目に遭うことがありますので、各自ご注意ください。
 船長からのメッセージは、と。これだ。「悩んだときは今までのやり方を見直して、新しい方針を採用してみてください。今までとは違うやり方、違う切り口、違う考え方で望めば、きっとうまくいくはずです」とのことです。
 2014年はどうやら脱皮の年になりそうですね。辰巳の八白は宇宙の旅を経てさらにひとまわり大きく成長できる予感がします、私たちも期待しております。八白の前途に乾杯! 

 九紫火星の方、ああっ手にあごを乗っけて視線を落として意気消沈してる。ロダンの考える人みたいで何だかカッコいいです。
 はい九紫の井野瀬さん何でしょう、えっ封印した過去にボコボコにされちゃった? ダメージがひどすぎて人生終わったも同然?
 だからあれほど忠告しましたのに、辰巳の九紫は本当に唯我独尊&直情径行なんですから。でも済んでしまったことは仕方ありません、誰だって叩けばホコリが舞いますよ、間違いのない人生なんてどこにもないです。
 大事なのは失敗を悔やむことより、これからどうするかを考えることです。だって時間は前へ前へと進んでいくんですから。「覆水盆に返らず」「後悔先に立たず」「逃した魚は大きい」などと古来申します、さあいつまでも過去を反芻しない、牛じゃないんですから。
 そうですね、地球に戻ってからもしばらくは静かな思索の時間が与えられるかと思います、ちょっぴり不安や孤独を感じることもあるかもしれませんが、この宇宙空間にいるよりはだいぶマシでしょう。
 手負いのクマいや手負いの九紫は内面世界を深く探求することによって人間性の幅が三つ折りヒダ×9個、高さが窓枠下より15センチプラスされてかなり魅力的になりますってカーテンか。
 船長からのメッセージは、・・・・・・ありません。いやそんなはずは。あった。ああよかった。「この1年は人間形成の年です。たくさん本を読み、たくさん人の話を聞き、そして自分の心を何らかの形で表現してください。きっと素晴らしい作品ができ上がります。そしてそれはあなたの生涯の大切な宝ものになるでしょう」。
 生みの苦しみが伴う重要な1年になりそうですね、でもあなたならきっとだいじょうぶです。

 以上でミーティングを終わります。
 辰巳天中殺のみなさん、お疲れさまでした。この2年間の宇宙の旅は、私たちキャビンアテンダントにとっても、非常に有意義で思い出深い旅でした。
 どんなときも笑顔を忘れない、知恵と勇気と根性のあるみなさんとご一緒できましたことを、私たちは心から光栄に思います。
 地球に帰還されましても、どうぞ本船の卒業生であることに自信と誇りを持ち、人にやさしく親切に、そしてご自分の気持ちに忠実に、力強く人生を歩んでいってください。
 重力に慣れるまでしばらくは浮遊感や不安定感を感じるかもしれませんが、長くても半年以内には治まりますので心配ありません。
 
 それでは、本船は間もなく大気圏突入の段階に入ります。多少の揺れや室温上昇を感じるかもしれませんが、すべて想定内の現象ですのでご安心ください。
 地球到着は2月3日です。どこからか豆が飛んできて宇宙船の窓にぱらぱら当たるかもしれませんが、節分の豆ですので気になさらないように。

 それではどなたさまも肩の力を抜いて気を楽になさり、あともう少しだけ、快適な空の旅をお楽しみください。そして12年後、またお会いしましょう。Thank You。 

 

辰巳天中殺のみなさんへ その5   

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 全国の辰巳天中殺のみなさんこんにちは。
 本宇宙船・辰巳号はここ1年ほど電波の届かないブラックホールを遊泳してまいりましたが、ここでようやく地球帰還の軌道上に入りましたため、記事をアップできる運びとなりました。
 2013年宇宙の旅も残すところあと3カ月(天中殺は2014年2月3日まで)、月日のたつのは本当に早いものです。
 アク出し、ウミ出し、厄落としはみなさん順調に進行されてますでしょうか。次に挙げるチェックリストで、各自確認してみてください。

◎人間関係や恋愛でもめている、もしくは関係が崩壊しつつある
◎「この広い世界に自分はたったひとりぼっち」と痛感せざるを得ない
◎仕事で致命的なミスを冒して前途が見えない
◎お金がないというのに出費が止まらない
◎憂うつと倦怠感が交互に肩にのしかかってもう何もしたくない
◎やることなすこと空回り、むしろ墓穴を掘っている
◎夕暮れの帰宅途中、理由もなく涙がこぼれ落ちる
◎不安と心配が襲ってきてぜんぜん眠れない
◎愛用していた茶碗や電化製品、アクセサリーなどが次々に壊れていく
◎いっそ死んでしまいたいと思う

 以上の項目のうちひとつでも当てはまる方は「天中殺を正しく過ごしている」、逆にひとつも当てはまらない方は「天中殺を生半可に過ごしている」と判断してよろしいかと思います。天中殺期間中はつらくてなんぼ、つらければつらいほど「浄化が進んでいる」「スキルを鍛えられている」ととらえていいでしょう。
「夜明けはきっとやってくる」「心頭滅却すれば火もまた涼し」「だけど涙が出ちゃう、だって女の子なんだもん」などとつぶやきながら、一日一日を堪え忍んでいただきたいと思います。

 では、九星別に点呼をとりましょう。船内ロビーにお集まりいただいたみなさんのお姿、まるでゾンビか貞子か落ち武者のようですねおばけ屋敷かここは。
 いえ仕方ありません、辰巳天中殺のみなさんは誰よりも生存本能が強いがゆえに、逆境を押しのけようとするパワーも人一倍強く、作用反作用が派手に出がちなのです。このあたり、静かに堪え忍びながら傷を最小限に抑える子丑天中殺とは大きく違うところです。
 では、呼ばれた方は挙手お願いします。
 
 一白水星の辰巳天中殺さーん、はーい。
「孤独絶賛体験中」と顔に書いてありますね、いいんですよそれで、人間はそもそもひとりで生まれてひとりで死んでいく、大切なのは孤独という名の冷たく澄んだ宇宙世界でどれだけ自分らしい花を開かせるかです。前後左右には誰もいなくても、斜め上360度の天空世界ではたくさんの魂があなたのことを見守っています、「がんばれ一白の辰巳!」「そのままでOKだ一白の辰巳!」とね。
 年末は人間関係に少し気を配るといいかと思います、エレベーターでベム・ベラ・ベロの3人組が「開」のボタン押してあなたが降りるのをじっと待っててくれたら「ありがとう」と言ってみる、赤ん坊少女タマミちゃんがあなたの顔をじっと見つめていたらニコッと微笑んでみる、自分が座ってる目の前に婆さんや爺さんやあずき洗いが立ったらさりげなく席を譲ってみる。するとその瞬間からあなたを取り囲む氷の檻が静かに溶け始めます。生きてる世界はたしかに孤独でも、そういったことをきっかけに冷たい孤独から温かい孤独へ移行できるのではないかと思います。

 二黒土星の辰巳天中殺さん、はい。
 そうやって壺の中で砂糖をギュッと握りしめているといつまでたっても手が抜けませんよ、不便じゃないですか? 両手が壺だと。
 ・・・・・・えっ? 手がグーのまましびれて硬直して抜けなくなっちゃった? 仕方ないなあ、じゃあ壺を割るしかないですね。え、もったいない? うーん困りましたね、砂糖はこぼれちゃうけど壺を割って手を自由にするか、手は不自由だけどそのまま砂糖を握りしめたままでいるか。どっちがベターかちょっと考えればすぐわかることなんですけど、なーんかその壺と砂糖に執着しちゃってるんだよなあ。
 天中殺期間中ににっちもさっちもいかなくなっちゃったときの身の処し方として、「とりあえず手放す」というのがあります。「大事」と思ってるものを、いったん手放してみる。恋人しかり、親友しかり、長年の宝物しかり、金銭しかり。自分にとって本当に必要なものならまた手元に戻ってきますが、そうでないならそのまま離れていきます。いいじゃないですか、身軽なほうがラクですよ。
 でも、一度手に入れたものを手放すのってなかなか勇気がいるんですよね。これができるかできないか、二黒の辰巳さんは今、天から試されているのではないかと思います。

 三碧木星の辰巳天中殺さん、あれ? いらっしゃいませんね。
 あっあそこの氷の惑星に遠征して探検してるんですか、船内の生活に退屈したんでしょうね。では望遠鏡で見てみましょう。・・・・・・ああっ三碧のみなさんったらツルツルすべる氷の上で薄っぺらい革底の靴履いて一生懸命走ろうとしていらっしゃる。いったい何がしたいんでしょうよくわかりません、こういうのを「空回り」といいます。
 何かしたい、じっとしているのはいやだという気持ちはわかります、わかりますけれどもいたずらに行動しても意味がない。尻餅ついてお尻が痛くなるだけです。
 あのう、そろそろこちらに戻って温かいおこたでみかんでもむいたらいかがでしょう、あとたった3カ月の辛抱なんですから。
 ・・・・・・船外メガホン通してるから聞こえてるはずなのにガン無視ですか、え? わが人生行動あるのみ、ですか。何となく聞こえました。そうやってマイペースを押し通す一途さ、天衣無縫さが三碧の辰巳さんの長所ですけども、天中殺のときくらいは静かにおのれの心と対話して・・・・・・あああ勢いよくすべってころんでバウンドして高速でクルクル回りながら無重力の宇宙空間に飛び出していっちゃった。マジックハンドで回収するの大変なんですよね、仕方ないなあ。

 四緑木星の辰巳天中殺さん、はい。
 全員おそろいですね。この期(ご)に及んでおだやかないいお顔をしていらっしゃるのは「協調性」「理性」「冷静」といった特性を天から与えられているからでしょうか、 「運の神さまが味方についていない天中殺期間はじたばたしてもしょうがない」といさぎよく割り切る賢さが、四緑の辰巳さんには生まれながらに備わっていらっしゃる。まさに悟りの人、荒野の賢人です。
 とはいえ四緑だって人の子だ、やっぱりこの1年はつらかった。頼りにしていた人が助けてくれない、友人と仲違いする、たちのよくない人と縁ができてしまう、ふだんなら起こりえないようなミスが発生する、まとまるはずの話がちっともまとまらない、商売がうまくいかないなど、頭を抱えることも少なくなかったのではないでしょうか。
 それって「あなたの生き方が今のままでいいかどうか、基本に立ち返ってもう一度考えてみてはどうでしょう」という天の問いかけなんですね、別に「運が悪いから」起こったわけじゃありません。
「はっ! 自分、勘違いしてたかも」「ちょっとブレてたかも」「周囲のことが見えなくなってたかも」と気づいた四緑はこの先スムーズに天中殺を抜け、明るく楽しい2014年を迎えられることと思います。たぶんだいじょうぶでしょう。

 五黄土星の辰巳天中殺さん、あれ? 姿が見えません。
 そうか、体温下げて冬眠カプセルに入っちゃったんですね。・・・・・・この1年間つらかったもんなあ、生きてるのがイヤになるくらいしんどかったんでしょうきっと。あっ眠りながらはかなげに微笑んでるいったいどんな夢を見ているんでしょうか、いいですいいですそのままそっとしておきましょう、どうせほっといても年末には目覚ましシステムが作動します、そろそろ帰還準備をしなければいけませんからね。
 年末から来年初頭にかけて五黄の辰巳さんは人生の過渡期に突入する、つまり自分を取り巻く環境に大きな変化が起こる可能性があります。もしかすると自分の能力の限界を越えた山登りに挑戦しなければならなくなるかもしれませんが、「人生に必要なプロセス」ととらえておおらかに受け止め、努力してみてください。頂上には素晴らしい桃源郷が広がっているはずですから。
「身に降りかかることはすべて必然、この世にムダなことは何ひとつない、そうなることになっている、これでいいのだ」を口ぐせにすると、少しはラクに登れるのではないかと思います。いや逃げるな、目の前に山があったら素直に登らなくちゃだめだ、五黄の名がすたる。

 ここらへんでちょっと休憩しましょうか。お近くのキャビンアテンダントにお好きな飲み物をご注文ください。干し芋、焼き芋、ふかし芋などの茶菓もご用意がございます。
 窓の外、はるか彼方に地球が青く光り輝いているのが見えますか? いったい誰が創造したのかわかりませんが、この美しい球体は何か強い意思を持ってダイナミックに活動しているように思えます。
 そのパワーの源泉は、国境を越えてあなた方全員がご存じの言葉、日本語ならひらがな2文字、漢字にすると1文字、英語ならアルファベット4文字で言い表されます。「それ」がある限り何があっても地球は回る、強く静かに回り続けるのです。「それ」の答えは・・・・・・おっと、お時間です。ミーティングを再開します。

 六白金星の辰巳天中殺さん、うーんちょっと疲れたお顔をしていらっしゃる。
 仕方ありませんね、この1年間は「がんばってもがんばってもわが暮らし楽にならざり じっと手を見る」だったのですから。正直に言いますと「労多くして実り少なし」な年でしたが、その苦労、決して無駄にはなりませんよ。なぜなら「自分のしたことは超光速で地球を1周して再び自分に戻ってくるだって地球は丸いんだもん」という絶対的な法則があるからです。
 いいことも悪いこともすべて自分に返ってきます、いいことは2、3倍くらいにふくらんでのんびり返ってきますが悪いことは10〜15倍くらいに増幅してすばやく返ってくるというところもしっかり赤マーカー引いて覚えておきましょう、これ過去5年間、超難関のトップ校で必ず出題されてる問題です。
 ですからね、あきらめない、くさらない、さじを投げない。最後まであきらめちゃダメなんです。フーテンの寅が忘れたころにある日ひょっこり「とらや」に帰ってくるように、「頑張りの果実」は特別な宅配便で必ずあなたのもとに運ばれてくる、果報は寝て待て、待てば海路の日和ありだ。
 2014年天中殺明けから少しずつ楽になりますよ、たわわに実った甘い果実は今、誰かの手でていねいに梱包されているところです。配送先はもちろんあなたの住所です。

 七赤金星の辰巳天中殺さーん、あっ! 貧乏神がぺったり背中に貼り憑いてますよ。宇宙にも貧乏神っているんですね、とりあえず祈祷して船外に出てってもらいましょう。
 ええと天中殺時に起こりがちな現象として「なくてはならないものがなくなってしまう」が筆頭に挙げられます。衣食住にこだわる七赤の辰巳さんになくてはならないものといったら、はい、お金です。
 この2年間で衝動買いや浪費癖に拍車がかかってる人、貯金が目減りしちゃってる人、財布が空になっちゃった人、少なくないと思います。しかし、そろそろここで歯止めをかけましょう。今の世の中、お金がないとつらいですよ。ここで、お金が集まってくる秘訣をいくつかご紹介しますので参考になさってみてください。
 まず、「お金は汚いもの」と思わないことです。頭と身体を使ってがんばって働けば、報酬がもらえるのは当たり前のことです。その仕事が少しでも世のため、人のために役立つのなら、きちんと報酬を得ていいのです。誰にも遠慮はいりません、どんどん稼いでください。そしてそのお金をどう使えば自分やまわりがもっと幸せになれるのか、具体的に考えてみましょう。
 次に、お金に敬意をはらうことです。お金を支払うときに「役に立ってくれてありがとう、いい旅を。次はもっとたくさんの仲間を連れてきてね」の意味を込め、「ありがとう」とひとこと口に出しましょう。店員さんも「どういたしまして」とにっこり微笑んでくれますし、一石二鳥です。
 そして、お金が入ってきたらいい財布に入れ、ていねいに扱います。いい財布はいいにおいがします。たまに嗅いでみてヘンなにおいがするようなら買い換えどきです。使わないお金は信用できる金融機関に預け入れ、そっと眠らせておきましょう。
「お金の機嫌を損ねないよう大事に扱う」「お金の気持ちを考えてお金に好かれるよう心がける」、たぶんそこら辺がキモかと思います。このくだり、天中殺じゃない人も知っといて損はないと思います。

 八白土星の辰巳天中殺さーん、うわぁっ。
 何ですか白装束にそのハチマキ、「厭離穢土(おんりえど) 欣求浄土(ごんぐじょうど)」って書いてありますね。それ徳川家康の旗印じゃないですか、あっ家康もたしか八白土星でしたね。「この世は欲得の争いで汚れてる、だから平和で清らかな極楽をめざすのだ」という意味ですか、ああみなさんよっぽどこの世の中がイヤになっちゃったんですね天中殺って恐ろしい。 
 しかし浄土っていったいどこにあるのでしょう、オーストラリアのエアーズロックでしょうかペルーのマチュピチュでしょうかハワイのラニカイビーチでしょうかスイスのユングフラウでしょうかそれとも日本の高尾山でしょうか。
 浄土を求めて三千里歩き回っても答えはなかなか見つからないと思います、だって浄土は想像の世界、つまりあなたの心の中にしかないんですから。
 え? 心の中は真っ暗闇で浄土のじょの字もない? そうですか。ではちょっと目を細めてみてください、その真っ暗闇の洞穴の奥深くのずーっと向こう、いえそっちじゃなくてもっと奥の奥、そのあたりにアルコールランプくらいのかすかな光がぼんやり見えませんか?
 あなたの浄土はたぶんその光の中にあると思います。よく見えないのはピントが合ってないからです。残り3カ月の宇宙旅行を心安らかに過ごしたいなら、その光にピントを合わせてみてください。

 九星火星の辰巳天中殺さん、ああっ懸命にシャドウボクシングしていらっしゃる。
 いったい誰と闘っていらっしゃるんでしょう、ああ過去ですか。2013年、九紫の辰巳の方々には「封印した過去が姿を現す」というプログラムがご用意されておりました。大変でしたね、自分の一番の敵は自分ですものね。
「ポルターガイスト」というホラー映画のクライマックスで、家の敷地の下から勢いよくボコボコ棺桶が飛び出してくるシーンがありました。そこはインディアンの墓地をつぶして作られた住宅街だったのですね。ちょうどああいう感じで、九紫の辰巳さんの目の前には誰にも知られたくない過去のミスや秘密がボコボコ飛び出してきたのではないでしょうか。そのたびにキャーッとかウギャーッとか叫んだり深夜の町をダッシュしたりして、まるでホラー映画の主人公になったかのような気分を味わえたのではと思います。
 助かるコツはですね、2つあります。最後まで逃げ切るつまりしらを切り通す、もしくは闘うつまり「はいその通りですが何か?」と認めて居直ることです。迎合したり中途半端な言い逃れをするのが一番よくありません。
 結論を伸ばし伸ばしにしてきたこと、どっちつかずでもめていることがあるなら、ここら辺で一気に片付けてしまってはどうでしょう、面倒ですが今のうちにケリをつけてしまえば、3カ月後に地球に戻ったときラクですよ。

 はい、以上でミーティングを終わります。
 残り3カ月気を引き締めて、この宇宙旅行を楽しく有意義に過ごしてまいりましょう。2014年2月から乗船されるのは・・・・・・・ああ午未(うまひつじ)天中殺さんですね。この方たちの通称は「市井(しせい)の悟り人(さとりびと)」「クールな必殺仕事人」、たぶんあまり手がかからないでしょう。私たちキャビンアテンダントも少し気が楽です。
 それではどなたさまも肩の力を抜いて気を楽になさり、引き続き快適な空の旅をお楽しみください。すてきな旅の思い出を胸に刻まれますように。Thank You。

セミの妖精

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 都心の森の脇を車で通ると、窓から「カナカナカナカナ」と寂しく鳴くヒグラシの声が聞こえる。ああもう夏も終わりだなとせつない気持ちになる。そのまま青山通りをまっすぐ走ってデパートへ向かう。

 駐車場に車を止めてデパ地下へ。
 食品街入り口の扉を入ったすぐ向こうに見えるのはジェラート屋だ。そこはフレーバーの種類が豊富でどれを食べてもおいしいので人気がある。
 入り口扉の手前でふと店内を見てギョッとした。ジェラート屋の前にそびえる太い円柱を囲むように立ち食いイートインコーナーが設けられているのだが、そこにジェラートを手にした女子が大量にひしめいているのである。いつもの3倍強はいる。その日は久々に暑さがぶり返した真夏日だったし、時間は会社が引けて1時間以内ということもあったかもしれない。
 円柱を囲む女子の群れが、まるで大木にたかるセミの群れに見えた。
 カナカナカナカナ。
 先ほど聞いたヒグラシの鳴き声が脳を斜め横断していく。ここに集う太った女子・痩せた女子・中肉中背の女子たちはもしや、甘い樹液を吸おうとするセミの妖精ではあるまいか。そういえばみな魂が抜けたようなうつろな目をしている。
 一心にアイスをなめるセミの一群の脇を通り過ぎ、焼き鳥弁当と秋の味覚のケーキ(マスカットが乗っているスポンジケーキ)と明朝食べるパンを買い、そそくさとデパ地下を後にした。

 翌日は水戸街道を車で一直線に走った。特に用事はない、ただ走りたかっただけである。
 小腹が減ったので途中の葛飾区でファミリーレストランに入る。
「ホットケーキとドリンクバーのセットお願いします」
 注文をし終えてうはっまだまだ暑いぜとおしぼりで手を拭いてひと息つくと、背後でけたたましい笑い声が聞こえる。
 振り向くと70代、80代の老女の群れ。8名ほどの老女が一心不乱にクリーム白玉あんみつやクリームわらび餅、クリームコーヒーゼリーなどをスプーンですくいながら何かのひとことをきっかけにどっと笑っているのである。
 カナカナカナカナ。
 前日に聞いたヒグラシの鳴き声が脳内に響き渡る。「若いもんにあたしらの苦労がわかってたまるかい」と言わんばかりの老獪な目つきをした彼女たちはもしかするとやっぱりセミの妖精なのか。
 年寄りゼミの笑い声は30代40代50代の頭のてっぺんから漏れ出てくるおほほほほほではなく腹の底から出てくる地声のわははははである。それがいい、とてもいい。聞いているこちらまで楽しくなってくる。
 同い年の男が100人束になってもきっとかなわない、そんな一筋縄ではいかないような婆さんたちの屈託のない笑い声は1カ所ではなくあちらからもこちらからも響いてやがて店内で共鳴し、ひとつの大きなヴァイブレーションを作り上げる。まるでベートーベンの交響曲第九番第四楽章「歓喜の歌」を聞いているようだ。

 にぎやかなファミリーレストランの隅っこでひとりホットケーキとカプチーノを味わっているうちに窓の外が薄暗くなってきた。
 最近は夕方6時を過ぎるともう暗くなる、そろそろ店を出なければと思うが、さざめくようなカナカナカナカナの大合唱を聞いているうちに何となく立てなくなり、仕方なく3杯目のコーヒーを飲みながら紫色に染まっていく水戸街道をぼんやりながめていた。 

犬天国

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 イヌイヌ、ああっイヌが足りないイヌに囲まれてゴロンゴロンしたいッと発作が起こり、いても立ってもいられずぶうううんと車を走らせて着いたところが犬ランド。
 天気は快晴、梅雨なのにちっとも雨が降らないのはどうしたわけかと道中ふと思うがランドに着くなりそんな懸念は木っ端みじんに吹っ飛び、入り口でけだるそうにごろんと横たわっている本日の園長犬・パグのモモちゃんに意識をロックオン。こんにちは、こんにちはと呼びかけながら笑顔で胴体をなで回すがうるせえなあほっといてくれよと無視される。
 いいもん、ここには他にまだまだたくさん犬がいるんだもんと気を取り直し、焼きそばやフランクやソフトクリームを売る売店には目もくれず一直線にふれあい広場へ向かう。

 ふれあい広場は小型犬エリアと大型犬エリアに分かれている。まずは手慣らしにと小型犬エリアのゲートを開ける。
 いるいる、プードルやポメラニアンやチワワやミニチュアシュナウザーなどふだんなかなかさわれない愛らしいのがたくさんいる。先客のカップルや親子連れがベンチに座ってまったり膝の上のイヌをなでている。のどかな風景だ。
 我も負けじと「さあこいっ」と両手を広げて入り口付近でしゃがみ込むが数分間そのまま待っても誰も来ない、みなスタッフのお姉さんのそばで尻尾を振ったりお姉さんの足もとをくるくる走り回ったりしている。
 そうだよなあ、毎日お世話してくれるかわいいお姉さんと一見(いちげん)のよくわからないヘンな客、自分がもしイヌなら迷わずかわいいお姉さんを選ぶよなあと思い直し、イヌがたくさん集っているところへ行く。
 この時点でやっと何匹かのイヌが自分に気づき、そばに寄ってきてクンクンにおいを嗅ぎ始める。そのまましっぽを振って抱っこをせがむかと思いきやつまらなそうにスッと通り過ぎ、どこかへ行ってしまう。
 仕方ないのでベンチに座ると、ふくらはぎに何か温かいものが当たった。ん? と足もとに目をやると、ネズミによく似た痩せイヌがぶるぶる震えて自分のふくらはぎに身体を押しつけている。
 実験ネズミのごとく体毛をすべて剃り落としたような身体、四肢は骨張ってまるで干からびたサルの手みたい、モンステラの葉のように巨大に発達した黒い耳はところどころちぎれている。うわあ正直このイヌ気持ち悪い、でもぶるぶる震えててかわいそう、仕方ないなあと抱き上げて膝の上に乗っけてやる。
 すぐ隣で毛がふさふさのプードルや毛並みのいいシェルティーやモコモコの柴犬などいわゆるイヌらしいイヌたちが元気に飛び跳ねたり抱っこされているのを横目で見ながら、困ったような顔をしてぶるぶる震えるネズミイヌを膝の上でそっとなで続ける。背骨やあばらが浮いてゴツゴツだ。
 イヌの気ははかなくてかよわい、人間に愛されるため品種改良されてきた小型犬は親の言うことにただ素直に従うだけしかないけなげで頼りない嬰児(みどりご)のようだ。

「これから一時間、ふれあい広場は休憩時間に入りまーす」
 スタッフのお姉さんのかけ声で客が次々に立ち上がり、ゲートから出て行く。半眼のネズミイヌにごめんね時間だからねとあやまり、そろそろと地面に降ろして自分も外に出る。

 広い敷地の向こうに、「ドッグレンタル」の看板が立っている。
「お好きなわんちゃんとお散歩しませんか?」
 見ると大きな犬舎にイヌがいっぱい、ねえ来て早くこっち来てと一斉に吠えている。その昔ロシア貴族に愛された優雅なボルゾイやら頭の良さそうなイングリッシュセッターやら愛嬌のあるラブラドルリトリーバーなどよりどりみどり、別の仕切りにはマルチーズやらチワワやらダックスフントやら小型愛玩犬が低い柵に前足を乗せてフンフンキュンキュン甘え鳴きしている。
 ここはつまりイヌのキャバクラ、お金を払えばこの子たちをしばらくレンタルできるのだ。かわいい子、きれいな子、頭がよくて愛想のいい子から先にどんどん売れていき、愛想のない子、ぼんやりした子、人に興味のない子は散歩に出してもらえない。
 世をはかなんでいるかのようにしょんぼりうつむいているチワワを抱き上げ、君は借り手がつかないのだね今日はお客さん少ないもんねこの世界も人気商売だから大変だねと背中をさすると、おとなしく自分に身体を預けている。
 そのとき、私のショルダーバッグのひもを誰かが背後からグイッと引っ張った。
 ん? どこのわんちゃんがいたずらしてるんだい? と振り向くと誰もいない。
 あれおかしいなあ、気のせいかなあと気を取り直してチワワをなでていると、またしても誰かが背後からバッグをグイッと引っ張る。
 ぱっと振り向くとやっぱり誰もいない。イヌたちはみな犬舎に入っているので、勝手にそこら辺をフラフラ歩き回れるわけはない。
 あっこれはもしかすると、自分が死んだことに気づかないイヌが遊んでくれ散歩してくれと自分に訴えかけたのではないかと思った。気のせいかもしれないしそうでないかもしれないが別にどっちでもいい、力の強さや引っ張った高さから言ってたぶん中型犬か大型犬だろう。遊んでやりたいのは山々だが、姿形が見えないので遊びようがない。
 生きてる生きてないに関わらずたくさんのイヌとふれあえるここはまさに犬天国、いいよいいよ生きてるイヌも死んだイヌもどんとこい、一緒に遊ぼうじゃないかと少ししんみりしながら「お願いします」と受付で財布を取り出し、生きたイヌにリードをつけて散歩させている最中に蛍の光が流れ始めた。
 イヌを返してから出口に向かうと、果たして自分が最後の客であった。本日の園長犬・パグのモモちゃんがスタッフのかわいいお姉さんに抱っこされて出口の外にいる。
「お見送りしてくれるのありがとう、楽しかったからまた来るね」と頭をなでるとうるせえなあと顔を背けられた。
 車に乗り込むと全身がイヌ臭い。これでいいのだ、ああ楽しかったとバウンとアクセルを踏み、「迷子の迷子の」と歌い出すがあっこれ子猫ちゃんの歌じゃんとすぐに気づく。だが面倒なのでそのまま歌い続ける。「あなたのおうちはどこですか」のところで何かがグッとこみ上げてきたが、あえてそれを無視して一目散に家を目指した。